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その9 「勇者一行」

 ここからは、私の記憶を消した旅路の話だ。


 勇者エレナ一行が村を訪れた。


 私は村の広場で、彼女たちと初めて顔を合わせる。


 先頭に立つ白銀の髪の少女。


 勇者エレナ。


 噂は聞いていた。


 女神の啓示によって選ばれた勇者。


 イグニス王国ブレイジング領主であるブレイジング伯爵家の三女。


 ブレイジング家は、イグニス王家の懐刀と言われる武芸に秀でた一族らしい。


 出自もしっかりした、魔王を討つために生まれた特別な存在。


 子供の頃から魔法と剣の才能に特別秀出てたそうだ。


 実際に目の前に立つ彼女は、不思議な雰囲気を纏っていた。


 堂々としているのに威圧感はない。


 誰にでも気軽に話しかける。


 なのに自然と人を惹きつける。


 まるで太陽のような少女だった。


「リサ、君の力を私たちに貸してほしい」


 真っ直ぐな瞳でそう言われる。


 私は少しだけ戸惑った。


 勇者エレナ、彼女は確かに特別な存在だ。


 それは女神の加護とか勇者だからとか、そういう話ではない。


 もっと根本的な何か。


 まるで私と同じように、生まれながらに何かを背負っているような。


 そんな感覚があった。


「でも、私はこの村の人たちを守らなければなりません」


 そう答えると、エレナは慌てたように身を乗り出した。


「そこをなんとか!」


 身を乗り出し、手を合わせている。


「火力持ちの回復役がどうしても仲間にほしい!」


「火力持ちの回復役……」


 思わず眉をひそめる。


 私は何でも屋扱いされているのだろうか。


 その時だった。


「エレナ、聖女の実力を見せてもらいましょう」


 口を挟んだのは魔法使いだった。


 確か名前は、レイン。


 この人も噂で聞いたことがある。


 二つ名は、多彩の魔法使いでAランク冒険者。


 光と闇以外の全属性を扱う天才。


「いやいや、初対面で戦うとか戦闘狂かよ!」


 エレナが頭を抱える。


「私たちが挑むのは魔王討伐。実力が分からない人を仲間にできるわけないでしょ」


「それはそうだな」


 戦士のノンナが頷く。


「ここはリサさんにお願いしようよ」


 気弱そうな武道家のザインも苦笑する。


 双子とは思えないほど性格の違う二人だった。


「勝手に決めないでもらえませんか?」


 私はため息を吐いた。


 そして、気付けばレインと模擬戦をする流れになっていた。


 勝負は単純だった。


 互いに魔法を放ち、相殺する。


 私は火と雷と光。


 レインは火、水、雷、氷、土、風。


 噂通りの実力だった。


 次々と属性を切り替えながら魔法を放ってくる。


 だが突然。


 レインは私の火球を相殺しなかった。


「あっつ!」


「えっ!?」


 私の火球が彼女の腕を焼く。


「レイン!?」


 エレナが叫ぶ。


「何やってんだよ!」


「あちち、ここからが本番でしょ!」


 レインは笑った。


「早く回復してちょうだい」


「えぇ……」


 私は呆れながら手を掲げる。


「癒光」


 柔らかな光がレインを包む。


 焼け爛れていた腕が見る見るうちに治っていく。


 傷も火傷の痕も残らない。


 完全な治癒。


「おぉ……」


 その場の全員が息を呑んだ。


「すごい!」


 真っ先に声を上げたのはエレナだった。


 気付けば私の両手を握っている。


「リサさんすごいよ!」


「ちょ、近いです」


「こんな綺麗に治るとは思わなかったわ」


 レインも驚いている。


「うむ、大したものだ」


 ノンナが腕を組む。


「僕、ちょっと泣きそうだったよ」


 ザインは本当に涙目だった。


「だから事前に説明しろって!」


 エレナがレインへ怒鳴る。


「仕方ないでしょ!回復役なら回復を見ないと!」


 二人はまた言い争いを始める。


 その様子を見ていると。


 何故だろう。


 少しだけ胸が痛くなった。


