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その19 「塔」

 アルファスト大陸北部。


 かつてそこには、世界でもっとも美しいと謳われたエルフ族の都が存在していた。


 長い年月をかけて育てられた巨大な樹々。


 自然と共存した美しい建築。


 多くのエルフが平和に暮らしていた場所。


 しかし、今そこに広がっているのは、瓦礫と焼け焦げた大地。


 そして、死の静寂だった。


 つい先日まで存在していたエルフの都は、一夜にして消え去った。


 聖女と呼ばれた少女。


 そして今は、大魔王を名乗る存在ーーリサ。


 瓦礫の山となった都の中央。


 そこだけは、不自然なほど原型を留めていた。


 エルフの女王オーレリアが使用していた玉座。


 その玉座は瓦礫の上に置かれ、まるでこの場所の支配者を示すように存在していた。


 そこにリサは座っていた。


 黒髪。


 赤い瞳。


 漆黒のドレス。

 

 その姿は、かつて人々が希望として崇めた聖女とは違っていた。


 その表情に聖女としての優しさはない。


「それで、首尾はどうかしら?」


 冷たい声が響く。


「はっ。準備は整っております」


 四魔将エルバラが跪きながら答える。


 しかし、その表情には隠しきれない感情があった。


 リサの肩に刻まれた傷。


 氷炎の魔法使いリリサが残した傷。


 未だに消えることのない傷跡。


 それを見るたびに、エルバラは自分の無力さにはらがたつ。


 顔には出さないが、痛みが酷く、ここに来るまで苦痛の表情を浮かべていた。


「……そう」


 リサは短く返事をする。


 その表情は不機嫌だった。


 まるで、予定通りに進んでいるはずの計画に、たった一つの異物が混ざったように。


「……本当に上手くいくのか?大魔王よ」


 声を発したのは、悪魔族の王。


 アル=アガレスだった。


 リサの赤い瞳がゆっくりと向けられる。


「何が言いたいの?」


「なに、その肩の傷だ」


 アル=アガレスは肩をすくめる。


「それは、おそらく呪いに近い魔法だろう」


「それがどうしたの?」


「その傷を抱えたまま、勇者と戦えるのか?」


 その瞬間、エルバラの表情が変わる。


「き、貴様……!こともあろうにリサ様に――」


「いいのよ、エルバラ」


 リサが静かに制止する。


「はっ……」


「彼は私の部下ではないわ」


「……」


「私と目的が一致しているから、契約しているだけ」


 そう言うと、リサは右手をアル=アガレスへ向けた。


 瞬間。


 紫色の雷撃が放たれる。


 アル=アガレスの頬をわずかに掠め、後方の瓦礫を粉砕した。


「……」


「私に対して、余計な心配は必要ないわ」


「……」


「あまり調子に乗らないことね」


 アル=アガレスは頬の傷を指でなぞる。


 そして、小さく笑った。


「ふふ……心得た」


 リサは興味を失ったように視線を戻す。


「オルトナとカイナは配置についたかしら?」


「はい。予定通りです」


「そう……」


 リサは立ち上がる。


 そして、空を見上げた。


「なら……始めましょうか」


 リサが左手を天へ掲げる。


「私たちの計画を」


 薬指にある指輪が淡く輝いた。


 そこから溢れ出したのは、禍々しい紫色の魔力。


 空気が震える。


 大地が怯える。


 まるで世界そのものが拒絶しているようだった。


「女神と魔神、天に示し、契約の時」


「天に壊する地」


「沈む魔の絶望」


「盲信、欲望、嫉妬、執着」


「地に聳える塔よ」


「今ここに姿を現せ」


「幽遠の(ゆうえんのとう)


