その10 「エルフの都」
樹齢何千年とも言われる世界樹に囲まれ、透き通る湖と澄み渡る空に抱かれたエルフの都ーー首都エルディア。
街路には季節を問わず花が咲き誇り、建物は一本一本の大樹を生かして造られている。
まるで自然そのものが芸術品になったような景色だった。
行き交うエルフもまた、男女問わず整った容姿を持つ。
誰もが絵画から抜け出したような美しさだった。
――だが。
この美しい都には、想像を絶する闇が広がっていた。
それを私たちは、この日知ることになる。
「え?ここ歩いたらダメなの?」
エレナが驚いた声を上げた。
門番のエルフは無表情のまま答える。
「お前たちヒューマンは、そちらだ」
指差された先は舗装もされていない泥道だった。
一方、エルフたちが歩く道は白い石畳が敷き詰められ、美しく整備されている。
しかも、石畳は柔らかく、足への負担が少ない特殊な造りになっていた。
「差別がここまで露骨なんだね……」
レインが呆れたように呟く。
「気分悪いな」
ノンナも眉をひそめた。
私は黙ったまま歩こうとすると。
道に水が滲んできた。
よく見ると近くの川から少しずつ水が道に流れ出していた。
「これ……わざとですか?」
私が尋ねる。
門番は鼻で笑った。
「ヒューマンには泥道がお似合いだ」
「下等種族がエルフと同じ道を歩けると思うな」
エレナは拳を握った。
私はそっと腕を掴む。
「やめましょう」
彼女は悔しそうに拳を下ろした。
こんな凝った嫌がらせするくらいなら、エルフ以外の種族を入国させなければいいのにと思った。
私たちは泥道を進む。
「冒険者ギルド遠くないか?」
エレナが地図を広げる。
この地図もエルフ以外の種族がウロチョロしないよつに渡してるだけだそうだ。
だから地図には、立ち入り禁止マークがあちこちにある。
地図を見ると、指定された冒険者ギルドは都の最西端。
入口から遠い場所だった。
一方、行くなと言われたエルフ専用ギルドは都の中央。
極め付けは、武器屋、防具屋、魔法具店、宿屋、食堂。
どれも『エルフ以外の入店を認めない』の札が掲げられている。
「私たちが入れる店、ないですね」
ザインが小さく呟いた。
「完全に隔離されてるじゃん」
レインも肩をすくめる。
これを見た時も、エルフ以外の種族を入国させなければいいのにと思った。
「ねぇ、あれ見て」
ノンナが指差した先。
一人のドワーフが首輪を付けられ、鎖で繋がれていた。
店から出てきたエルフが鎖を乱暴に引っ張る。
「来い、臭い土人」
ドワーフは何も言わない。
四つん這いになって石畳へ這い出た。
「ちゃんと床を磨きながら進め」
その手には布が握られていた。
道路を必死に磨いている。
「……奴隷?」
ザインが震えた声で言う。
「そんな……」
私は言葉を失った。
少し進むと、人だかりができていた。
「今日はドワーフが安いぞ!」
「獣人の子供も入った!」
そんな声が聞こえる。
木の檻の中にはドワーフや獣人。
その中には幼い子供までいた。
首には値札が掛けられている。
「人身売買……?」
エレナが絶句する。
「奴隷も人身売買も禁止されてるよね?」
レインが店主らしきエルフに話す。
店番のエルフは不思議そうに首を傾げた。
「何を言う?こいつらは人ではない。下等種族の商品だ」
誰もその言葉を否定しない。
「お、お前いい商品になりそうだな!どうだそこの女寄越さないか?」
私を指差していた。
イラッとしたが、エレナが行こうと言ってくれて我に帰った。
売買されているヒューマンや獣人族の子供を、通り過ぎるエルフたちは値踏みするように眺めていた。
「臭い」
幼い声が聞こえた。
振り返ると、エルフの子供たちがこちらを見ていた。
「ヒューマンだ」
「汚い」
「近寄るな」
小石が飛んでくる。
コツン、と私の肩に当たった。
親は止めない。
「近付いてはいけませんよ」
「汚いものが移りますからね」
笑顔でそう教えていた。
私は孤児院の子供たちを思い出した。
胸の奥が少しだけ痛んだ。
……なんだろう、この気持ち。
