その17 「それぞれの反省」
眠り続けるリリサさん。
その隣で、じっと手を握り続けるエレナ。
私は何度か病室を訪れた。
けれど、その度に声を掛けることができず、静かに扉を閉める。
今のエレナに、どんな言葉を掛けても届かない気がした。
だから私は見守ることしかできなかった。
部屋を出て、一人廊下を歩く。
自然とため息が漏れる。
私は、ずっと引っ掛かっていたことがあった。
リリサさん。
初めて会った時から、どこか違和感を覚えていた。
確信なんてなかった。
ただ、エレナの後を追うように旅に出たその後の出来事を聞いているうちに、一つの考えが頭から離れなかった。
この人は、魔王軍と何か関わりがある。
そう感じた。
その予感は当たっていた。
けれど、まさか聖女リサと繋がっていたなんて、想像すらしていなかった。
もし。
あの時。
少しでも違和感を口にしていたら。
もっと早くエレナへ相談していたら。
結果は変わっていたのだろうか。
そんな考えが、何度も頭をよぎる。
「……はぁ」
私は首を横へ振った。
過去を悔やんでも仕方がない。
それでも、今回の戦いは私にも反省すべき点が多すぎた。
エルバラとの戦闘で、私は冷静さを欠いていた。
傷ついたエレナのことが頭から離れず、集中できていなかった。
その結果、義国でリサに指摘された魔法障壁の弱点を、自分でも理解していたにもかかわらず、また同じ防御を選んでしまった。
使い慣れた戦法とはいえ、完全な判断ミスだった。
障壁は破られ、私は負傷した。
ランにも、アイにも。
十分な指示を出せなかった。
あのままエレナが来なければ。
私たちは全滅していた。
拳を強く握る。
「……情けない」
私は誰だ。
蒼龍を退けた魔法使いだ。
『蒼天の魔法使い』なんて二つ名まで付けられている。
それなのに。
仲間一人守れなかった。
後輩二人まで危険に晒した。
こんな失態は二度と繰り返さない。
次は必ず勝つ。
リサにも、エルバラにも、私はもう負けない。
そう心に誓いながら、私は静かに目を閉じた。
あの戦いが終わってから、私は何度も自分の戦い方を思い返していた。
エルバラとの戦闘。
レーナさんが倒れた瞬間、頭の中が真っ白になった。
私たちの中で、一番の火力を持つ魔法使い。
そのレーナさんが戦闘不能になった。
その瞬間、思ってしまった。
――私が守らなきゃ。
――私が倒さなきゃ。
アイはまだ戦闘経験が浅い。
私が前に立たなければ。
私が時間を稼がなければ。
そんなことばかり考えていた。
そのせいだった。
焦り。
戸惑い。
責任感。
負の感情が、私から冷静さを奪っていく。
双剣を振るう。
だが、届かない。
エルバラは私の剣筋をまるで見切っているかのように躱し、反撃を繰り返した。
私は焦れば焦るほど、大振りになる。
動きが読まれる。
何度攻めても、一撃も決定打を与えられなかった。
獣神の娘ーーその名に恥じないよう戦ってきた。
獣神化という切り札まで持っている。
それなのに、私は獣神化すら使えなかった。
使わなかったんじゃなく、使えなかった。
心が乱れたままでは、獣神化は本来の力を発揮できない。
無理に発動しても、自分の身体を壊すだけ。
そのことを、私は誰より知っていた。
結果、私は敗北した。
あと少し。
本当にあと少しエレナさんが来るのが遅ければ、私たちは全滅していただろう。
「……情けない」
思わず呟く。
獣神の娘、そんな肩書きだけが、一人歩きしている。
実際の私は、たった一人の四魔将すら倒せなかった。
もっと強くならなければ。
エレナさんの隣に立ち続けるために。
レーナさんの力になれるように。
そして、アイを守れる先輩であるために。
私は、もっと強くなる。
今度は負けない。
あれほどの魔族と戦ったのは、初めてだった。
四魔将、吸血族、 エルバラ。
その姿を見た瞬間、本能が警鐘を鳴らす。
――勝てない。
殺気。
魔力。
身体能力。
どれを取っても、私とは比べものにならなかった。
今までの私なら、迷わず身を隠していただろう。
それが私の戦い方だった。
気配を消す。
影に潜む。
敵を欺き、情報を持ち帰る。
それが勇者の郷で教えられた、私の役目だった。
