その12 「エレナの暴走」
怒り狂ったリサが、喉を裂かんばかりに叫んだ。
「その女を生け捕りにしろぉぉぉぉぉっ!!」
凄まじい殺気が城全体を震わせる。
ここまで感情を露わにしたリサを見るのは初めてだった。
こんな反撃を受けるとは思っていなかったのだろう。
当然だ。
喰らった者自身の魔力を燃料にし、永遠に凍り、永遠に燃え続ける傷。
回復をしても、再び凍りつき燃える。
そんな痛みを味わう者は、この世界でもおそらくリサが初めてだ。
氷炎の呪傷。
魔王ヴァルゼインに攫われ、魔界で生き延びる中で、私は密かにこの魔法を編み出した。
だが、未完成だった。
正直、私自身ですら解除方法がわからない。
使い手である私にすら制御しきれない魔法。
効果があるかどうかは、一か八かだった。
そして、リサに効いた。
それは嬉しい誤算だった。
「女神アルカ…ナよ。傷つき倒れた者に……ゴホゴホッ……」
回復魔法で無理やり身体を動かそうとした。
だが、限界だった。
内臓へのダメージが深い。
走るたびに激痛が腹を裂く。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
城内を走る。
でも、身体が言うことを聞かない。
足が重い。
視界が霞む。
失血も酷い。
血が足りない。
口からまた血が溢れた。
「かはっ……!」
まずい。
でも、止まれない。
転移門が見えた。
淡く光る出口。
あと少し。
「よし……これで、大丈――」
その瞬間。
ガシッ!!
頭を鷲掴みにされた。
「っ!?」
身体が宙に浮く。
頭蓋が軋む。
何が起きたのか、一瞬理解できなかった。
「くっっ……」
霞んだ視界の先。
赤い瞳。
黒い翼。
吸血族の女。
「貴様が、リサ様に傷をつけた者だな」
冷たい声。
殺意。
圧が違う。
強い。
「貴様を、リサ様の元へ連れて行く」
「……くっ……このぉぉ……!」
私は右手に残った魔力を叩き込んだ。
「氷炎っ!!」
青い炎が吸血族の翼を焼く。
ジュウゥゥッ!!
「うわぁぁぁっ!? き、貴様ァァァ!!」
翼が燃え、拘束が緩んだ。
私は落下した。
そして、上手く着地できない。
ドシャッ!!
床に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
骨が軋む。
吐血する。
痛い。
でも、まだ動ける。
這ってでも進む。
門へ。
「早く……外に……」
「逃がすかァァァ!!」
吸血族の女――エルバラが叫ぶ。
彼女の周囲に血が浮かぶ。
血液が意思を持つように蠢く。
「血殺刃!!」
血が刃へ変わった。
無数の赤い刃が、私へ襲いかかる。
「っく!!」
避けきれない。
ザシュッ!!
右足が深く裂けた。
「ぁっ……!!」
激痛。
脚がもつれる。
さらに――
ザザザザッ!!
血刃が全身を切り裂く。
腕。
脇腹。
背中。
太腿。
鮮血が舞う。
「っ――!!」
声も出ない。
痛みで視界が白く染まる。
でも、まだ、まだ動ける。
門まで――。
その時、広間の奥から、狂気に満ちた声が響いた。
「エルバラァァァァァ!!もういい!!」
リサだった。
首筋を押さえながら狂った目でこちらを見ている。
「その女を殺す!!」
ぞっとした。
いつも冷静だったリサが、完全に壊れている。
リサの右手に炎が収束する。
「炎神の矢」
炎が弓となる。
矢となる。
空間が焼ける。
「このクソ女ァァァァァァ!!」
矢が放たれた。
速い。
速すぎる。
音を置き去りにしている。
私へ一直線。
私は振り向く。
門まであと少し。
あと数歩。
「あと……少し……!」
その瞬間――
ドォォォォォォォォンッ!!!
左肩付近に直撃。
大爆発。
骨が砕ける感覚。
肉が焼ける臭い。
身体が宙を舞った。
「――あっ」
声にならない。
私は、そのまま吹き飛ばされた。
意識が飛びそうになる。
でも、爆風は私の身体を後方へ吹き飛ばした。
その先に、転移門。
「……っ!」
やった。
間に合った。
次の瞬間、視界が光に飲まれた。
転移。
森が見えた。
見慣れた景色。
リホーン村の近くなのがわかった。
だが、リサの魔力は転移門すら不安定にした。
門が暴走する。
空間が歪む。
「まず――」
ドォォォォォン!!
そこで意識が途切れた。
* * * * * *
ドォォォォォン!!
