表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
208/229

その13 「赤龍の言葉」

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 エレナの悲痛な叫びが森中に響き渡る。


 次の瞬間。


 ドゴォォォォォンッ!!


 紅蓮の魔力が天へと噴き上がった。


 炎の柱。


 いや、それは炎ではない。


 怒り、悲しみ、絶望――その全てが魔力となって形を成したものだった。


 大気が震える。


 木々が大きくしなる。


 森に棲む魔物たちは悲鳴を上げるように逃げ出していく。


 その異常な魔力は、リホーン族の村だけではなかった。


 周囲に点在する魔族たちの集落でも、誰もが空を見上げていた。


「なんだ……あの魔力は……」


「空が……燃えてる……」


「噴火なのか……?」


 誰も答えられない。


 ただ、本能だけが告げていた。


 あれに近づいてはいけないと。






 リホーン族の村。


 リリサの帰りを待ち続けていたマイとシンも、その光景を目の当たりにしていた。


 真っ赤に染まる空。


 渦を巻く魔力。


「リリサ……!」


 マイが駆け出そうとする。


「待って!」


 シンも後を追う。


 だが、その前へガルドが立ち塞がった。


「行くな」


 低く、重い声だった。


「でも!」


「リリサお姉ちゃんが!」


 二人は涙を浮かべる。


 ガルドは拳を握り締めながら首を振った。


「あれは……ただ事じゃねぇ」


 その顔には焦りが滲んでいた。


 村長も静かに頷く。


「今行けば、お前たちまで巻き込まれる」


 村人たちも皆、不安そうに空を見上げる。


 誰も口にはしない。


 だが、全員が同じことを考えていた。


 何か、とてつもなく嫌なことが起きたと。





「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 エレナの叫びは止まらない。


 魔力はさらに膨れ上がる。


 炎龍の魔力が呼応するように唸りを上げた。


「エレナ! しっかりしなさいよ!!」


 レーナが飛び出す。


 その頬を叩いてでも正気へ戻そうとした。


 しかし――。


 ドンッ!!


