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その10 「エレナとリサの関係」

 リサは、じっと私の反応を観察している。


 まるで、実験結果を待つ研究者のように。


 私が動揺するのか。


 絶望するのか。


 それとも、壊れるのか。


 そんなものを楽しんでいるようにしか見えない。


 私は震える拳を握り締め、リサを睨んだ。


「リサ……」


 私は、聞かずにはいられなかった。


「執拗にエレナ様を狙う理由は、女神の理から外れた存在だからですか?」


「それとも、勇者だから?」


 リサは一瞬だけきょとんとした顔をした。


 思ったような反応ではなかったのか。


 そして、ふっと笑い、階段に座った。


「あぁ、それは関係ないわ」


「……」


 予想外の返答だった。


「どういう意味……?」


「そのままの意味よ」


 リサは退屈そうに言った。


「私がエレナを殺したい理由は、勇者だの理外だの、そんな話とは別」


「もっと個人的な理由」


「ずっーと昔からの話」


 リサの表情を見て、ぞくりと背筋が冷えた。


 もっと昔?


「……エレナ、何か言ってなかった?」


 突然、リサが話題を変えた。


「……何がですか」


「私のことを話してなかったかしら?」


 私は少し迷った。


 でも、隠す意味はない。


「……『恨まれる理由に、心当たりがある』そう言っていました」


 その瞬間だった。


 リサの目が、大きく見開かれた。


 次の瞬間、口角が異様なほど吊り上がる。


 まるで口が裂けるのではないかと思うほどに。


「ふふ……」


 肩が震える。


「……はは……」


 笑っている。


 両手で顔を覆い、壊れたように笑いだした。


「ははは……はははははははっ!!」


 狂気じみた笑い声が大広間に響き渡った。


 私は戦慄した。


 何が、そんなに面白いのかわからない。


 何が、この女をここまで喜ばせるのか。


 笑い続けたあと、リサは目尻に浮かんだ涙を指で拭った。


「あぁ……面白かったわ……」


 恍惚とした声。


「リリサ」


 赤い瞳が私を射抜く。


「貴方、エレナに本当に信頼されているのね」


「……どういう事?」


「だって、その話」


 リサが嬉しそうに笑う。


「エレナは、仲間には話してないはず」


「貴方だけでしょ?」


「!?」


 心臓が跳ねた。


「なんでそれを……!」


「ふふ」


 リサは答えない。


 ただ、全部わかっているという顔で笑っている。


 不気味だった。


 気持ち悪かった。


「……そうね」


 階段に座っていたリサがゆっくり立ち上がる。


 黒いドレスの裾が床を撫でた。


「リリサには、少しだけ教えてあげましょうか」


「……」


「私はね」


 リサの声が、急に静かになる。


 静かすぎて、逆に恐ろしい。


「エレナのことを」


 一歩。


 また一歩。


 階段を降りながら、近づいてくる。


「貴方よりも」


「エレナの仲間たちよりも」


「エレナの家族達よりも」


「この世界の誰よりも」


「ずっと、ずっーと昔から、エレナを知っているの」


「……は?」


 理解できなかった。


 私より前?


 ご家族より前?


 「そんな馬鹿な」


 エレナ様は幼少期からブレイジング伯爵領で育った。


 それ以前に、リサと接点なんてーーない。


 いや、あるはずがない。


 なら何だ?


 何かの比喩?


 ………それとも前世……?


 私は頭を左右に振った。


 「馬鹿げている」


 そんな話、ありえるわけがない。


 でも、この女なら。


 この女なら、何でもありえる気がしてしまう。


 私は更に頭を振った。


「ダメダメダメ!惑わされるな!」


 駄目だ。


 考えを飲まれるな。


 彼女の言葉に引きずられるな。


 私は体内の魔力を練り直し、戦闘態勢を取る。


「貴方が何を知っていようと、何を企んでいようと」


 冷たく言い放つ。


「私のやることは一つです」


 氷と炎の魔力が、再び身体の周囲を渦巻く。


「いろいろ教えてくれて、ありがとうございます」


「この情報を持って、エレナ様の下へ帰ります」


 一瞬、静寂。


 そして、リサがニタリと笑った。


「ふふふ」


 嫌な笑みだった。


「もう一度逢えると?」


 本能が警鐘を鳴らす。


「……帰れると、思ってるの?」


 その瞬間。


 ぞわっと全身の毛穴が開いた。


 私は目を見開いた。


「……え?」


 リサの右腕。


 さっき、私の氷炎で焼き落としたはずの腕。


 そこから。


 肉が蠢き。


 骨が伸び。


 筋が繋がり。


 皮膚が張る。

 