森の奥で、大爆発が起きた。
「っ!?」
「エレナ、今の音は!?」
少し離れたところにいる、ランとアイも顔を上げる。
レーナが険しい顔になる。
「……爆発」
私は嫌な予感がした。
胸がざわつく。
心臓が痛い。
嫌な汗が流れる。
「まさか……!」
私は走り出した。
「エレナ!待って!」
レーナたちも追ってくる。
森を駆ける。
木々を飛び越える。
息が荒くなる。
嫌だ。
嫌な予感しかしない。
お願いだから、外れて。
そう願いながら走った。
そして、爆心地へ辿り着いた。
地面が大きく抉れている。
木々が薙ぎ倒されている。
焦げ臭い。
煙。
血の臭い。
その中心に、誰かが倒れていた。
「……え」
心臓が止まりそうになった。
栗色の髪。
見間違えるはずがない。
「リリサァァァ!!」
私は駆け寄った。
抱き起こす。
服は焼け、身体中が裂けていた。
左肩からは火傷と多量の失血。
血が止まらない。
呼吸も弱い。
「嘘……」
震える。
手が震える。
「リリサ……リリサ!!」
レーナが到着した。
「レーナ!回復魔法!!早く!!」
「わ、わかったわ!」
レーナが両手をかざす。
強い光が溢れる。
「……え?」
レーナの顔色が変わる。
もう一度。
さらに魔力を込める。
それでも、治らない。
傷が塞がらない。
「そんな……」
レーナの唇が震えた。
「レーナ!?どうしたの!?」
レーナは顔を青ざめさせた。
声が掠れる。
「エレナ……」
「何!?」
数秒の沈黙。
そして、レーナは絞り出すように言った。
「……もう、助けられない」
時間が止まった。
「……は?」
聞き間違いだと思った。
「何言ってるの?」
「たぶん…もう生命力が…………」
レーナの目に涙が溜まる。
「……嘘だ」
「エレナ……」
「嘘だッ!!」
私は叫んだ。
信じない。
認めない。
「レーナが無理なら私が」
「女神アルカナよ!傷つき倒れた者を癒や――」
光が溢れる。
回復魔法。
何度も。
何度も。
何度も。
だが、傷は治らない。
血は止まらない。
「なんで……」
魔法が効かない。
私の回復魔法はレーナほど強くない。
わかっている。
それでもーー。
「治ってよ……!」
涙が落ちる。
「お願いだから……!」
声が震える。
「リリサ……!」
その時、かすかな声が聞こえた。
「……エレナ……さま……」
私は顔を上げた。
リリサの瞼が、わずかに開いていた。
「リリサ!!」
彼女は私を見た。
ぼやけた視界の中でも。
ちゃんと私を見つけてくれた。
そして、少しだけ笑った。
安心したように。
救われたように。
「……よかった……」
血の混じった息を吐く。
「……間に合った……」
「喋らないで!今治すから!」
私は震える声で言った。
でも、リリサは静かに首を横に振った。
「……聞いて……ください……」
その目は真剣だった。
彼女は、私に何かを伝えようとしていた。
「……ゲホッ……ゲホッ……」
口から血が溢れる。
「喋らないで!」
私は何度も回復魔法をかけ続ける。
光は傷を包む。
でも、傷は閉じない。
血は止まらない。
「お願い……治って……」
震える声で呟く。
「……黙っていたことが……あります」
「もういい!」
私は首を横に振る。
「そんなこと今はどうでもいい!だから喋らないで!」
すると。
リリサは残った力を振り絞るように、私の腕をぎゅっと掴んだ。
細い指。
震えている。
それでも離そうとはしなかった。
「……い…え……聞いて……くださ…い……」
その瞳だけは、強い意志を宿していた。
私は唇を噛み締める。
涙で前が見えない。
「……リサと……私……魔界で……会っていました……」
「……リサと?」
私は思わず聞き返す。
「……はい……」
苦しそうに息を吸う。
「リサは……エレナ様が……狂ってし……たと……」
「…………」
「…私は……信じて……しまいました……」
その声は、懺悔するようだった。
「でも……違いました……」
リリサはゆっくり首を振る。
「狂ってい…たのは……彼女…の方……」
私は何も言えなかった。
「…だ…から……一人…戦い……行き…ました……」
「どうして一人で……!」
思わず叫ぶ。
「私も一緒なら……!」
「…ごめんなさい。エレナ様……負担を……」
リリサは弱々しく笑う。
「彼……首に……消えない…傷を……つけま……」
「消えない傷……?」
「はい……」
血を吐きながら、それでも微笑む。
「エレナ様が……少しでも……優位に……立てるように……」
私はもう涙を止められなかった。
「そんなことしなくてよかった!」
叫ぶ。
「そんなことより!」
「また一緒に旅をしようよ!」
「たくさん話そうよ!」
「だから!」
「だからぁ……!」
リリサは静かに笑った。
「それ…と……理外……の魔法……調べ」
「わかったよ!だからもう……」
優しい笑顔だった。
「……ありがと……ござ……」
「エレナ……」
「貴方……出会えて……幸せでし……」
「やめて……」
「そんなこと言わないで……」
「お願いだから……」
私は必死に首を振る。
何度も。
何度も。
何度も。
でも、奇跡は起きない。
「エレナ……私の……妹のような……」
「リリサ!!」
「私……の人生……」
途切れ途切れの息。
「……無駄じゃ……なかった……」
そう言って。
私の腕を掴んでいた力が、ふっと抜けた。
細い右腕が、力なく地面へ落ちる。
ポトリ。
その小さな音だけが、森に響いたような気がした。
「…………」
私は理解できなかった。
「……リリサ?」
返事はない。
「起きてよ」
肩を揺する。
「ねぇ……」
もう一度。
もう一度だけ。
回復魔法をかける。
光は溢れる。
それでも彼女は、目を開けなかった。
「…………いや」
小さく呟く。
「いや……」
「嫌だ」
「嫌だ……」
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
私は彼女を抱き締めた。
温もりが、少しずつ失われていく。
認めたくない。
認められない。
やっと。
やっと再会できたのに。
また失うなんて。
そんなことらあっていいはずがない。
私の中で、何かが弾けた。
ドクン――。
魔力が暴走する。
「アアアアアアアアアアアアアア!!」
同時に、龍炎の力まで共鳴した。
ゴォォォォォッ!!
紅蓮の炎が空へ噴き上がる。
地面が揺れる。
森が震える。
空気が悲鳴を上げる。
レーナたちは思わず後ずさった。
放たれる魔力には、悲しみ、絶望、怒り、喪失。
その全てが混ざり合い、世界そのものを震わせていた。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
次話は7/5日曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い申し上げます。
少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。