 暴走する魔力が壁となって弾き返す。


「きゃあっ!」


 レーナの身体が吹き飛んだ。


「レーナさん!」


 ランとアイが咄嗟に受け止める。


「大丈夫ですか!?」


「……ええ」


 レーナは苦しそうに立ち上がった。


 腕が痺れている。


 たった近づこうとしただけで、この威力。


「エレナ様……」


 アイは泣きそうな顔でエレナを見る。


 ランも歯を食いしばった。


「このままじゃ……」


 レーナは空を見上げる。


 私たちの周囲に魔法障壁を張った。


 上空へ紅蓮の魔力を逃がし続けている。


「この暴走を止めないと、本当に大変なことになるわ」


「どういうことですか?」


 ランが尋ねる。


 レーナは短く息を吐いた。


「エレナの魔力は、炎龍と炎帝の魔力のせいで、炎そのものに近い性質へ変質してる」


「つまり……」


 アイの顔が青ざめる。


「森が燃える……?」


「そういうこと」


 レーナは頷いた。


「今は咄嗟に魔法障壁を張って、上空へ魔力を逃がしてる」


 上空では、障壁にぶつかった紅蓮の魔力が雷鳴のような音を立て続けている。


 ピシッ。


 障壁に小さな亀裂が入る。


 レーナの表情が険しくなった。


「……長くは持たない」


 ランは障壁を見上げ、小さく呟いた。


「あの一瞬でここまで巨大な障壁を展開するなんて……」


「正直、驚きました」


「お世辞はいいわ」


 レーナは苦笑する余裕もない。


「私たちは中に残ってしまった。一番危険だし、あんた達に悪かったわ」


 額には大量の汗。


「いえ、気にしないでください。仲間ですから」


 アイも頷く。


 障壁を維持するだけでも、膨大な魔力を消費している。


「どうにかして、エレナを正気に戻さないと……」


 誰も動けない。


 誰も近づけない。


 泣き崩れるエレナを、ただ見守ることしかできなかった。





 暗闇。


 光も、音もない世界。


 私は膝を抱え、小さく身体を丸めていた。


 何も考えたくない。


 何も聞きたくない。


 ただ、リリサの最後の笑顔だけが、何度も何度も頭の中で繰り返される。


 ……私。


 私は守れなかった。


 また、大切な人を失った。


 この世界へ転生してから。


 父様。


 母様。


 兄様たち。


 ブレイジングの街の人々。


 そして――リリサ。


 どうして私は、こんなにも多くの大切な人を失わなければならないのだろう。


 私は勇者として、人族と魔族、両方の未来を守ると誓った。


 それなのに。


 自分の大切な人一人、守ることすらできない。


 ……そんな私に勇者でいる資格なんて、あるのだろうか。


 涙が止まらない。


 胸が苦しい。


 このまま何も考えず、静かに消えてしまえたら――。


 そう思った、その時だった。


 ゴォォォォォ……


 熱風が吹き抜ける。


 暗闇だった世界に、紅蓮の光が揺らめいた。


 ズシン――。


 大地そのものを揺るがすような重い着地音が響く。


 ゆっくりと姿を現したのは、一頭の巨大な龍。


 黄金に輝く双眸。


 灼熱の鱗。


 一枚一枚が炎を宿し、その吐息だけで世界を焼き尽くせそうな圧倒的存在感。


 赤龍――イグレイズ。


『エレナよ』


 低く、腹の底まで響くような声だった。


『貴様の悲しみを感じ取り、この精神世界へ参った』


 私は顔を上げる気力もなかった。


「………」


 返事もしない。


 ただ涙だけが頬を伝う。

 

