その18 「魔界に来た冒険者」
魔界のリホーン村。
その村から少し離れた、小高い丘の上。
私たちは四人で向かい合って座っていた。
眼下には静かな村が広がっている。
風が草原を揺らし、どこか穏やかな時間が流れていた。
だけど、私たちの胸の中は誰一人穏やかではない。
リリサはまだ眠ったまま。
リサは姿を消し、戦争の火種だけを残していった。
だからこそ、私たちは話し合う必要があった。
そして、一つの結論に辿り着く。
今回の出来事は、私たち全員の未熟さが招いた結果だった。
私も。
レーナも。
ランも。
そしてアイも。
それぞれ反省すべき点があるが、誰一人欠けなかった。
リリサは生死の境を彷徨っているが、それでも、私たちはこうして全員生きている。
それだけでも喜ぶべきことなんだと、四人でそう決めた。
少しだけ空気が軽くなる。
私は三人を見回した。
「それで、これからのことなんだけど……」
三人が私を見る。
「私は一度地上へ戻る」
そう言うと、みんな静かに頷いた。
「バイエルン帝国で各国連合の準備を進めながら、もっと強くなるために修行する」
「うん」
レーナが頷く。
「異論はないわ」
ランもアイも賛成だった。
私はレーナへ視線を向けた。
「レーナはどうする?」
レーナは少しだけ考え込む。
そして真剣な表情になった。
「私は……調べたいことがある」
「調べたいこと?」
「私はずっと考えてたことがあるの……この世界の魔法について。リサさんのいう理外の魔法」
レーナは静かに続ける。
「この世界の魔法の法則について調べることが、役に立つと思うの」
「だから調べるわ」
私は笑って頷いた。
「了解。それはレーナに任せる」
「任せなさい」
今度はランを見る。
「ランは?」
ランは力強く拳を握った。
「私は故郷へ戻ります」
「父上にもう一度鍛え直してもらいます」
「今の私では四魔将に勝てません。次は絶対に負けません」
獣神ヴォルグ。
獣人族の都の神と崇められる戦士。
「うん。それが一番いいと思う」
私は親指を立てた。
「アイは?」
アイは背筋を伸ばした。
「私は魔界に残ります」
「私の得意は隠密と諜報です」
「正面からの戦闘では皆様の足手まといになります」
その言葉に私は首を振る。
「そんなこと――」
「いえ」
アイは珍しく私の言葉を遮った。
「今回、それを痛感しました。だからこそ、自分にしかできない役目を果たします」
アイが全員を見渡す。
「魔王軍の動向を探り、皆様へ情報を届けます。連合軍には情報が必要です」
私は微笑んだ。
「うん。それは本当に助かる」
「ありがとう、アイ」
その時だった。
「ただ、一つ問題があるわ」
レーナが口を開く。
全員が彼女を見る。
「問題?」
「戦争がいつ始まるのかわからないことよ」
その一言で空気が張り詰める。
確かにそうだ。
準備期間が一か月あるのか。
一週間なのか。
明日なのか。
何もわからない。
「だから、それぞれの修行や調査も、いつでも合流できるようにしておきましょう」
「そうだね」
私は頷いた。
「連絡手段も考えておかないと」
その時だった。
「おーい!」
丘の下から大きな声が聞こえた。
振り返ると、ガルドさんが大きく手を振っている。
「お前らー!」
私たちは立ち上がった。
「どうしました?」
「客人だ!」
「客人?」
「そうだ!」
ガルドさんは息を整えながら言った。
「冒険者が三人、お前たちに会いに来てるぞ!」
三人、その人数を聞いた瞬間、私は自然と顔が綻んだ。
「……もしかして」
レーナも同じことを考えたらしい。
「たぶん、あの三人ね」
何か情報を持ってきてくれたのかもしれない。
私たちは顔を見合わせ、小さく頷く。
そして揃って丘を駆け下り、リホーン村へと戻っていった。
村へ戻ると、村長の家の前で三人の冒険者が待っていた。
「あっ、エレナ!」
大きく手を振ったのはガルクだった。
「おう、元気そうじゃねぇか!」
相変わらず豪快に笑っている。
「ランは足を引っ張ってねぇだろうな?」
「兄さん」
ランの眉がぴくりと動く。