さらに歩く。
泥道はぐちゃぐちゃだった。
その原因がすぐ分かった。
一人のドワーフが桶を持ち、私たちが通る通路に水を撒いていた。
「なんで水を撒いてるの?」
レインが尋ねる。
返事はない。
ただ、死んだような目で水を撒き続けるだけだった。
「泥道の維持?」
エレナが顔をしかめた。
私は何も言えなかった。
ーーその時だった。
ドサッ。
水を撒いていたドワーフが倒れた。
疲労だろう。
身体が痙攣している。
すると近くにいたエルフが近寄った。
「役立たずめ」
躊躇なく腹を蹴る。
ドワーフは苦しそうに咳き込んだ。
次の瞬間、エルフは腰の剣を抜いた。
シュッ。
刃が陽光を反射する。
「やめろ!」
その瞬間だった。
エレナが剣を抜き、ドワーフの前へ飛び出した。
キィン――。
二本の剣がぶつかり、甲高い音が響く。
「貴様……ヒューマン!こんなことをしていいと思ってるのか!」
エレナが睨みつける。
「奴隷をどう扱おうと我らの勝手だ」
「アルファスト大陸では奴隷制度は廃止されたはずだ!」
「上位種である我らが、劣等種族風情の作った法律など知るか」
「……このっ!」
エレナが一歩踏み出した、その時だった。
「何をやっている!」
低く響く怒声。
門番たちが慌てて駆け寄ってきた。
「心配になって見にくれば、問題を起こすなとあれほどーー」
「でも、この人は!」
「いいから下がれ!」
門番は強引にエレナを制すると、剣を抜いたエルフへ向き直った。
私はその間に倒れたドワーフに水分補給と回復魔法をかけた。
「まぁまぁ、ここはこれで」
そう言って、小さな革袋をそっと差し出す。
中で硬貨が鳴る音がした。
「……ふん」
エルフは革袋を受け取り、鼻で笑う。
「今回は見逃してやる。次はないからな」
そう言うと、首輪に繋がれた鎖を乱暴に引っ張った。
「ほら、来い」
ドワーフは何も言わず、ただ俯いたまま引きずられていく。
「…………」
誰も言葉を発せなかった。
エレナは剣を握り締めたまま、その背中を睨み続けている。
門番は私たちへ振り返った。
「お前たちも余計な真似はするな!次は追放だからな」
それだけ言い残し、門番たちも去っていった。
静けさだけが残る。
街は美しい。
だが、その美しさはエルフだけのために造られたものだった。
エルフ以外の命は何よりも軽く扱われている。
その光景を見た瞬間、胸の奥に小さな棘が刺さるような違和感が走った。
どうして私は、この国を見ていると、こんなにも息苦しいのだろう。
何か大事なことを忘れている気がする。
途中、エレナとレインは何人ものエルフへ話しかけた。
「こんにちは!」
「ヒューマンが入れるおすすめのお店ありますか?」
だが返ってくるのは冷たい視線だけ。
「ヒューマンとは話さない」
「失せろ」
それだけだった。
その人は勇者様なんだけどね。
人族が二百年近く待ち望んだ勇者。
この都では、その肩書きなど何の価値もなかった。
いつも明るいエレナとレインも、さすがに笑顔が消えていた。
みんな、重苦しい空気のまま歩き続ける。
ようやく辿り着いた冒険者ギルドは、都の外れに申し訳程度に建てられた古びた建物だった。
壁はひび割れ、看板は色褪せている。
エルフの華やかな街並みとは、まるで別世界だった。
扉を開ける。
中には数人のヒューマンと獣人族の冒険者。
私たち五人が入った瞬間、視線が一斉にこちらへ集まった。
勇者一行が来たからではない。
女性ばかりの目立つ一行だったからだ。
私たちは冒険者ギルドのカウンターへ向かった。
受付には一人のエルフの女性が座っている。
「あ、いらっしゃいませー」
眠たそうに頬杖をつきながら、こちらを一瞥する。
「ここはエルフ以外の冒険者ギルドですよー」
なんともやる気のない態度だった。
「あー、少し情報が欲しくて来たんだけど」
エレナが話しかける。
「情報?ヒューマンが何のですか?」
「女王オーレリアに会う方法を知りたい」
「……は?」
受付嬢は目を丸くした。
「なんの冗談でしょう?」