 まるで時間を巻き戻したかのように、一瞬で右腕が再生した。


 いや、生えた。


 そう表現する方が正しい。


「は……?」


 思考が止まる。


 ありえない。


 こんな回復魔法聞いたことがない。


 リサは、再生した腕の指を動かしながら微笑む。


「驚いた?」


 私は、声が出なかった。


 リサは、まるで世間話でもするように言った。


「一つ教えて上げる」


「私を殺す方法は簡単よ」


 赤い瞳が細まる。


「心臓を潰すか――」


 笑う。


「頭を完全に吹き飛ばすこと」


 その笑顔は、あまりにも美しかった。


 そして、あまりにも恐ろしかった。


 「……」


 私は深く息を吸った。


 震える心を、無理やり押し込める。


 怖い。


 正直、恐ろしい。


 魔王ヴァルゼインと対峙した時以上に、この女は怖い。


 力だけじゃない。


 底が見えない。


 何を考えているのかもわからない。


 どこまで本気なのかもわからない。


 まるで、深淵そのものを相手にしている気分だった。


 それでも、私は、一歩前へ出る。


「エレナ様の代わりに……私が貴方を倒します」


 リサの赤い瞳が細まる。


「へぇ?」


「エレナ様には、もう近づけさせません」


 声に迷いはなかった。


 そうだ。


 私がここで止める。


 何があっても。


 たとえ、この身が砕けても、エレナ様だけは守る。


 リサが、ふっと笑った。


「頼もしいわね」


 その笑みは美しい。


「エレナが、羨ましいわ」


 でも、狂っている。


「女神からは、貴方も殺すよう言われてるの」


「……っ」


 女神アルカナ。


 また、その名前。


「もっとも」


 リサは肩をすくめる。


「あの女の命令なんて、従うつもりはないのだけれど」


 口角が上がる。


「ちょうどいいわ」


 その瞬間、私は魔力を解放した。


「──氷炎弾!」


 掌に、蒼白い炎と氷が混ざり合う。


 相反する力が凝縮し、一つの弾丸となる。


 それを全力で放つ。


 弾丸は空気を裂き、一直線にリサへ飛んだ。


「遅い」


 ひらり、と。


 リサは最小限の動きで避けた。


 氷炎弾は背後の玉座へ直撃する。


ドゴォォンッ!!


 爆音。


 玉座が一瞬で凍りつき、次の瞬間、青白い炎に包まれた。


 凍りながら燃える。


 相反する破壊。


 石すら悲鳴を上げるように崩れていく。


 普通なら、それだけで終わりだ。


 でも、リサはちらりと後ろを見ただけだった。


「綺麗ね」


 ぞっとした。


 この女、やっぱりおかしい。


 リサが静かに右手を上げた。


「雷神の怒」


 その瞬間。


 私の真上に、漆黒の雲が現れた。


「なっ!?」


 次の瞬間。


 バチィィィィィッ!!


 巨大な雷が落ちた。


 速い、避けられない。


 でも――!


 私は咄嗟に、左足に仕込んでいた短剣を引き抜いた。


 雷系魔力を流し込む。


「行けっ!」


 短剣から手を離した瞬間ーー。


 雷は短剣へ吸い込まれるように落ちた。


 轟音。


 光。


 閃光。


 即席の避雷針。


 成功。


「今っ!」


 私は一気に踏み込んだ。


 距離を詰める。


 至近距離。


 捕まえて、氷炎を直接叩き込む。


 それで終わる。


 そう思ったがーー。


「え?」


 リサの両手に、いつの間にか剣があった。


 漆黒の禍々しい双剣。


 魔力を吸い込むような黒。


「いつの間に……!?」


 私は右手に氷炎を纏わせ、そのまま殴りかかる。


 触れれば終わりだがーー。


 キィィィン!!


