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その8 「そして、運命の日」

 翌日の夜――。


 私はいつもの森で、エルバラと落ち合った。


 焚き火を囲みながら、昨夜の女神アルカナと交わした会話を、一つ残らず話す。


 魔王討伐後の話。


 元の世界へ帰る条件。


 私は初めて、女神アルカナとの密約をエルバラへ打ち明けた。


 エルバラは最後まで黙って聞いていた。


「……そんなことになっていたのか」


「ごめんね。黙ってて」

「いや、責めるつもりはない」


「それよりも女神アルカナ、本当に存在するんだな」


 エルバラは静かに首を振る。


「でも、お前が元の世界へ帰るなら……」


 少し寂しそうに笑った。


「友達がいなくなるのは嫌だな」


 その言葉に、胸が少しだけ痛んだ。


「私もよ」


 短く答える。


「だけど、帰らなきゃいけないの……子供たちに会いたいから」


 エルバラはゆっくり頷いた。


「だったら最後まで手伝おう。リサが望むなら、私は何でもする」


 私は小さく笑った。


「ありがとう」


「気にするな」


 エルバラも笑みを浮かべる。


 しばらく他愛もない話をしたあと、ふと思っていた疑問を口にした。


「ねぇ、魔界にも女神アルカナみたいな存在は伝わってないの?」


「あぁ、いるぞ」


 エルバラは迷うことなく答えた。


「魔神だ」


「魔神……」


「読んで字の通り、魔を司る神だな。魔界を創った存在だと言われている」


 私は小さく目を見開いた。


「女神アルカナと同じなのね」


「まぁ、そうなるな」


 エルバラは苦笑する。


「もっとも、私は御伽話だと思っていたよ」


「リサから女神アルカナの話を聞くまでは、魔神なんて子供を寝かしつけるための作り話だと思っていた」


「でも、女神が実在するなら……」


「あぁ、魔神も存在するんだろうな」


「今日は驚きの連続だ」


 私は焚き火を見つめながら考え込む。


 ――魔神。


 もし魔界にも神がいるのなら。


 女神アルカナと同じように、魔神にも目的があるのではないか。


 二人の神が、自分たちの思惑で私を動かしているのではないか。


 そんな考えが頭をよぎる。


 ならば魔界側にも、私と同じような存在がいるのだろうか。


 例えば……。


「魔王……?」


 思わず小さく呟いた。


 だが、すぐに首を横へ振る。


「……違う」


 今の魔王は、人族を滅ぼし、地上を支配しようとしている。


 女神アルカナが私へ与えた役目とは、あまりにも違い過ぎる。


 少なくとも、私と同じ立場とは思えなかった。


 けれど、何か引っ掛かる。


 女神。


 魔神。


 人族。


 魔族。


 勇者。


 魔王。


 この世界には、まだ私の知らない何かがある。


 そう確信した。


 私は一度息を吸い込み、エルバラへ向き直る。


「ねぇ、エルバラ」


 エルバラの目を見る。


「聞いてほしいことがあるの」


 私は、自分が考えた”ある計画”をエルバラへ打ち明けた。


 エルバラは驚き、何度も理由を尋ねてきた。


「どうして、そいつを助けるんだ?」


 私は下を向いて目を瞑った。


「必要だから」


 それだけ答えた。


 本当の理由は話さない。


 この嘘だけは、最後まで誰にも明かさないと決めている。






 数週間後ーー。


 再び女神アルカナは夢の中へ現れた。


 ちょうどいい、試したいこと一つつだけ願いがあったからだ。


「勇者と出会った瞬間から、魔王討伐が終わるまで、私の記憶を消してほしい」


「前世、女神、計画、復讐、それら全てを」


アルカナは珍しく目を丸くした。


「記憶を?」


「ええ。本当の両親も知らず、養父母と施設の子供たちを亡くした、哀れな聖女としての記憶だけにしてちょうだい」


「そして、魔王を倒した瞬間に、全部思い出せるようにして」


「理由は?」


 私は少しだけ笑った。


「勇者を絶望させるために、旅の間に築いた絆を一瞬で壊して苦しめ……殺す」


 アルカナは口元を吊り上げた。


「なるほど、悪趣味ね。でも、嫌いじゃないわ」


 私の願いは受け入れられた。


「記憶が戻ったら、勇者を殺すわ」


 私がそう告げると、女神アルカナは満足そうに口元を吊り上げた。


「ふふ、楽しみにしてるわ」


 その笑みを見て、私は一つ確信した。


 ――やはり、そういうことか。


 女神アルカナは、私がエルバラと交わした会話を知らない。


 私の嘘を一切疑わなかった。


 つまり、女神は全てを見通しているわけではない。 

 前々から怪しいとは思っていた。


 魔族のエルバラという友達ができたと話したことがあった。

 