 瞬間、世界が揺れた。


 ――地震。


 それは、アルファスト大陸の歴史上初めて人々が遭遇する大地震。


 地上。


 魔界。


 遠く離れた大陸。


 全ての場所で大地が鳴動する。


 人々は何が起きているのかわからなかった。


 大地が怒り狂っている。


 世界が終わる。


 そう錯覚した者も少なくなかった。


 家屋が倒壊する。


 大地が裂ける。


 多くの人々が傷つき、命を落とす。


 そして、エルフの都跡地。


 そこに一本の巨大な塔が現れた。


 天を貫くほど高く。


 黒く。


 禍々しい塔。


 それは、遠く離れたバイエルン帝国からも確認できるほど巨大だった。


 城の中。


 王を始めとする人々は、その姿を見上げる。


 誰も言葉を発することができなかった。


 ただ一人が、震える声で呟く。


「……世界の終わり…なのか」


 そして同じ頃。


 魔界ーーリホーン村。


 大地を揺らした衝撃に、エレナ達も外へ飛び出していた。


 遠くを見る。


 そこには、魔界側にも同じように聳え立つ巨大な白い塔があった。


 エレナはその塔を見つめる。


「……あれは……なんだ……?」


 その瞬間、誰もが理解した。


 聖女リサとの戦いは、ただの戦争ではない。


 世界そのものを懸けた戦いが始まるのだと。


 これは、ただの戦争ではない。


 世界そのものを懸けた戦いが始まったのだ。


 幽遠の塔を見上げるリサ。


 その後方には、四魔将エルバラとアル=アガレスが静かに跪いていた。


 紫色の魔力はまだ塔へと流れ込み、空気そのものを歪ませている。


「これで……」


 リサが小さく呟く。


「リサ様?」


 エルバラが声をかける。


「……なんでもないわ」


 リサは静かに首を振った。


 アル=アガレスは天を貫く塔を見上げ、感嘆の息を漏らす。


「これが……人も魔も滅ぼす塔か……」


「どう?」


 リサが肩越しに振り返る。


「もう、不安はなくなったでしょう?」


 アル=アガレスはしばらく黙っていた。


 やがて口元を吊り上げる。


「ふっ……ふふ……」


 笑い声は次第に大きくなる。


「ふはははははははははは!」


「実に愉快だ!」


「世界が終焉へ向かう瞬間を、この目で見られるとはな!」


 悪魔族の王らしい笑みだった。


 恐怖でも悲しみでもない。


 純粋に、この混沌を楽しんでいた。


 リサは興味なさそうに視線を逸らす。


「エルバラ」


「はっ!」


「オルトナとカイナをここへ呼びなさい」


「四魔将を集結させる」


「承知しました」


 エルバラは翼を広げ、一瞬でその場から飛び去った。


 瓦礫の都には、リサとアル=アガレスだけが残る。


 アル=アガレスは笑みを浮かべたまま、リサへ尋ねた。


「いよいよ最後の幕開けか?」


「ええ」


 リサは静かに塔を見上げる。


 左肩には、未だ癒えることのない傷。


 氷炎が刻んだ呪い。


 首筋を伝う痛みを指先でなぞる。


(エレナ……)


 赤い瞳が細められる。


(早く逢いましょう)


(これが最後)


(私のために死んで……)


 リサは妖しく微笑んだ。


「塔で待っているわ」


 その視線の先には、世界を見下ろすように聳え立つ幽遠の塔があった。


 同じ頃――魔界。


 リホーン村。


 私は村の外へ出て、遠くに現れた巨大な塔を見つめていた。

 

 天を貫くほど高い黒い塔。


 見ているだけで胸がざわつく。


 まるで、あの塔そのものが生きているようだった。


「……これもリサの仕業…か……」


 自然と声が漏れる。


 後ろでは仲間たちも同じように塔を見上げていた。


 誰一人として言葉を発しない。


 ただ、嫌な予感だけが胸を締めつける。


「気にはなる……」


 私は拳を握る。


「でも、まずは地上へ戻らないと」


 リサは各国へ宣戦布告した。


 開戦まで残された時間は、もう多くはない。


 連合軍の結成。


 それぞれの修行。


 そして――眠り続けるリリサ。


 やるべきことは山ほどある。


 私は塔から視線を外し、ゆっくりと振り返った。


「みんな」


「五ヶ月後のために、頑張ろう」


 私たちは、新たな戦いへ向けて歩き始めた。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は7/18曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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