表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
221/229

その6 「悪魔」

 十老会の老人が放った魔法は、夜空が赤く染まり、熱風が周囲へ吹き荒れる。


「所詮はヒューマ──」


 炎の中から静かな声だけが響いた。


「こんなもんなんですね」


 炎を払い除けた。


 爆炎が晴れる。


 服も焦げていない。


 隣に立つエルバラも無傷だった。


 静まり返る野営地。


「精霊魔法……初めて見ました」


 私は感心したように頷く。


「魔力の使い方が、私たちの魔法とはまるで違いますね」


 十老会の老人たちは言葉を失っていた。


「確かに威力はすごい」


 私は小さく笑う。


「でも、少し厄介なだけ」


 精霊魔法を放った老人が一歩後退る。


「き、貴様……何者だ」


「あら?とっくにご存じでしょう?」


 私は首を小馬鹿にするように言った。


「光の聖女リサです」


「違う……」


 老人の声が震える。


「我々が会った聖女はお前では……」


「失礼ですね」


 私はフッと笑う。

 

「顔を忘れるなんて」


 エルフは誰も笑わない。


 笑っているのは私だけだった。


「さて」


 私は一歩踏み出し、冷たく言い放つ。


「そろそろ本題に戻りましょうか」


「皆様」


「死んだ子供たちへ謝る気は、おありですか?」


 静寂。


 そして一人の騎士が吐き捨てるように叫んだ。


「いい加減にしろ!」


「ヒューマンのガキが死んだくらいで、我らエルフが――」


 ヒュッ――。


 風を切る音だけが響いた。


 騎士は言葉を止める。


 何が起きたのかわからない。


 一歩、二歩と前へ歩き――


 首が滑り落ちた。


 ドサリ。


 胴体が崩れ落ちる。


 私は血の付いた剣を軽く振った。


「実は私…魔法より剣の方が好きなんです」


「ひっ……!」


「け、剣をどこから!?」


「見えなかった……。」


 誰一人として斬撃を視認できなかった。


「だって、殺した感触がよくわかるもの」


 恐怖だけが広がる。


「首を切った時の感覚……気持ちいいわぁ」


 私は頬を赤らめた。


「では、問題です」


 満面の笑みを浮かべる。


「私は何をしに来たのでしょう?」


 誰も答えない。


「はい」


 私は一人の騎士を指差した。


「貴方」


「お、俺……?」


 膝が震えている。


 剣を握る手から汗が滴っていた。


「孤児院で会いましたよね?」


 私はその騎士に笑顔を向ける。


「『ヒューマンは臭い』とか言ってましたよね」


「……覚えていますか?」


 男は青ざめながら何度も頷く。


「あ……あぁ……」


「それで?」


 私は優しく問いかけた。


「答えは?」


「い、いや…死――」


 ヒュッ。


 また風が鳴る。


 男は何が起きたのか理解できないまま立っていた。


 数秒後。


 首が地面へ転がる。


 私は少し困ったように肩を竦めた。


「私が期待した答えではありませんでした」


 エルフたちは戦慄した。


 攻撃が見えない。


 首が落ちて初めて、斬られたことに気づく。


 目の前にいる女は、もう聖女とは思えない。


 二つ月の明るい空の下、冷たい空気が続く。


 十老会の一人が震えながら前へ出る。


「せ、聖女殿……どうか、ここは話し合――」


 ヒュッ。


 二人の老人の首が宙を舞った。


 私は剣を振り、付着した血を払う。


「それも……私の望む答えではありません」


 残ったのは、十老会の老人一人と騎士九人。


 誰も動けない。


 誰も声を出せない。


「貴方だけ、話が通じそうだから残しました」


 ただ一人、中央の老人だけが私を見つめ、震える声で呟いた。


「……貴様……悪魔か」


 私はふっと笑った。


「また失礼ですね」


「こんな美人を悪魔だなんて」


 その笑顔だけが、月明かりの下で不気味なほど美しかった。


 「続けましょうか」


 私はにこりと笑う。


「次は……そちらの騎士の方、どうぞ」


「あ……あ……いや……」


 プシュッ


 乾いた音だけが響く。


 今度は剣ではない。


 右手の人差し指から放った、小さな土魔法。


 圧縮した土の弾丸が、銃弾のような速度で騎士の胸を貫いた。


「こんなこともできますよ」


 男は何が起きたのか理解できないまま、胸から血を流して崩れ落ちる。


「さっと答えられない人は嫌いです」


 私は小さくため息を吐いた。


 エルフたちは誰一人、言葉を発せない。


「何だか……もう、面倒になってきたわね」


 私は剣をブレスレットへ戻す。


「剣をブレスレットに……」


 老人がつぶやく。


 私は右手をゆっくりと持ち上げ、一人の騎士へ手のひらを向けた。


「な、何を──」


「光剣」


 私が呟いた瞬間。


 眩い光が収束し、上空から一振りの光の剣となって騎士を頭から貫いた。


「がっ……」


 そのまま力なく倒れる。


「うん、いい感じね」


 思わず笑みがこぼれる。


「ひぃっ!」


「ば……化け物……」


「あ、悪魔……」


 中には頭を抱え、その場へ座り込む騎士までいた。


 その時だった。


「ち、違うんだ!」


 一人の騎士が叫ぶ。


 私とエルバラは同時に視線を向けた。


「何が違うの?」


 せっかく気分が良かったのに。


