その2 「光の聖女」
女神アルカナが再び指を鳴らした。
映像が切り替わる。
先ほど聖女になると告げられた少女が、今度は夜の村を必死に駆けていた。
そもそも今を生きてる少女にどうやって私がなるのか。それだけわからなかった。
映像を見ると徐々に火が広がっていく。
燃え盛る家々。
耳をつんざく悲鳴。
逃げ惑う人々。
そこへ、角を生やし体格が人より大きなモノたちが次々と襲い掛かる。
「な、何これ……」
私は思わず息を呑んだ。
「これが、魔族よ。人族の敵」
女神アルカナの声が冷たく小さかった。
少女は何度も転びながら、それでも生きようと必死に走り続ける。
「あ!!」
しかし、魔族の剣が、少女の小さな胸を容赦なく貫いた。
「……っ!」
私は思わず目を逸らした。
幼い少女は、その場で静かに息絶えた。
「この子は、ここで命を落とすのが運命」
女神アルカナが静かに告げる。
「だから、この子にはもう未来は存在しない」
私は何も言えなかった。
「でも……」
アルカナは優しく微笑む。
「この子の魂を消すつもりはないわ」
「え……?」
「この子の魂は、これから生まれる別の赤子へ移す」
「新しい人生を歩ませるの」
「そして空いた器へ、貴方の魂を入れる」
私は映像を見つめたまま、小さく息を吐いた。
「つまり……魂の入ってない抜け殻に私が入る?」
「そういうこと」
アルカナが少女へ指を向ける。
「私はヒューマンを特別に愛しているの」
「だからこそ、この役目を貴方に託したい」
その言葉と同時に、少女の亡骸が白い光に包まれた。
同時に、私の身体も光へと溶け始める。
「これから貴方の魂をこの子の体へ」
足先から感覚が消え、腕が消え、胸が消え、最後には意識だけが光へ吸い込まれていく。
不思議と恐怖はなかった。
「まずは、この世界の生活に慣れなさい」
「そして十年後、勇者が貴方の前に現れる」
女神アルカナの声だけが、最後まで耳に残る。
「その時まで、私の与えた知識を活かして、この世界で生きなさい」
「……近いうちに、また会いましょう」
そこで私の意識は完全に途切れた。
私が次に目を覚ました時、焼け跡となった村には帝国の兵士たちが来ていた。
瓦礫の中から私を抱き上げた兵士が、驚いたように呟く。
「……奇跡の生存者か」
村は壊滅していた。
生き残ったのは、私一人だった。
これから私は、この世界で生きて行く。
私はそのままバイエルン帝国へ保護されることになる。
帝国辺境にある、小さな孤児院。
そこは戦争や魔物の襲撃で家族を失った子供たちが集められる場所だった。
歳の近い子供たちは遊び、学び、笑い合っていた。
けれど、私だけは違った。
女神アルカナから授かった知識は、役に立った。
歴史。
文化。
魔法。
医学。
薬学。
そして回復魔法の理論。
六歳で文字を読み書きできるようになり、算術に関しては誰よりも理解していた。
この世界の算術は簡単すぎる。
足し算、引き算、掛け算、割り算。
この程度ができれば問題ない。
そして、私は七歳で大人でも扱うことが難しい回復魔法を成功させた。
この世界の階級で言えば、かなり高い方らしい。
バイエルン帝国から視察に来た貴族が腰を抜かしていた。
八歳になる頃には薬師や司祭が、私へ教えを請うようになっていた。
病人を診察し、薬草を調合し、怪我人へ回復魔法を施す。
孤児院には毎日のように人が訪れるようになった。
熱病に苦しむ子供。
事故で瀕死となった兵士。
疫病に苦しむ村人。
私は誰一人見捨てなかった。
聖女となるため。
それが、女神アルカナとの約束だったから。
やがて噂は帝都中へ届く。
「奇跡を起こす少女がいる」
「光の加護を受けた娘」
「神の使い」
いつしか、人々は私を『神童』と呼ぶようになっていた。
そして十五歳。
この世界では成人となる年齢。
女神の啓示を受けるため、私は大神殿へ招かれた。
神官たちが一斉に跪く。
静寂の中、神託が告げられた。
「女神アルカナ様の神託――」
「彼女に与えられる役割は……『光の聖女』」
その瞬間からーー。
私は光の聖女リサとなった。
その夜。
眠りについた私は、再び真っ白な世界へ立っていた。
この十年間で、もう二十回近く訪れた場所だ。
いつも通り、女神アルカナが笑顔で待っていた。
「どう? 光の聖女様」
「ただの聖女じゃなくて、『光の』なんて二つ名まで付くとは聞いてないわ」
「ふふ、その方が舐められなくていいでしょう?」
「どうかしら」
私は肩をすくめる。
「それで?今回は何の用?」
「貴方との付き合いも十年になったわね。そろそろ女神である私を、もう少し敬ってもいいんじゃない?」
「言っとくけど、最初は敬ってたわ。でも、この十年で何度も顔を見せられたら、有り難みなんてなくなる」
「それに――」
私はため息をつく。
「面倒な仕事ばかり押し付けられたもの」
アルカナは苦笑した。
この十年、私は彼女から様々な命令を受けてきた。
ある時は、不正を働く司祭を密かに始末するよう命じられ。
またある時は、辺境の村で疫病に苦しむ人々を救うよう言われた。
理由は、いつも同じ。
「必要だから」
詳しい説明は一切なかった。
この十年で、一つだけ確信したことがある。
女神アルカナは、私に全てを話していない。
何かを隠している。
私を利用しているだけなのか。
まだ分からない。
それでも、子供たちの元へ帰るためには、この女神の力が必要だった。
「今回は何かしら?」
私が尋ねると、アルカナは静かに微笑んだ。
「今日から約半年後」