真正面から戦う戦士ではない。
だから、本当は怖かった。
今すぐ逃げ出したい。
そんな気持ちは、確かにあった。
それでも、私は逃げなかった。
エレナ様がいたからだ。
勇者の郷を出る時、私は決めた。
この命は、勇者様を守るために使うと。
それが郷長としての責任であり、私自身が選んだ道だった。
だから前へ出た。
クナイを投げた。
隙を作ろうと走った。
少しでもランさんの援護になればと思った。
でも、何一つ届かなかった。
エルバラは、まるで私の動きを見透かしているかのように攻撃をかわし、逆に私たちを追い詰めていく。
私は何もできなかった。
結局、私たちはエレナ様に助けられた。
もしエレナ様が目を覚まさなければ。
私たちは、あの場で全員命を落としていただろう。
「……情けないです」
小さく呟く。
私は勇者の郷の郷長。
皆から選ばれ、この役目を任された。
なのに肝心な時、何もできなかった。
エレナ様を守るどころか、守られてしまった。
悔しい。
ただ、それだけだった。
私はまだ弱い。
だからこそ、強くならなければならない。
正面から戦う力。
敵を倒し切る力。
そして、エレナ様の隣に立てる力を。
「次は……必ず」
私は静かに拳を握り締めた。
何かを隠しているような気はしていた。
それがリサとの繋がりだったとは、思いもしなかった。
もっと深く考えていれば。
もっと話を聞いていれば。
私は気づけたのかもしれない。
でも、数年ぶりにリリサと再会できた嬉しさの方が大きかった。
私は、それ以上考えることをやめてしまった。
良い歳して本当に馬鹿だと、自分でも思う。
このリホーン村の医師の見立てでは、リリサは昏睡状態らしい。
目を覚ますかどうかは、誰にもわからないという。
けれど、精神世界で赤龍イグレイズは言っていた。
リリサが目を覚ますかどうかは、本人の生きる意思次第だと。
だから私は信じるしかない。
リリサの強さを。
人の心を。
この五日間。
私は一度も病室を離れなかった。
食事も睡眠も最低限。
ただ、眠り続けるリリサの傍にいた。
その間、何度か病室の扉が静かに開く気配があった。
レーナだ。
きっと私を心配して来てくれていたのだろう。
でも、その時の私は誰とも話す気になれなかった。
……あとで謝ろう。
きっと、心配をかけてしまったから。
リサは、あの日撤退した。
でも、次に会う時こそ最後の戦いになる。
人族も魔族も全てを壊す。
そう、彼女は言い切った。
そして、その理由も少しだけ知ってしまった。
私は、彼女と向き合わなければならない。
逃げることはできない。
彼女の憎しみも。
苦しみも。
悲しみも。
すべて受け止めた上で、それでも剣を振るわなければならない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
リサが私へ向ける憎悪は、私怨だ。
そこへ女神や魔神が関わっている可能性はある。
利用されているのかもしれない。
けれど、それは今考えても答えは出ない。
今は目の前のことだけを考えよう。
リリサの看病を続けて五日。
それでも彼女は目を覚まさなかった。
……もう、私だけで抱え込むのは終わりにしよう。
次に私がやるべきことは、仲間と話すことだ。
私は静かに立ち上がった。
「マイ、シン」
二人が顔を上げる。
「少しだけ、お願いしてもいいかな」
「はい」
「任せてください」
二人へ微笑み返し、私は病室を後にした。
扉を開けた、その瞬間だった。
目の前には、レーナ、ラン、アイの三人が立っていた。
誰もが真剣な表情をしている。
そして――
「話があるの」
「話がしたいです」
「話し合いがしたいです」
三人の声が、ぴたりと重なった。
私は思わず苦笑する。
「……奇遇だね」
「私も、みんなと話がしたかったんだ」
そう言うと、三人は小さく笑った。
重苦しかった空気が、ほんの少しだけ和らいだ。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
次話は7/14火曜日22時に公開予定です。
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