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その11 「女王の呼び出し」

 冒険者ギルドを出た私たちは、今夜の宿を探した。


「宿屋はこっちだな」


 受付嬢に教えられた場所へ向かい、私たちは全員言葉を失った。


「……これが?」


「宿屋……?」


 目の前にあったのは、どう見ても馬小屋だった。


 藁が敷かれ、馬が数頭つながれている。


 鼻をつく獣の臭い。


 壁には雨漏りの跡まである。


「随分と変わった宿屋ね」


 レインが呆れたように呟く。


 入口には料金表まで掲げられていた。


 一泊金貨十枚。


「高っ!」


 エレナが思わず声を上げる。


「こんなところに泊まってたら、旅の資金が初日でなくなるぞ」


「そもそも金貨十枚払える冒険者はいないな」


 ノンナも額を押さえた。


「泊まる人いるのかな……」


 ザインが小さく呟く。


「馬は一泊銀貨一枚らしいね」


 少し笑えなかった。


 結局、私たちは野宿することに決めた。


 街外れの空き地には、同じように野宿している冒険者たちが何組もいた。


「やっぱり皆さんもですか」


 エレナが話しかけると、一人の獣人族の冒険者が苦笑する。


「お前らと同じで、観光目的で入国したんだけどな」


「仕事はねぇ、飯屋はねぇ、宿は馬小屋だ」


「依頼もゼロ」


「奴隷になれとか言われるし」


 隣にいたヒューマンの男女の冒険者も肩を竦める。


「明日観光したら出ていくよ」


「もう二度と来ない」


 周囲の冒険者たちも苦笑しながら頷いていた。


 唯一褒めていたのは、水だけだった。


「川の水だけは驚くほど綺麗だ」


「それだけが救いだな」


 そんな感想ばかりだった。


 私は静かに空を見上げる。


 綺麗な街なのに、観光客である我々は誰も笑っていない。


 誰もまた来たいと言わない。


 それが、この都の全てを物語っているような気がした。

 