「勇者エレナが、貴方の前へ現れるわ」
「……本当なの?」
「前に伝えたでしょう?」
「彼女は勇者としての啓示を受けた」
「貴方は魔王討伐までの一年半を共に旅するだけ」
「そう……半年後からね」
私は静かに頷く。
「そして魔王討伐が終わったら――」
アルカナは私を真っ直ぐ見つめた。
「……わかってるわ。私の好きにさせてもらう」
「でも忘れないで」
「その後も、この世界のために数年、貴方の力を借りるわ」
「分かってる」
私は短く答える。
「だから約束よ。子供たちの元へ、必ず帰して」
アルカナは、いつものように優しく微笑んだ。
「もちろん」
その笑顔を見た瞬間、胸の奥に小さな違和感が生まれた。
この女は信用しちゃだめと心の中で感じた。
次の瞬間、視界は白く染まり――私は目を覚ました。
「嫌な感じ……」
そう思って、再び眠りについた。
それから数日後。
私は村の近くに現れる魔族を討伐するため、数名の騎士団と共に森へ入っていた。
目撃情報によれば、現れたのは吸血族。
しかも、ただの吸血族ではない。
Bランク冒険者や騎士が何人も命を落としているという。
今回同行しているのは、帝国でも実力者と呼ばれる騎士たち。
私は戦闘ではなく、回復と支援を担当するため同行していた。
やがて、目的の魔族は姿を現した。
紅い瞳。
漆黒の翼。
月明かりに照らされるその姿は、美しいという言葉すら似合うほどだった。
吸血族――。
人族では『魔将』とも呼ばれる存在。
高い知能を持ち、人語を話し、魔法を自在に操る魔族。
騎士団との連携で激しい戦闘となったが、辛うじて勝利した。
討伐ではなく捕縛。
生け捕りに成功したことで、その日は森で野営することになった。
私は馬車の中で休み、騎士たちは外で見張りにつく。
食事を終え、疲労から私はそのまま眠りについた。
どれほど時間が経っただろう。
ふと目が覚める。
静かすぎた。
外を覗く。
見張りの騎士がいない。
胸騒ぎがした。
急いで馬車を降りる。
捕らえていた吸血族もいない。
「まさか……」
嫌な予感だけが膨らんでいく。
私は森の奥へ足を進めた。
そして、見つけた。
騎士たちだった。
捕らえた吸血族の少女を地面へ押さえつけ、下卑た笑みを浮かべている。
少女は拘束されたまま涙を流し、必死に抵抗してい た。
「やめ……っ!」
「人族の女ならともかく、魔族なら構わねぇだろ」
「どうせ明日には殺すんだ」
「早くしろ!リサ様が気がつくぞ」
笑い声。
歓声。
醜悪な欲望。
「どの世界も男は……」
その瞬間。
私の中で何かが切れた。
「何を……しているの?」
静かな声だった。
全員振り返った。
一人の騎士が話す。
「リサ様、これは違うんです。相手は魔族で――」
雷鳴が響いた。
轟音。
男は悲鳴を上げる暇もなく黒焦げとなり、その場へ崩れ落ちる。
残った騎士たちの顔色が変わる。
「リ、リサ様!」
「違うんです!」
「出来心で――」
「……五月蝿いわね」
再び、雷。
雷の魔法が森に轟く。
叫び声が夜空へ吸い込まれていく。
誰一人として生かさなかった。
私は炎を操り、遺体すら残さず焼き尽くした。
灰だけが風に舞う。
しばらくその場に立ち尽くしてから、私は吸血族の女の前へ膝をついた。
女は震えていた。
当然だ。
襲われている最中に助けが来たかと思えば、そのヒューマンが仲間を殺したからだ。
私はゆっくりと彼女の頬へ手を添えた。
「怖かったわよね」
女の身体が震える。
「ごめんなさいね」
私は目を伏せる。
「魔族だから、人族だから。そんな理由で何をしても許されるなんて思っている人間がいるなんて……知らなかった」
私は回復魔法を発動する。
「癒光」
淡い光が彼女の身体を包み込む。
傷が少しずつ消えていく。
「……なぜ」
少女は信じられないという表情で私を見る。
「私を……助ける」
「同じ女だから」
私は静かに答えた。
「それだけじゃない」
「貴方のことを知りたいと思った」
女はしばらく黙っていた。
やがて小さく口を開く。
「私は……吸血族のエルバラ」
「エルバラね」
私は微笑む。
「私はリサ」
「世間では光の聖女なんて呼ばれているけど、リサでいいわ」
「光の……聖女」
驚きに目を見開くエルバラ。
「信じられない……」
「私もよ」
私は苦笑した。
「ねぇ、エルバラ」
「貴方、もう人族を襲うのはやめられない?」
エルバラは困ったように目を逸らす。
「吸血族は……血が必要だ」
「なら」
私は迷わず左腕を差し出した。
「私の血をあげる」
「え?」
「その代わり、魔族のことを教えて」
「魔界のこと、魔王軍のこと、人族をどう思っているのか」
「私は自分の目で、この世界を知りたい」
エルバラは長い沈黙の末、小さく頷いた。
「……分かった」
「もう、人族は襲わない」
「リサ、貴方に誓う」
私は微笑んだ。
「よろしくね、エルバラ」
その日から私は、一人で森へ足を運ぶことが増えた。
女神アルカナから与えられた知識だけでは、この世界の真実は見えない。
人族だけではなく、魔族も知る必要がある。
そう思い始めていたからだ。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
次話は7/23曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い申し上げます。
少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。