「私は本気だ」
「……」
受付嬢は呆れたようにため息をつく。
「女王様なんて、私たち一般のエルフですら滅多にお目にかかれないのよ?」
「そんな方法、知るわけないじゃない」
「そうなのか?」
「そもそも、冒険者風情のヒューマンが会える存在じゃないわ」
受付嬢は続ける。
「女王様がエルフ以外と会われるのは、他国の王や使者との会談くらいよ」
「……そっか」
珍しくエレナが素直に引き下がった。
すると今度はレインが受付嬢へ問いかける。
「一つ聞いてもいい?」
「なに?」
「あなたエルフよね?どうして他種族用の冒険者ギルドで受付をしてるの?」
「ああ」
受付嬢は何でもないことのように答えた。
「この都ではエルフ以外は商売できない決まりだからね」
「え?」
「だから受付も当然エルフ。エルフ以外の種族がお金を稼げないようにしてるのよ」
あまりにも当然のように言われ、私たちは一瞬言葉を失った。
「……そういう決まりなのね」
レインも苦笑いしかできない。
今度はノンナが一歩前へ出る。
「もう一つ聞く」
「なに?」
「アルファスト大陸では奴隷制度は廃止されたはずだ。なのに、どうしてこの国には奴隷がいる?」
受付嬢は首を傾げた。
「何言ってるの?奴隷なんてこの国にはいないわよ」
「いるじゃないか」
ノンナが窓の外を指差す。
鎖を付けられたヒューマンが荷車を引いている。
受付嬢はそれを見ても、何一つ表情を変えなかった。
「あぁ、あれは家畜」
「あれはヒューマンじゃない!!」
「この国ではエルフ以外は家畜みたいなものだから」
「世界じゃ『人族』なんてまとめて呼んでるみたいだけど、この国では違うわ。エルフ以外は人じゃ無い」
あまりにも自然な口調だった。
「……じゃあ私たち冒険者はどうなのよ」
「あぁ、冒険者は冒険者ってところかしら」
差別しているという自覚すらない。
それが、この国の日常なのだ。
「もちろん国外では問題になるから、表向きにはやらないけどね」
「国外の偉い人達がこの国は来る時は別の場所に連れて行かれるから、これを見ることはないの」
ノンナは拳を握り締めた。
「……そうか」
それ以上は何も言わなかった。
続いてザインが口を開く。
「我々が泊まれる宿はどこだ?」
「あぁ、それならここからずっと西側」
受付嬢は地図を指差す。
「エルフ以外専用の宿泊区画があるから、そこを使って」
「ありがとう」
「他には?」
エレナがギルドを見渡した。
「依頼書が一枚も貼られてないな」
「あぁ、それ」
受付嬢は肩をすくめる。
「さっき言ったでしょ?」
「エルフ以外にお金が流れないようにしてるの」
「だから依頼は全部エルフ側のギルドにあって、エルフだけが受けられるの」
「こっちは登録だけ。まぁ私はしたことがないけれどね」
「じゃあなんで冒険者ギルドがあるんだ!エルフだけで回せばいいじゃないか!?」
「建前ですよ。冒険者ギルドは種族関係なく公平であれって、ご存知ですよね?」
「……そうだな…なるほど」
エレナは小さく息を吐いた。
「私たちは観光目的で入れてもらえたんだが、他に観光客や商人はいないのか?」
「そこの人たちも観光客ね。商人は来ないかな」
後ろを向くと他の冒険者達が手を振っていた。
「ヒューマンの商人なんて数十年は見てないと思う」
エレナの横顔には、もう怒りよりも呆れが浮かんでいた。
「これで終わり?」
受付嬢は退屈そうに椅子から立ち上がる。
「じゃあ、ごゆっくり」
「依頼は一つもないけどね」
軽く手を振ると、そのまま奥へ引っ込んでしまった。
静まり返るギルド。
ここにいる冒険者たちは普段なにをしているのだろうか。
誰もすぐには口を開かなかった。
ここは、エルフ以外を差別する国だった。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
次話は8/6木曜日22時に公開予定です。
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