 持っていた非常食で夕飯を終えたあと。


「よし!」


 レインが立ち上がる。


「今日は私に任せて!」


 そう言うと地面へ手をついた。


「土壁」


 ゴゴゴゴゴ……


 地面が盛り上がり、半球状の土壁が出来上がる。


 入口まで付いた、まるでかまくらのような家だった。


「すごい……」


 私は思わず見入ってしまう。


「妹が考えた魔法なの」


 レインは少し照れくさそうに笑う。


「私は魔法を撃つことしか考えてなかったんだけど、あの子は生活で使える魔法ばかり考えててね」


「便利ね」


「便利すぎるのよ」


 レインはため息をつく。


「魔法の才能だけなら、あの子の方が上だと思う。だから私は必死。姉として威厳を守らなきゃいけないし」


 そう言って笑うレインは、どこか誇らしそうでもあった。


 Aランク冒険者、多彩の魔法使いと呼ばれる彼女より才能がある妹。


 どんな妹なんだろうか。


 その後もレインは次々と土のテントを作っていく。


「困ってるなら使って!」


 野宿していた冒険者たちにも声をかけ、次々と寝床を用意していた。


「ありがとう!」


「助かった!」


 皆が頭を下げる。


「もっと妹に感謝してね」


 得意げに笑っていたレインだったが、最後の一つを作り終えた瞬間、その場へ座り込んだ。


「……むり」


「魔力切れ?」


「ちょっと使いすぎたな」


 エレナが苦笑する。


「同じ冒険者が困ってるなら放っておけないし」


 そう言いながらレインはそのまま寝袋に入り、数分もしないうちに寝息を立て始めた。


「早っ」


 ノンナが笑う。


「おやすみ」


 ザインも小さく笑い、自分の寝床へ潜り込む。


 やがて四人の寝息だけが聞こえる静かな夜になった。


 いや、正確には三人だった。


「リサ、眠れないの?」


 隣に寝ていたエレナが私の方を向いて聞いてきた。


「ちょっとね」


 私は天井を向いていた。


「私も」


 エレナは笑う。


「ここに来て、イライラが募ってね」


 私もつられて笑った。


 夜風が静かに吹き抜ける。


 エルフの都の灯りは美しく輝いていた。


 けれど、その光はどこか冷たく感じられた。


 奴隷のドワーフ。


 泥道。


 笑いながら人を見下すエルフたち。


 胸の奥がざわつく。


 どうしてこんなにも嫌な気持ちになるのだろう。


 ぼんやりと天井を見つめていた。


「ちょっと外の空気を吸いに行かないか?」


 エレナに誘われた。


「うん」


 外に出るとエレナは焚き火へ薪を一本くべる。


 パチッ、と火の粉が夜空へ舞った。


「エルフって、噂以上だったね」


「そうね」


「私はさ、勇者だからさ」


 エレナは苦笑した。


「みんな仲良くできると思ってたんだ。でも現実はそうじゃなかった」


 その横顔は昼間とは違い、どこか寂しそうだった。


「人って難しいね」


「エルフだけどね」


 私がそう返す。


「あはは、たしかに」


 エレナは笑った。


 つられて私も少しだけ笑ってしまう。


「でもさ」


 エレナは真面目な顔になる。


「私は諦めたくない」


「ヒューマンも、ドワーフも、獣人も、エルフも」


「みんなが笑って話せる世界にしたい」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がまた痛んだ。


 ズキッ、なぜか魔族の事が頭をよぎった。


 なぜだろうか。


「リサ?」


「え?」


「大丈夫?」


「……えぇ」


 私は胸に手を当てる。


「少し疲れてるだけ」


「無理しちゃ駄目だよ」


 エレナは優しく笑った。


 そして、その笑顔を見た瞬間、不思議と心が少し軽くなる。


 優しい人だなと、私はそう思った。


 それと同時に、どうしてか分からない懐かしさも感じていた。


 エレナとは村で初めて会ったはずなのに。


 ずっと昔から知っている人のような。


 そんな不思議な感覚だった。


 その夜は、それ以上言葉を交わすことなく、それぞれ焚き火を見つめ続けた。


 エルフの都の夜は静かだった。


 だが、その静けさとは裏腹に、この国の闇だけは、私たちの心へ重くのしかかっていた。


 焚き火にくべた薪が、ゆっくりと炭に変わる。


 静かな夜だった。


「……クシュン」


 思わず小さなくしゃみが漏れた。


「寒くなってきたね。中に入ろうか」


 エレナが笑いながら立ち上がる。


「そうね。少し冷えてきたわ」


 二人でかまくら型のテントへ入る。


 外とは違い、中はほんのりと暖かい。


 地面から伝わる冷気も遮られ、不思議と落ち着く空間だった。


 さっきまで胸の中に渦巻いていた重苦しい気持ちも、エレナと話したおかげで少しだけ和らいでいた。


 私は毛布に包まり、ゆっくりと瞼を閉じる。


 気づけば、そのまま眠りについていた。





 翌朝――。


「ちょっと!これは何なの!」


 甲高い怒鳴り声で目を覚ました。


「ん……?」


 まだ眠気の残るまま外へ出ると、昨日の冒険者ギルドの受付嬢が、土でできたテントを見上げて呆然としていた。


「あ、昨日の受付嬢さん」


 エレナが声をかけると、彼女は勢いよく振り返る。


「これ……あなた達が作ったの?」


「えぇ。魔法でね」


 レインが眠そうに頭を掻きながら答える。


「文句でもある?」


「い、いえ!そうじゃなくて……」


 昨日までの投げやりな態度とはまるで違う。


 受付嬢は慌てたように首を振ると、辺りを見回した。


「勇者と聖女は!?」


「え?」


 私とエレナが顔を見合わせる。


「私たちだけど」


「女王オーレリア様がお二人にお会いになるそうです!すぐに準備してください!」


「……二人だけ?」


 エレナが首を傾げる。


「はい!勇者と聖女、二人だけです!」


 受付嬢は焦ったように何度も頷いた。


 昨日まで「ヒューマン風情」とでも言いたげな態度だった彼女とは別人のようだった。


「急に態度が変わったわね」


 レインが小さく呟く。


「女王様の命令だからよ。逆らえるわけないでしょ」


 受付嬢は苦笑しながら答えた。


 私とエレナは互いに顔を見合わせる。


 ようやく、この国の王と話ができる。


 果たして、勇者の言葉は届くのだろうか。


 二人は支度を整え、エルフの王城へ向かうことになった。


 私とエレナは、エルディア城へ案内された。


 首都エルディアの中心にそびえ立つ王城は、大樹と一体化するように造られていた。


 白い石造りの壁に絡みつく緑。


 高い天井から差し込む木漏れ日。


 自然と建築が見事に調和した、美しい城だった。


 その美しさとは対照的に、私たちへ向けられる視線は冷たい。


 廊下を歩くたび、すれ違うエルフたちが足を止める。


「……あれが噂の勇者か」


「……あっちが聖女か」


「光の聖女……」


 ひそひそと囁く声。


 勇者であるエレナより、私へ向けられる視線の方が明らかに多い。


(どうして私……?)


 心当たりといえば。


 数か月前にこの国のエルフが、私の住んでた村へ訪れた。その後、行方不明になり、私は帝国騎士団から事情を聞かれたことがあった。


 私は知っていることを、そのまま話しただけだ。


 わからないとだけ。


 それなのに、どこか疑われているような視線を感じる。


 気のせいだろうか。


「リサ?」


 エレナが心配そうに顔を覗き込む。


「大丈夫?」


「あ、うん。少し緊張してるだけ」


 そう答えると、エレナは安心したように笑った。


「私もだよ。エルフの女王様になんて言われるか」


 その笑顔につられ、私も少しだけ笑う。


 やがて案内役の近衛騎士が足を止めた。


 目の前には、重厚な両開きの扉。


「こちらが王の間です」


 騎士がそう告げると、巨大な扉が静かに開き始めた。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は8/8土曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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