その11 「冒険者は諦めない」
私はさらに魔力を注ぎ込む。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
氷炎が唸りを上げる。
床を這う蒼白の氷と青い炎が、リサの足元を凍らせ、燃やし尽くそうと襲いかかる。
「無駄よ」
だが、リサの声は、どこまでも冷静だった。
次の瞬間、彼女の足元から紅蓮の熱波が噴き上がった。
ゴォォォォッ!!
圧倒的熱量。
私の氷炎が、押し返される。
「っ!?」
ありえない魔力だ。
氷炎を正面から押し返すなんて。
蒸気が爆発的に発生し、視界が白く染まる。
「これはどうかしら」
リサが右手を上げた。
「炎神の息吹」
詠唱と同時に、前方一帯が灼熱の奔流に飲み込まれた。
熱風じゃない。
炎の津波だ。
「きゃあぁっ!!」
回避が間に合わない。
私は咄嗟に氷炎で障壁を張る。
だが、防ぎきれない。
ドォォォン!!
身体ごと吹き飛ばされた。
床を転がる。
背中を強打。
肺から空気が抜けた。
「がっ……!」
熱い。
左肩の服が燃えていた。
袖が焼け落ち、肌が露出している。
頬も焼けた。
髪先が焦げる臭いがする。
熱い。
でも、それ以上に絶望が広がる。
彼女は強い。
強すぎる。
(これが……大魔王……)
リサがゆっくり歩いてくる。
優雅に散歩でもしているみたいに。
「これで終わり?」
「……まだまだ」
私は立ち上がる。
膝が震える。
魔力消費が激しい。
氷炎は燃費が悪い。
このまま撃ち合えば、先に尽きるのは私だ。
リサが笑う。
「氷炎の魔法使いって、その程度なの?」
「……っ」
悔しい。
でも、事実だ。
このままじゃ勝てない。
ならば、勝ち筋を作るしかない。
私は息を整える。
「あら?まだやる気ね」
頭を冷やす。
正面からは無理。
遠距離戦も無理。
近づいても障壁を突破できない。
ならば、障壁を展開させないように接近させる。
近づかせる。
肩で息をする。
足をふらつかせる。
膝をつく。
ドサッ。
「……はぁ……はぁ……」
視界を揺らす。
呼吸を荒くする。
魔力切れ寸前を演じる。
リサの笑みが深くなった。
「魔力、もう無いんじゃない?」
私は答えない。
苦しそうに俯く。
「ふふ」
リサが近づく。
一歩。
また一歩。
来た。
もっと。
あと少し。
もう少しだけ、近づけば――。
だが、リサは私の意図を読んでいたのか、口元を吊り上げた。
「それで?」
赤い瞳が私を見下ろす。
「私を近づかせて、どうするつもり?」
「くっ……!」
最後の力を振り絞り、彼女へ抱きつこうとした。
触れさえすればいい。
この右手で、氷炎を直接叩き込める。
だが、リサは右手を私へ向けた。
「勝手に触らないでもらえるかしら」
ドンッ!!
目に見えない衝撃が炸裂した。
風魔法。
圧縮された衝撃波。
「ぐっ……!!」
身体が吹き飛ぶ。
背中から床へ叩きつけられた。
肺が潰れる。
呼吸ができない。
「かはっ……!」
血を吐いた。
熱い血が口から零れる。
内臓のどこかをやられた。
胃か、肺か、それとも肋骨か。
とにかく、まずい。
「くっ……」
視界が揺れる。
立てない。
魔力も、もうほとんど残っていない。
リサがゆっくり歩いてくる。
絶対的な強者の歩み。
そして、私の目の前でしゃがんだ。
赤い瞳が、私を覗き込む。
「所詮はこの程度なのね」
冷たい指が顎を持ち上げる。
無理やり顔を上げさせられた。
「貴方じゃ、エレナを守るなんて無理よ」
近い。
首筋まで、手が届く距離。
私は唇を吊り上げた。
笑った。
リサの眉がぴくりと動く。
「……何笑ってるのよ!」
ドゴッ!!