「その一言……いつも余計です」
「……」
ガルクは口を開けたまま固まった。
「空気読めないですね……」
肩を落とすガルク。
その肩をノームがぽんと叩く。
「ガルクは旅の間ずっとラン殿のことを心配していましたからね」
「おい、余計なこと言うな!」
「事実でしょう?」
ノームは穏やかに笑う。
「お、お、お久しぶりです……」
ノームの後ろから、小さく顔を覗かせた少女がいた。
「エレナさん、レーナさん、ランさん……」
魔法使いのノノだった。
相変わらず人見知りらしく、ノームの後ろに半分隠れている。
「ノノも元気そうだね」
「は、はい……」
帽子を深く被って頷く姿は以前と何も変わっていなかった。
少しだけ安心する。
「三人とも久しぶり」
私が笑うと、みんなも自然と笑顔になった。
「なんだ?」
ガルドさんが首を傾げる。
「やっぱり姉ちゃんたちの知り合いだったのか」
「はい」
私は頷いた。
「仲間です」
その後、私たちはガルドさんも交え、互いの情報を交換した。
ガルクたちが持ってきた情報は想像以上に重かった。
「開戦まで半年か……」
私が呟くと、ガルクが首を振る。
「正確には五か月くらいだな」
「ここまで来るのに一か月かかった」
「……そうか」
レーナの表情も険しくなる。
「エルフの都は?」
ノームが静かに答えた。
「ほぼ壊滅です」
「生存者もほとんど確認できません」
「精霊魔法について調べられないわね……」
空気が重くなる。
「南部の森も焼き払われました」
「そこが戦場になるそうです」
「ここまで水面下で動いていたくせに……」
レーナが苦々しく呟く。
「急に動きが派手になったわね」
「で、でも……」
ノノがおずおずと口を開いた。
「聖女リサを退けたって聞きました」
「さ、さすがです」
私は苦笑した。
「退けたっていうより……」
「向こうが勝手に帰っただけだよ」
「でも三人が情報を持ってきてくれたおかげで、今後の計画は立てやすくなった」
「ありがとう」
「ちなみに」
レーナが尋ねる。
「あなたたち、どうやって魔界まで来たの?」
「そういや」
ガルクが辺りを見回す。
「あのチビがいねぇな」
「チビ?」
その瞬間だった。
「ここだ」
ふにっ。
「……」
私の背後から、胸を揉まれた。
「うんうん、今日も平常運転だな」
「…………」
私は無言で振り返る。
そして、そのまま首根っこを掴んだ。
「うわっ!暴力反対!」
「うるさい!」
私はそのまま持ち上げる。
「アル……」
「アスラ!」
「なんでついて来た!」
じたばた暴れる小柄な獣人。
前勇者アルス。
何故か変化し、獣人族の少年アスラとなった。
「いやぁ、郷にいても暇だったし」
「暇だからって来るな!」
「とりあえず埋める」
「待って!ごめん!つい出来心で!」
「ついじゃない、殺す」
「ひぃっ!」
本気の殺気を向けると、アスラは青ざめた。
「エレナ!」
「落ち着け!」
ガルクとノームが慌てて止めに入る。
「ニャア」
聞き慣れた鳴き声がした。
「あっ!」
私は振り向く。
「マル!」
黒猫のマルが尻尾を立てながら歩いてきた。
私はしゃがみ込み、そのまま抱き上げる。
「よく来たね」
「ニャー」
喉を鳴らしながら甘えてくる。
「相変わらず丸くてかわいい……」
思わず頬が緩む。
「あぁ……」
アスラが遠い目をした。
「ずるいぞ、羨ましい……」
「何か言った?」
私はじろりと睨む。
「いえ」
「何も言ってません」
「エレナ様」
背筋をぴんと伸ばすアスラ。
「よろしい」
その様子を見ていたガルクが首を傾げた。
「なぁ?こいつ獣人族なんだろ?」
「実は俺、見たことねぇんだけど」
ランはあっさり頷く。
「ええ、私はもちろん知ってましたよ」
「え?そうなのか?」
ガルクは腕を組み、うーんと唸る。
「俺だけ知らねぇのか?」
「なんか納得いかねぇな……」
ガルクだけが一人、腑に落ちない表情を浮かべていた。
私は腕を組みながらガルクたちを見る。
「こいつがついて来て、大穴まで案内したってことか?」
親指でアスラを指差す。