 イグレイズは急かすことなく、静かに私の前まで歩いてきた。


 その巨大な身体をゆっくりと地へ横たえる。


『我は数千年を生きた』


 静かな声だった。


『数え切れぬほど多くの人族を見てきた』


『子を失い、泣き崩れる親を見た』


『祖国を失い、それでも立ち上がる王を見た』


『飢えに苦しみ、死した友を喰らわねば生きられなかったヒューマンも見た』


『戦場で笑い、戦場で泣き、戦場で命尽きる者たちを見届けてきた』


 私は何も答えない。


『人族は感情豊かな種族だ』


『我ら龍とは違う』


『だからこそ、美しくもあり、脆くもある』


 しばらく沈黙が流れた。


『だが』


『命は等しく終わる』


『それが、この世界の理だ』


 その言葉に、胸の奥で何かが弾けた。


「……だから?」


 掠れた声が漏れる。


「だから悲しむなって言うの?」


「泣くなって言うのか!?」


 イグレイズはゆっくりと首を横へ振った。


『違う』


 その一言だけで、空気が変わる。


『泣け』


『叫べ』


『怒れ』


『そして、ちゃんと哀しめ』


『大切な者を失えば、それが人として当たり前なのだ』


 私はゆっくりと顔を上げた。


 黄金の瞳が、真っ直ぐ私を見つめている。


『貴様』


『家族を失った時、本当は泣けなかったのであろう』


 その言葉に、息が止まる。


「……どうして、それを」


『貴様のことなどお見通しだ』


 イグレイズは静かに目を細めた。


『嬉しさも』


『怒りも』


『悲しみも』


『意味としては理解している』


『だが、我は龍』


『貴様らと同じように共感はできぬ』


『しかし』


『命の重さだけは知っている』


 また静寂が訪れる。


 やがてイグレイズは、巨大な顔を私の目の前まで近づけた。


 黄金の瞳には、炎ではなく静かな光が宿っていた。


『だからこそ言おう』


『その悲しみで、お前まで死ぬことはない』


 その言葉を聞いた瞬間。


 張り詰めていた何かが切れた。


「……でも」


 声が震える。


「苦しい」


「こんなに苦しい」


「悲しいよ……」


 私は子どものように泣き崩れた。


 勇者ではない。


 英雄でもない。


 一人の人間として。


 イグレイズは何も言わない。


 慰めもしない。


 励ましもしない。


 ただ静かに、その場へ座り続けた。


 数千年という歳月を生きた龍だからこそ知っていたのだろう。


 悲しみとは、言葉で消えるものではないことを。


「心の整理ができるまで、少し待ってくれないか」


 私がイグレイズにお願いする。


『無論だ。我と貴様は友だからな』


 私はギュッと組んでいた腕を掴み、顔を伏せた。


 イグレイズは、ただ私の側に居てくれた。





 「あっ……!」


 レーナが息を呑む。


 エレナの叫びも、天へ吹き上がっていた紅蓮の魔力が、少しずつ静まり始める。


「レーナさん!」


「ええ……少しだけ落ち着いたみたいね」


 暴風が止む。


 大きく揺れていた森も、ゆっくりと静寂を取り戻していく。


 空を焦がしていた炎も、役目を終えたかのように消えていった。


「たぶん……エレナが少しだけ落ち着いたのよ」


 レーナは安堵の息を漏らした。


「さあ、エレナとリリサさんを回収して村へ戻りましょう」


「はい!」


「了解しました」


 三人が動き出そうとした――その瞬間だった。


「いや」


 低く、冷たい声が空から降ってきた。


「ここが貴様らの墓場になる」


 全員が反射的に空を見上げる。


 黒い翼。


 真紅の瞳。


 その身から溢れる濃密な魔力。


「……エルバラ!」


 レーナが顔をしかめる。


 新生魔王軍四魔将のエルバラは、ゆっくりと空から降下してきた。


「久しぶりねぇ、蒼天の魔法使い」


 その口元には余裕の笑みが浮かんでいる。


「あんた……何しに来たのよ!」


「決まっているでしょう?」


 エルバラはリリサへ視線を向けた。


「その女を連れ戻しに来たのよ」


「断るわ」


 レーナが一歩前へ出る。


「リリサさんはもう、あんた達には渡さない」


「そうです!」


 ランが双剣を抜き放つ。


 鋭い刃先をエルバラへ向けた。


「リリサさんは、私たちが守ります!」


 アイも静かに前へ出る。


 クナイを構え、エレナとリリサの前へ立つ。


「お二人には指一本触れさせません」


 三人の視線が交差する。


 エルバラは小さく笑った。


「ふふ……勇ましいこと」


「だが、その女は我らの居城へ侵入し、好き勝手暴れ回ってくれた」


 首を少し傾ける。


「リサ様に、消えぬ傷まで負わせてな」


 その言葉にレーナの表情が変わる。


「……リリサさんが?」


「ええ」


 エルバラの笑みが消える。


「リサ様は、珍しくお怒りだ」


「だから何よ」


 レーナは睨み返す。


「それで私たちが『はい、どうぞ』なんて言うと思った?」


「思わんな」


 エルバラの瞳が鋭く細まる。


「だから殺す」


 ズォッ……


 エルバラは周囲に無数の血液が浮かび上がる。


 血は槍となり、剣となり、無数の刃を形作った。


 ランが息を呑む。


「これ……全部、血……?」


 アイもクナイを握る力を強める。


「来ます!」


 エルバラは翼を大きく広げた。


「蒼天の魔法使い!」


「獣人族!」


「小娘!」


 三人を順番に見据え、そして最後に気を失ったエレナへ視線を向ける。


「勇者の前に、三人まとめて殺してやる」


 轟ッ!!


 魔力が爆発した。


 四魔将の一角との戦いが始まる。






 ーーーーーーどれほど時間が経ったのか。


 私は涙を拭い、小さく呟いた。


「……もう少しだけ」


「そばにいて見守ってくれないか?」


 イグレイズは、わずかに口元を緩めたように見えた。


『無論だ』


『さっきも言ったが、我と貴様は友だからな』


 その一言だけで十分だった。


 私は少しだけ笑った。


「……ありがとう」


『ふふ、気にするな』


「私の戦いを見届けてくれーーーーー」


 その瞬間、暗闇の世界が、ゆっくりと光に包まれていく。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は7/7火曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