 まるで本当の姉妹のようだった二人に対して、違和感を感じた。


「で!」


 エレナが再び私へ詰め寄る。


 私は思わず肩を震わせた。


「リサさん!」


「仲間になって!」


「だから私は村を――」


 言いかけた時。


 エレナが真っ直ぐ私を見つめた。


 その瞬間、胸の奥が不思議と締め付けられる。


 初対面なのに、何故か昔から知っている人と話しているような感覚。


「村には騎士団を派遣してもらえばいいじゃない」


 レインが口を挟む。


「バイエルン帝国の皇帝なら、エレナが頼めば動くでしょうし、皇帝、聖女ファンらしいし」


「どうかな?」


 私は少しだけ考えた。


 不思議だった。


 断ろうと思えば断れる。


 でも何故か。


 何故か私は、彼女たちと旅に出なければならない気がした。


「……わかりました」


「騎士団を派遣してもらえるなら、仲間になります」


 一瞬の沈黙。


「やったぁぁぁぁ!」


 エレナが飛び跳ねた。


 その笑顔を見て。


 私は思わず笑ってしまった。


 なぜだろう。


 本当に、不思議な勇者だと思った。


 数日後。


 騎士団が村へ到着した。


 どうやら元々派遣予定だったらしい。


 まるで私が仲間になることを最初からわかっていたかのようだった。


 そして、旅立ちの日がやって来る。


 私は村の入口で一度だけ振り返った。


 亡き義父と義母、子供たち。


 育った孤児院。


 私の全てがあった場所。


 あの日、魔族に襲われ死にかけていた私が助けられてから、一度も離れたことのない二つ目の故郷。


「行ってきます」


 村のみんなに手を振る。


 私たち五人は、すぐにバイエルン帝国へ向かった。


 勇者エレナ。

 武道家ノンナ。

 戦士ザイン。

 魔法使いレイン。

 そして、私、リサ。


 新たな勇者一行となったことを正式に報告するため、皇帝への謁見へ向かう。


 帝国までの道中は決して穏やかではなかった。


 魔物だけでなく、魔将や魔人までもが道中に現れ、人々を脅かしていた。


 そのたびに私たちは立ち止まり、討伐を繰り返す。


 戦いを重ねる中で、自然と役割も固まっていった。


 最前線で敵を切り裂くのは勇者エレナ。


 その隣で拳を振るう武道家ノンナ。


 ザインが大盾で仲間を守り、敵の攻撃を引き受ける。


 レインは後方から多彩な属性魔法で敵を制圧。


 私はさらにその後方から回復と補助、必要であればレインを攻撃魔法で援護する。


 この陣形が完成するまで、それほど時間はかからなかった。


 だが、実力差だけは隠せなかった。


 ノンナとザインはCランク冒険者。


 一般的には十分すぎる実力者だ。


 それでも、勇者エレナとAランク冒険者であるレインとは、どうしても差がある。


 Aランク冒険者など世界でも数えるほどしか存在しない。


 私が聞いた話では、世界に五人しかいないと言われていた。


 実際に旅を始めてすぐ、その違いははっきりと現れた。


 私が回復魔法をかける相手は、ほとんどがノンナとザインだった。


 二人は決して弱くない。


 むしろ、自分より遥かに強い相手を前に必死に食らいついていた。


 だからこそ傷も増える。


 一方でエレナとレインは驚くほど被弾が少ない。


 危険な場面でも二人は軽々と切り抜け、私自身も後衛だったこともあり、大きな怪我を負うことはなかった。


 それでもエレナは、ノンナとザインを心から信頼していた。


 この一年半、共に旅を続けてきた仲間だからだろう。


 強さだけでは測れない信頼関係。


 きっと、それこそが勇者一行に最も必要なものなのだろう。


 そんなことを考えつつ、私たちはバイエルン帝国へ到着した。


 勇者一行ということもあり、皇帝への謁見はすぐに許された。


 皇帝は私たちに旅の資金と物資を与え、魔王討伐への期待を口にする。


 そして最後に、なぜか私へ握手を求めてきた。


 数年前に、大怪我を治療したことがある。


 それから私のファンらしい。


 私は苦笑しながら、その手を握り返した。


 魔王を倒すまで、この旅はどれほど続くのだろうか。