「人を指差すな!」
「あぁ」
ガルクが頷いた。
「このチビが教えてくれてな」
「突破するのにかなり苦労したが、なんとか魔界まで来られた」
「誰がチビだ」
アスラが頬を膨らませる。
「事実だろ」
「ぐっ……」
反論できずに黙るアスラを見て、少しだけ場の空気が和らいだ。
ノームが笑みを浮かべながら続ける。
「その後は森を彷徨っていたところ、この村を見つけまして」
「ガルド殿とお会いした、という流れです」
「なるほどね」
私は納得して頷いた。
「あ、そうだ」
ふと思い出したことがあった。
「途中で白龍がいただろ?」
ガルクたちは顔を見合わせる。
「白龍?」
「そんなのはいなかったぞ?」
「え?」
私は思わずアスラを見る。
「アスラ、白龍は?」
「いや……」
アスラも首を傾げた。
「俺にもわからん」
「白龍が自分から動くなんて初めてだ」
「何かあったんだろうか?」
「さぁな」
アスラは肩をすくめる。
「龍種の考えることは、俺にもわからん」
私はじっとアスラを見つめる。
「……」
役に立たないな。
そう思った瞬間。
「あっ!」
アスラが私を指差した。
「その目!」
「役に立たないなって思っただろ!」
「……いや」
私は目を逸らす。
「ソンナコトナイゾ」
「なんでそこでカタコトなんだよ!」
アスラが頭を抱えて叫ぶ。
「絶対思っただろ!」
「思ってない」
「今、一拍あった!」
「気のせい」
「気のせいじゃねぇ!」
ガルクたちは呆れたように笑い、レーナは肩を震わせ、ランとアイも思わず吹き出していた。
重苦しかった空気が、ほんの少しだけ和らいだ。
するとガルクが腕を組む。
「ところで、さっき話してた計画って何なんだ?」
「あぁ、それはね――」
私は今後の方針を四人へ説明した。
各国が連合軍を結成するまでの猶予。
それぞれが足りない力。
修行。
情報収集。
そして、リサとの最後の決戦。
全て話し終えると、ガルクが大きく頷いた。
「つまり」
「最後の戦いに向けて、それぞれ準備をするってことだな」
「まぁ、そんな感じかな」
私が笑うと、ガルクも笑みを浮かべた。
「だったら俺たちも手伝うぜ」
「ん?」
「どういうこと?」
「簡単な話だ」
ガルクが仲間たちを指差す。
「俺はランと一緒に獣人族の都へ戻り、父上から徹底的に鍛えてもらう」
ランは静かに頷いた。
「ノノはレーナと行動」
「調べ物なら魔法使いが二人いた方が早いだろ」
「は、はい……!」
突然話を振られたノノは肩を震わせながらも、小さく返事をした。
「が、頑張ります……」
レーナも微笑む。
「よろしくね、ノノ」
「は、はい!」
顔を真っ赤にしながら何度も頷く。
「そして、ノームとそこの娘は情報収集だな」
「うむ。アイ殿よろしく頼む」
「わかった」
ガルクは最後に私を見る。
「チビはエレナは一緒に帝国へ戻って、連合軍の準備と修行」
「これでどうだ?」
「待て!俺は嫌だぞ!ここに残る!」
私は少し考えてから笑った。
「うん」
「すごく助かる」
アスラを無視する。
「一人より仲間が多い方が心強いしね」
「決まりだな!」
ガルクが拳を握る。
「ちょっと!俺の意思は!?」
アスラが騒ぐが、全員が無視している。
ノームも穏やかに頷く。
「異論ありません」
ノノも緊張した様子ながら、小さく拳を握った。
「よ、よろしくお願いします……」
「俺の話を聞けえぇぇぇぇぇぇっ!」
村中にアスラの叫び声が響き渡った。
その声を聞いて、皆が思わず笑う。
リサとの決着も、世界の命運を懸けた戦いも、これからだ。
それでも、私は前を向き始めていた。
最後の戦いへ向け、それぞれが歩み出すために。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
次話は7/16木曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い申し上げます。
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