 だが、女神アルカナの返事は淡白な物だった。


 「ふーん。そう」


 私の私生活に興味がないだけと感じたが、それだけじゃなかった。


 恐らく魔族が私の傍にいる時だけは、私を覗き見ることができない。


 それとも、魔界の種族そのものに女神の力が届かないのか。


 まだ確証はない。


 けれど、一つだけ言えることがある。


 これは私にとって、最初で最大の切り札になる。


 私は女神に気付かれないよう、小さく笑みを浮かべた。





 それから四か月。


 村は少しずつ落ち着きを取り戻していった。


 エルフたちの事件は、バイエルン帝国による調査が行われたものの、真相は闇の中。


 エルフの都からの調査要請らしい。


 私は何も知らないと答え続けた。


 幸い、皇帝を含め誰一人として私を疑う者はいなかった。


 今のバイエルン帝国の皇帝は私のことを心酔している。死に至る可能性があった大怪我を治してからだ。


 そして、私の考えた計画、エルバラと共に全ての準備を進めていた。


 魔王討伐まで私は記憶を失うこと。


 討伐後、魔王軍を再編すること。


 そしてーー。


「友達は今日で終わり」


 私はエルバラへそう告げた。


「これからは私の側近として振る舞って、誰よりも私を信奉する部下になって」


 エルバラは少しだけ寂しそうに笑う。


「友達じゃなくなるのは嫌だけど」


 頬を膨らませて拗ねている。


「……リサの頼みなら断れないな」


「ありがとう」


 私たちは固く握手を交わした。


 それが、友人として最後の約束だった。





 だが、その頃からだった。


 私の中で、何かがおかしくなり始めたのは。


 何の前触れもなく、人を殺したいと思う。


 何もかも壊したいと思う。


 理由のない殺意。


 抑えきれない破壊衝動。


 それが私自身の心なのか。


 それとも女神アルカナが何かしたのか。


 もしくは、魔神か。


 もう分からなかった。


 だから私は、その衝動を魔物や魔族の討伐へ向けた。


 エルバラも付き合ってくれた。


 時には私がヒューマンや獣人へ剣を向けそうになることもあった。


 その度にエルバラは私を止める。


「駄目だ」


「今は計画を優先しろ」


 その一言で、私は何とか踏みとどまれた。


 日に日に壊れていく私を、エルバラは誰よりも心配していた。


 それでも最後まで、彼女は私の隣から離れなかった。





 そして、運命の日が訪れた。


 村長が私の自宅へやってきて、外へ連れ出される。


 村の入口へ向かうと、一組のパーティーが姿があった。


 勇者エレナ。


 そして、その仲間たち三人。


 恐らく、戦士、武道家、魔法使いだと思う。


 先頭に立つ少女を見た瞬間、私は思わず目を奪われた。


 忌々しい女神アルカナを思わせるほど、美しい白銀の長い髪。


 この世界でも一際目を引く、整った顔立ち。


 まっすぐ前だけを見据える蒼い瞳。


 そして、自分の信じる道を疑わない、自信に満ちた立ち姿。


 噂通り、勇者に相応しい風格を纏った少女だった。


 そして、間違いない。


 前世のあの人と同じ魂を感じる。


 外見(がわ)は全然違うが、中身にあの人を感じた。


 女神アルカナの言ったことは正しかった。


 あぁ、本当にこの世界に渡ってきていたんだ。


 あれだけ溜め込んでいた復讐心が一瞬緩んだ。


 彼女は私の前まで歩み寄ると、人懐っこく笑う。


「あ、君が光の聖女だね?」


 その瞬間、世界が白く染まった。


 心が真っ白になる。


 何かが、音を立てて崩れていく。


 女神アルカナ。


 エルバラ。


 復讐。


 元の世界と子供たち。


 積み重ねてきた十年の記憶が、白い霧に包まれるように消えていく。


 私は何か大切なものを失っている。


 そんな気がした。


 でも、それが何なのか思い出せなくなった。


 気が付けば、私は勇者へ優しく微笑んでいた。


「はい。初めまして」 


 私は胸に手を当てる。何故か胸がドキドキしているが、そのまま話を続ける。


「私は、リサと申します」


 私の噂を聞きつけた勇者一行。


 私は、勇者と共に魔王討伐を目指す、光の聖女リサとなる。


 そして、誰も知らない。


 私の心の奥底に眠る、本当の目的を。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は8/2日曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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