腹部を蹴り上げられた。
「がはっ!!」
胃液と血が逆流する。
視界が白く飛ぶ。
痛い。
苦しい。
でも、まだだ。
リサは呆れたようにため息をつき、再びしゃがんだ。
「もう諦めたら?」
冷めた声。
完全に勝利を確信している。
「とりあえず、もういいわ」
リサが立ち上がる。
「後はエルバラにでも任せようかしら」
そして、後ろを向いた。
ーー油断。
この距離ならば。
私は残った最後の魔力を右手に集める。
掠れた声で、呟いた。
「ひょ……ゔえん……」
右手に小さな青い火が灯る。
だが、それは弱々しい。
プス……プス……
音を立てて、すぐ消えた。
リサが振り向く。
「……何?」
怪訝そうな顔。
「何それ?燃えかすじゃない」
その瞬間、私は右手の指を、軽く弾いた。
パチン。
小さな音。
直後。
リサの首筋に、青白い線が浮かんだ。
一本の細い亀裂。
「……え?」
パキ……パキパキ。
凍結音。
同時に。
ジュゥゥゥ……
肉が焼ける音。
リサが固まった。
私は血を吐きながら笑う。
「はぁ……はぁ……」
喉が痛い。
それでも、言った。
「ゆだ…ん……」
リサが首筋に触れる。
指先が凍る。
だが次の瞬間、その指が焼けた。
「な……に……これ」
困惑。
理解不能。
初めて見る顔だった。
私は震える声で言う。
「いま……のは……き… えたんじゃ……ない……」
リサの瞳が見開いた。
「まさか……」
「は……は……そう……」
私はふらつきながら立ち上がる。
足が震える。
意識も飛びそうだ。
それでも倒れない。
回復魔法を唱える。
「女神アルカナよ……我が傷を……癒やし……たまえ……癒光」
淡い光が身体を包む。
治りが悪い不恰好な回復魔法だ。
それでも、少し楽になった。
私は笑った。
「仕込みは……成功しました」
リサの首筋の傷が、じわりと広がる。
炎は見えない。
氷も見えない。
ただ、傷だけが残り続ける。
「その傷は治らない」
「……っ!?」
「相手の魔力を燃料にして……永遠に凍り、永遠に燃え続ける氷炎……」
リサの再生が始まる。
肉が塞がる。
だが、凍る。
燃える。
再生する。
また裂ける。
終わらない。
無限の循環。
「……う、ぁ」
リサの顔から笑みが消えた。
「こんなもの……」
首を掻きむしる。
血が飛ぶ。
皮膚が裂ける。
「やめ……」
呼吸が乱れる。
「やめろ……」
その声は、初めて怯えていた。
私はリサを睨む。
そして、笑う。
「前から練習してたんですよ」
息を吐く。
血が混じる。
それでも、言った。
「魔王ヴァルゼインに捕まってから、ずっと…」
リサの目が血走った。
魔力が暴走する。
大広間が震えた。
「その…魔法は……永遠」
床が砕ける。
壁に亀裂が走る。
「この……」
声が震える。
怒り。
殺意。
狂気。
「この女ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
絶叫。
凄まじい魔力が爆発した。
暴風が私を吹き飛ばす。
でも、私は笑った。
勝ったとは言えない。
まだ倒せていない。
でも、確実に残る傷。
この怪物に、初めて傷をつけた。
「冒険者は、最後まで諦めないの……」
血の混じった息を吐く。
エレナ様がリサと戦う少しでも優位になれば。
「エルバラぁぁぁぁ!」
しまった、仲間か。
「この女を生捕にしろぉおぉぉぉ」
私は転移門の方へ逃げた。
体が痛む。
まだ完全に治りきってない。
門までもう少しーー。
エレナ様へ報告せねば。
そして、リサを共に倒す。
エレナ様と仲間たちならばーー。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
次話は7/4土曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い申し上げます。
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