 金属音。


 剣で受け止められた。


「っ!?」


 氷炎が、燃え広がらない。


 凍りつかない。


「そんな……!」


 リサが笑う。


「ふふ」


 剣を軽く持ち上げる。


「この剣はオリハルコン製」


 伝説級金属、神代の鉱物。


「伝説級の金属には、通用しないみたいね」


 しまった。


 そう思った時には遅かった。


 シュッ。


 鋭い斬撃。


「くっ!」


 右手の平を切り裂かれる。


 血が飛んだ。


 私は即座に距離を取る。


 ぽた、ぽた、と床に血が落ちる。


 痛い。


 深い。


 リサが呆れたように笑った。


「馬鹿ねぇ」


 双剣が、腕輪へ変形して戻っていく。


「魔法使いが近距離に来て、どうするの?」


 私は歯を食いしばる。


「……エレナ様と同じなんですね」


「そうよ」


 リサが嬉しそうに言う。


「聞いてないの?」


 腕を組む。


「剣を扱えなかったエレナに、これを教えたのは私」


 にたり。


 嫌な笑み。


「オリハルコンの小手を武器にしようと教えたのは、私なのよ」


 ぞくりとした。


 エレナ様の剣。


 その原点が、この女?


 リサが私の右手を見る。


「その怪我で、お得意の氷炎は使えるかしら?」


 私は即座に回復魔法を発動する。


 傷口へ光を集める。


「女神アルカナよ。我が傷を癒やし、再び生きる力を与えん――癒光」


 柔らかな光が手を包む。


 傷が塞がっていく。


「へぇ」


 リサが感心したように言う。


「回復もできたのね」


「……剣は使わないのですか?」


 私はあえて聞いた。


「貴方相手には、魔法だけで十分よ」


 カチン、と来た。


「余裕を見せておいて、負けたら恥ずかしいですよ」


「ふふ」


 また笑う。


 癪に障る。


 私は両手を床へ叩きつけた。


「──氷炎!!」


 バキッ。


 床が凍る。


 パキパキパキパキッ!!


 蒼白い氷が一気に広がった。


 氷の内側で、青い炎が燃えている。


 凍らせながら燃やす。


 接触した者の体温を奪い、内部から焼き尽くす。


 制圧魔法がリサの足元まで、一気に到達する。


「捕まえた!」


 リサの足元が凍りつく。


「単純な対策でいいわね」


 余裕の笑み。


 足元が赤く輝いた。


 熱ーー膨大な熱量。


「……!?」


 リサが囁く。


「氷って、冷たいでしょう?」


 赤い魔力が広がる。


「なら、熱を再現すれば相殺できるじゃない?」


 ジュゥゥゥゥッ!!


 氷が蒸発する。


 白い蒸気が噴き上がった。


 私の顔から血の気が引いた。


(もう防ぎ方を見つけた……!?)


 たった一度見ただけで?


 この魔法の対処法を?


 化け物だ。


 この女は、本物の怪物だ。


 それでも、引けない。

私は魔力をさらに注ぎ込む。


「くっ……だったら……勝負!!」


 魔力が荒れ狂う。


 全身が軋む。


 氷炎は燃費が最悪だ。


 長期戦は不利。


 なら、ここで押し切る。


「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 凍れ。


 凍れ。


 少しでもいい。


 ほんの一瞬でも凍れば、そこから一気に焼き尽くせる。


 リサも魔力を増幅させる。


 赤い熱。


 蒼い氷炎。


 二つの魔法が激突する。


「やるじゃない」


 リサが笑う。


 一歩も引かない。


 床が砕ける。


 空気が裂ける。


 空間そのものが悲鳴を上げていた。


(ここで……終わらせる……!)


 私の魔力が限界へ近づいていく。


 でも、まだだ。


 まだ足りない。


 エレナ様を守るために、全部燃やし尽くしてでも勝つ。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は7/2木曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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