 旅を続ける中で、私は時折、胸の奥に引っ掛かるような違和感を覚えていた。


 何か大切なことを忘れている。


 そんな感覚だ。


 とくに勇者エレナを見ていると、胸の奥が小さく痛む。


 この感情は何なのだろう。


 今の私には、その理由がまるで分からなかった。


 それから、私たちは北部にあるエルフの都へと辿り着いた。


 都のさらに北には広大な大森林が広がり、その先には海がある。


 その海の向こうこそ、魔王軍の本拠地へと続く道。


 これまでエレナたちは各地の魔王軍拠点を一つずつ攻略し、人族の領土を奪い返してきたという。


 追い詰められた魔王軍は、最後の戦力をこの北方へ集結させているらしい。


 だからこそ、この地に住むエルフとの協力は不可欠だった。


 しかし、エルフは他種族との協調を好まない。


 むしろ見下している節さえある。


 やはり相容れない種族なのだろう。


 それでも、ヒューマン、ドワーフ、獣人族は最後の望みを託し、勇者エレナを使者として送り出した。


 彼女ならば、エルフたちとも手を取り合えるかもしれない。


 そんな期待を込めて。


 だが、その願いは門前で打ち砕かれた。


「王女オーレリア様の命令だ。勇者一行の入国は認めない」


 門番のエルフは冷たく言い放った。


「はぁ!?どういうことだよ!」


 珍しくエレナが声を荒らげる。


「これはバイエルン帝国皇帝の親書だぞ!それにドワーフ王国、獣人族からの要請書もある!」


「我らには関係ない」


 門番は一切表情を変えない。


「魔王軍はどうするんだよ!」


「我らだけで十分だ」


「……っ」


 エレナは拳を握り締めた。


「もういいじゃない」


 レインが肩をすくめる。


「自分たちだけで何とかするって言ってるんだから」


「そうだな」


 ノンナもため息をつく。


「でも……魔王軍って、本当に強いんだよ?」


 ザインだけは不安そうだった。


「で、でもさぁ……」


 困ったようにエレナが私を見る。


「リサはどう思う?」


 四人の視線が一斉に私へ集まった。


 え……なんで私?


 リーダーはエレナでしょう?


「そうね……」


 私は少しだけ考えた。


「せっかくだし、観光させてもらえないかしら?」


「……観光?」


 四人が同時に聞き返す。


「だって、エルフの都って世界一美しい街なんでしょう?」


「一度くらい見てみたいじゃない」


 しばらく沈黙が流れる。


「……リサ」


 エレナが真顔で私を見る。


 私、何か変なこと言ったかしら。


 すると次の瞬間。


「リサ!それだ!」


 エレナが勢いよく門番へ駆け寄った。


「門番さん!観光ならいいだろ!」


「な、何を言って――」


「エルフの都の優雅さと美しさを、この目で見たいだけなんだ!」


「そうそう!」


 レインまで乗っかる。


「世界一綺麗なんでしょ?見せてほしいわ」


「おう!」


 ノンナも腕を組んで頷く。


「観光くらいいいだろ?」


「賛成!」


 ザインまで笑顔で手を挙げた。


 四人に囲まれた門番は明らかに困惑していた。

 

「ねぇ、お願い!」


 エレナが身を乗り出す。


「う、うむ……」


 門番は困ったように頭を掻いた。


「……そこまで言うのであれば、観光だけは許可しよう」


「やったぁ!」


 エレナが飛び跳ねる。


「ただし、お前たちはあくまで観光客だ」


 門番は真剣な表情で釘を刺した。


「余計なことは絶対にするな」


「もちろん!」


 エレナは満面の笑みで親指を立てる。


 こうして私たちは、勇者一行ではなく、ただの観光客として、エルフの都へ足を踏み入れることになった。


 私は、この入国でエルフを本気で毛嫌いするようになる。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は8/4火曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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