その8 「リリサvs.リサ」
村をくまなく探し回ったが、リリサの姿はどこにもなかった。
マイとシンにも伝えたが、二人がリリサを見かけたのも昨日が最後だったという。
二人とも私と一緒に探してくれた。
ランとアイも見かけてないと言う。
レーナだけは、何か思うところがあるのか、終始黙っていた。
「後で話すわ……」
それだけ私に伝えて、ベッドから出てこなかった。
ガルドさんや村の人々まで総出で探してくれたが、結果は同じだった。
リリサがいない。
痕跡すらない。
「リリサ……どこへ行ったんだ」
やっと会えた。
家族みたいに大切な人。
胸の奥から、不安と悲しみがじわじわと広がった。
嫌な予感がするーー。
* * * * * *
この世界のどこかに存在する――魔王軍の居城。
淡く光る転移門の前で、私は一度だけ目を閉じた。
深く息を吸う。
そして、迷いを振り払うように一歩を踏み出した。
転移門を抜けた瞬間、肌を刺すような冷気が身体を包む。
私は静かに前を向いた。
(……来た)
私は、エレナ様に隠していたことがある。
魔王ヴァルゼインに攫われた後、ある魔族に助けられ、リホーン族の村で暮らしていたこと。
そこまでは話した。
だが――本当に隠していたのは、その先だ。
聖女リサ。
勇者一行の僧侶。
その彼女と、私は接触していた。
ある日、単独で森へ魔物討伐に向かった帰り道。
討伐を終えた私は、そこで一人の女と出会った。
黒い髪。
整った顔立ち。
優しげな微笑み。
聖女リサだった。
誰もが知る有名人。
勇者エレナ様の仲間。
最初は驚いた。
なぜ、こんな魔界の奥地に彼女がいるのか。
だが、リサの話を聞くうちに、私は次第に彼女を信じてしまった。
……今思えば。
最初から、私と接触するために来たのかもしれない。
リサは静かに語った。
魔王ヴァルゼイン討伐後、勇者エレナは精神を壊したと。
狂気に堕ちた。
仲間を殺した。
私すら殺しかけた。
そして今、勇者エレナは地上で指名手配されていると。
国家転覆を狙う反逆者として。
到底、信じられる話ではなかった。
あのエレナ様が?
優しくて、不器用で。
誰よりも人を守ろうとしていた、あの人が?
だが、リサの言葉には奇妙な説得力があった。
「魔王の怨念が取り憑いたのかもしれない」
そう言われた時。
私は否定しきれなかった。
魔王ヴァルゼイン。
あれほどの存在だ。
何が起きても、おかしくない。
何よりリサは、エレナ様の仲間だった。
だから信じた。
信じてしまった。
……でも。
事実はどうだ。
エレナ様は狂っていなかった。
理性も。
優しさも。
覚悟も。
何一つ失っていなかった。
狂っていたのは、むしろ――
(リサ……貴方の方じゃない……!)
大魔王を名乗り。
魔王軍を率い。
人族を滅ぼそうとしている。
私はエレナ様から話を聞いていて驚いた。
そして、エレナ様を殺そうとしている。
騙されたことより。
その事実が、許せなかった。
だから私はここに来た。
真実を聞くために。
問いただすために。
私は城内を進む。
ここへ来るのは二度目だ。
だが、違和感があった。
(……静かすぎる)
誰もいない。
魔将も。
魔人も。
兵士すらいない。
以前は、あれほど多くの魔族が歩いていたはずなのに。
今は、私の足音だけが響く。
コツ。
コツ。
コツ。
その音が、やけに大きく聞こえる。
まるで、城そのものが、死んでいるようだった。
不気味な静寂。
嫌な汗が背中を伝う。
「嫌な感じ……」
やがて、巨大な扉へ辿り着いた。
大広間。
以前リサと話したのは個室だった。
だが、そこにはいなかった。
なら、残る場所はここしかない。
直感が告げていた。
――リサはここにいる。
私は扉を押し開けた。
重々しい音が響く。
ギギギ……。
広間の最奥。
高く据えられた玉座。
そこに、彼女はいた。
足を組み。
頬杖をつき。
まるで私が来ることを最初から知っていたかのように。
「あら?」
リサが微笑む。
「リリサ。久しぶりね」
その笑顔を見た瞬間。
背筋が凍った。
怖い。
違う。
これまで見てきたリサじゃない。
優しい聖女の顔ではない。
その微笑みの奥にあるものを私は本能で理解した。
――怪物だ。
魔王ヴァルゼインなんて足元にも及ばない。
「……リサ」
声が震える。
喉が乾く。
それでも、私は絞り出した。
「私は……貴方を信じていました……でも――」
「エレナを殺そうとしている私に腹が立つ?」
被せるように言われた。
その瞬間。
「氷槍!!」
無数の氷槍が生成される。
空気が凍る。
槍は一直線にリサへ襲い掛かった。
だが、リサは微動だにしない。
「氷槍」
リサは静かに唱えた。
同じ魔法。
同じ構成。
同じ速度。
空中で激突。
砕け散る。
氷片が雪のように舞った。
「ふふ」
リサが笑う。
私の目が見開かれた。
「リサっ!」