 邪魔をされた私は少しだけ不機嫌になる。


「そ、その魔法具は……!」


 男は中央の老人を指差した。


「じゅ、十老会の命令なんだ!夜中に爆発するよう設定しろって!爆発すれば、ヒューマン如きも少しは身の程を知るって……!」


「き、貴様!」


 老人が叫ぶ。


しかし騎士は止まらない。


「俺たちは命令されたんだ!」


「逆らえない!」


「悪いのは全部そいつだ!」


「そうだ!」


「俺たちは命令に従っただけだ!」


「全部話した!」


「だから助けてくれ!」


 静寂が訪れる。


 私は彼らを見回した。


 そして、柔らかく微笑む。


「……よくできました」


 エルフたちの表情が少しだけ明るくなる。


「全員殺す前に、真実が分かって安心しました」


 私は少し歩きつつ話す。


「だから、残った騎士の皆さんには、ご褒美を差し上げます」


 私は両手をゆっくり前へ向けた。


「え……?」


 次の瞬間、八本の光剣が同時に放たれる。


 ヒュンッ!!


 光が夜を裂いた。


 一瞬だった。


 八人全員の頭を、正確に光の剣が貫く。


「な……なん……」


「約束…」


 私は倒れていく彼らを見下ろす。


「ええ、これがご褒美よ」


「お礼はいらないわ」


 冷たく言い放つ。


 騎士たちは一人、また一人と倒れていった。


 残るは十老会の老人、一人だけ。


 私はゆっくりと視線を向ける。


「さて」


「黒幕の貴方は、どうしましょうか」


 老人は震えていた。


 それでも最後の意地だけは失っていない。


「くっ……!」


「ヒューマンなどに……我は負けん!」


 老人は杖を掲げる。


「古き盟友たる闇の精霊よ!」


 精霊魔法の詠唱が始まる。


 私はそれを冷たい目で見つめていた。


「我が問いに応え、深淵を喰らい尽くせ!」


黒精霧(こくせいむ)!」


 老人の足元から漆黒の霧が噴き上がり、巨大な波となって私へ襲いかかる。


「この闇は貴様の悪の心を喰らい!」


「憎しみを増幅させ!」


「死へ導く!」


「これで終わりだ!」


 老人の声が響く。


「リサ!?」


 エルバラが叫ぶ。


 私は振り返ることなく、小さく答えた。


「エルバラ、来ないで」


 次の瞬間、私は黒い霧の中へと飲み込まれた。


 「ふははははは!これで終わりだな!」


 十老会の老人は勝ち誇ったように笑う。


「リサー!」


 エルバラの叫びだけが森に響いた。






 黒い霧の中、私はただ静かに立っていた。


「悪の心を増幅する魔法……ね」


 自分の胸に手を当てる。


「うーん。何も変わらないわね」


 怒りも、悲しみも、憎しみも。


 さっきまで抱いていた感情から、一歩も動いていない。


「……これも、こんなもんか」


 私の心は、正義でも悪でもない。


 あの日、あの子たちを失った瞬間に壊れてしまったのだろう。


 もう何も感じない。


 何も揺らがない。


「この霧、鬱陶しいわ」


 私は軽く指を鳴らした。


 轟風が森を駆け抜ける。


 黒い霧は一瞬で吹き飛び、夜空へ霧散した。


 満月の光が再び私たちを照らす。


「な……どういうことだ……」


 老人の顔から血の気が引いていく。


「黒精霧が……効かぬだと……?」


「ヒューマンなら精神を侵され、死に至る魔法だぞ!」


 私は肩をすくめる。


「残念でしたね」


「私には何も効きませんでした」


 老人は震える唇で呟く。


「き……貴様……まさか……」


「心が……既に壊れているというのか……」


 私は小さく拍手をした。


「正解です」


 乾いた音だけが森に響く。


「私はもう壊れています」


「……貴方たちのおかげでね」


 ゆっくりと老人へ歩み寄る。


 一歩。


 また一歩。


 老人は後ずさろうとして、その場に尻もちをついた。


「た……頼む…助けてくれ……」


 私はしゃがみ込み、老人と目線を合わせる。


「これくらいで心が折れたの?まだ始まってもいないのに」


 口元だけが笑う。


「これからが、本番よ」


 その夜、森には老人の悲鳴だけが何度も響き渡った。


 エルバラは黙ったまま顔を背ける。


 止めようとはしなかった。


 止められないことを知っていたからだ。


 問いかけ。


 話さないなら、痛めつける。


 話す。


 回復魔法で命だけは繋ぎ止め、再び問いかける。


 その繰り返しだった。


 どれほど時間が経ったのか分からない。


 老人の瞳から理性は消え失せ、言葉にならない声だけを漏らすようになっていた。


 聞きたかったことは、すべて聞き出した。

 

 私は立ち上がり、周囲に転がる亡骸へ視線を向ける。


「炎神の獄炎」


 紅蓮の炎が夜の森を包み込む。


 遺体も、血痕も、証拠となるものは何一つ残らない。


 やがて炎が消えた時、そこには焼け焦げた大地だけが残っていた。


「エルバラ」


 静かに呼ぶ。


「……帰りましょうか」


 エルバラは無言で頷き、私を抱き上げる。


 夜空を飛びながら、彼女は一度も口を開かなかった。


 その腕から伝わる震えだけが、あの夜に起きた出来事を物語っていた。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は7/30木曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