「おお、怖い」
くすくす笑う。
まるで遊んでいるみたいに。
「鬼の形相ね」
「あんたって人は……!」
怒りで身体が震えた。
魔界に来て一年。
私はリサを信じた。
彼女を助けた。
魔王軍に協力したくはなかった。
でも、エレナ様を救うためならと、自分を納得させた。
同じ人族。
同じ冒険者。
やっと出会えた仲間だと思っていた。
嬉しかった。
心強かった。
……全部、嘘だった。
「リサッ!!」
怒りが爆発する。
エレナ様を殺そうとする彼女に殺意が湧く。
「絶対に許さない!!」
リサの赤い瞳が細まる。
「その表情が、本来の貴方よね」
ただの根無草だった私が、ブレイジング家の人々と過ごしてから変わった。
穏やかになれた。
優しくなれた。
人間らしくいられた。
エレナ様。
その家族。
メイド仲間たち。
みんなが、私を救ってくれた。
だからこそ、そのエレナ様を傷つける者だけは、絶対に許せない。
たとえ鬼になろうと。
悪魔になろうと。
構わない。
「許さない」
私の周囲に、氷と炎の魔力が渦巻き始める。
青白い冷気。
灼熱の炎。
相反する魔力が共鳴し、空気を震わせる。
床が軋む。
壁が唸る。
魔力の圧だけで、大広間が揺れた。
「貴方を絶対に許さない」
リサは、その姿を見て恍惚と笑った。
まるで、この瞬間をずっと待ち望んでいたかのように。
「……そう」
ゆっくり立ち上がる。
黒いドレスが揺れる。
「いい調子よ」
長い髪が流れる。
赤い瞳が、愉悦に染まった。
「やっと――」
リサが両手を広げた。
歓迎するように。
愛おしむように。
壊したくてたまらない玩具を見つけた子供のように。
「この日が来たわ!」
「──炎弾!!」
私の前方に、灼熱の魔力が一気に収束した。
空気が歪む。
拳大だった火球は、一瞬で人の背丈を超える巨大な炎球へと膨れ上がった。
轟々と唸りを上げながら、それは一直線にリサへ向かう。
熱風が大広間を駆け抜け、床石すら赤く焼ける。
(まずは牽制――)
「──っ」
リサの眼前まで迫った瞬間、私は指を鳴らした。
「──爆ぜろ!」
ドォォォンッ!!
炎球が大爆発を起こす。
爆風。
閃光。
轟音。
一瞬でリサの視界を灼熱が覆い尽くした。
肌が焼けるほどの熱。
普通なら、これだけで動きは鈍る。
(今っ!)
爆炎の陰から、私は次の魔法を放つ。
「氷舞槍!」
無数の氷槍が生成され、踊るように舞う。
鋭利な氷の槍群が、殺意そのものとなって爆炎の中へ突き進んだ。
「いけぇぇぇ!!」
槍が炎を突き破る。
だが、私の狙いはそこじゃない。
(氷槍が本命だと思わせる……!)
誘導。
揺動。
視線を奪うための布石。
そして――本命。
私の瞳に雷光が走る。
「雷撃!!」
バチィィィィッ!!
轟雷が落ちた。
青白い閃光が爆炎ごとリサを飲み込む。
床が砕け、石片が跳ね上がる。
直撃。
そう思ったがーー。
「甘いわ」
静かな声。
爆煙の中から、リサの声だけがはっきり響いた。
ぞくり、と背筋が冷える。
煙が晴れる。
そこにいたリサは、無傷だった。
彼女の周囲には、半透明の魔法障壁が展開されている。
紫がかった光の膜が、ゆっくりと脈打っていた。
まるで生き物みたいに。
私の魔法を喰らったはずなのに、障壁表面に傷一つない。
「くっ……!」
私は歯を食いしばる。
無傷。
本当に、かすり傷一つない。
あり得ない。
私の雷撃は魔物すら一撃で沈める。
それを、完全防御……?
「こんな初歩の魔法で、やれると思って?」
リサが薄く笑う。
その笑みが癪に障る。
「……ちっ」
思わず舌打ちが漏れた。
「あら」
リサの笑みが深くなる。
「その舌打ち、エレナにそっくりね」
その言葉に、私の眉がぴくりと動いた。
そっくり。
そう言われて、悪い気はしない。
でも――今は戦闘に集中しないと。
普通の魔法使いが展開する魔法障壁は、万能じゃない。
攻撃を完全に防ぐものではなく、威力を減衰させる防御壁。
強力な魔法なら砕けるし、衝撃も通る。
だけど、リサの障壁は違う。
氷も、炎も、雷も、まるで意味をなしていない。
(硬すぎる……!)
額に汗が伝った。
しかも、まだ本気すら出していない顔だ。
私の全力を、観察している。
試しているのか。
そんな余裕が見える。
「まずは、それを突破しないと駄目ですね……」
周囲の空気が凍った。
胸の奥で、熱い何かが膨れ上がる。
怒り。
「次はどうするの?」
リサがくすりと笑う。
――ブチッ。
何かが切れた音がした。
「……だったらこれはどうしますか?」
私は得意魔法を使うーー。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
次話は6/28日曜日22時に公開予定です。
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