表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
201/228

その6 「戦争のルール」

 誰も動けなかった。


 その場にいる誰もが、椅子に腰掛けるその女を見つめていた。


 その場に、知らない者はいない。


 漆黒のドレス。


 紅い瞳。


 柔らかな笑み。


 だが、その存在感は、この場の誰よりも重かった。


「自己紹介……いるかしら?」


 空気そのものが彼女を中心に支配されている。


「立場が変わって、今は大魔王?と呼ばれている者よ」


 その一言が、自身の命に関わる雰囲気だった。


「そんなに緊張しないで」


 緊張した面持ちで最初に口を開いたのは、先ほど会議に加わったアステカ皇王五世だった。


 鋭い視線をリサへ向ける。


「この場に敵の指揮官が何用だ?」


「ふふ……指揮官、ね。それもいいわね」


 リサは小さく笑った。


 その笑みには、どこか嘲りが混ざっていた。


 その態度が、オーレリアの怒りに火をつけた。


「貴様ッ!!」


 椅子を蹴って立ち上がる。


「よくも我が国を!!」


 彼女の周囲に風が渦巻いた。


「待つのだ、オーレリア!!」


 ジークの制止は間に合わない。


 オーレリアは両手を突き出した。


「古き盟友たる風の精霊よ!天に業風を! 地に暴風を!」


 風が唸る。


 魔力が膨張する。


「烈風!!」


 圧縮された暴風が一直線にリサへ襲いかかった。


 空気が裂ける。


 強固な合金で出来た円卓が割れるほどの威力。


 狙いはリサだけ。


 周囲を巻き込まぬよう極限まで制御された、エルフ女王の本気の一撃。


 だが、リサは笑っていた。


 避けない。


 防御もしない。


 ただ、ふっ、と。


 軽く息を吹いた。


 それだけだった。


 次の瞬間。


 暴風が消えた。


 まるで最初から存在しなかったかのように。


「な……っ!?」


 オーレリアの目が見開かれる。


「馬鹿な……」


「精霊術は私には効かないの」


 リサが脚を組み直す。


「それ、貴方が一番よくご存知のはずでしょ?」


 紅い瞳が細くなる。


「あ…ぁ……」


 オーレリアの顔が青ざめる。


「まぁ、魔族には通じるから、勘違いしちゃったのかしらん?」


 光の聖女ーー。

 その肩書きは、女神に見染められた者。

 精霊の魔力は聖女には通用しない。


 リサはニタニタと笑っていた。


「ああ、安心して」


 頬杖をつく。


「今日は喧嘩しに来たんじゃないの」


 唇が歪む。


「話し合いに来たのよ」


「話し合い……?」


 ジークが低く聞き返した。


「ふふ」


 リサは嬉しそうだった。


「貴方たち、連合軍を組もうとしているらしいわね」


「そうだ」


 ジークは即答した。


「でも悩んでる」


 リサは小指を立てる。


「各国の防衛を優先するか」


 薬指を立てる。


「連合を組んで魔族と正面衝突するか」


 中指を立てる。


「その判断次第で、人族の未来が変わる」


 ジークの目が細まる。


「……お見通しか」


「ふふ」


 リサが笑う。


「これまで足並みを揃えて来なかった王達が考えそうなことくらい、分かるわ」


「む……」


「だから」


 リサはゆっくり立ち上がった。


「難しく考えないで」


 それだけで全員の身体が強張る。


「戦争のルールを決めましょう」


「ルール?」


 バラガンが眉をひそめる。


「新情報なんだけど」


 リサがさらりと言う。


「さっき、エルフの都南部にある森を、全て焼き払って平原にしたわ」


 一瞬、意味が理解できなかった。


 だが次の瞬間。


「なっ……!!」


 オーレリアが絶叫した。


「貴様ぁぁぁ!!」


「オーレリア殿!!」


 ジークが押さえる。


「待つのだ!」


「だが!!」


「まずは話を聞け!」


 オーレリアは歯を食いしばった。


「っ……!」


 リサは満足そうに笑う。


「いい子」


 その一言で、オーレリアのこめかみに青筋が浮いた。


「その平原で総力戦をしましょう」


 部屋が静まり返る。


「私たち魔族」


 指を鳴らす。


「対、地上種族の連合軍」


 誰も喋れない。


「総力戦……ということか」


 ジークが絞り出した。


「ええ」


 リサは楽しそうに頷く。


「わかりやすいでしょ?」


 くすりと笑う。


「簡単で、平等で、公平」


 ジークを見た。


「どうかしら?」


 ジークの眼光が鋭くなる。


「勝敗条件は?」


 リサの笑みが深くなる。


「もちろん――」


 一拍。


「どちらかの全滅」


 背筋が凍る。


 この女は本気だ。


 冗談でも脅しでもない。


 本気で種族同士をぶつけるつもりだ。


「あ、それともう一つ」


 リサが続けた。


「私も必ず戦場に現れるわ」


「……!」


「貴方たち王も、全員現場に来なさい」


「なぜだ?」


 アステカ皇王五世が問う。


 リサの紅い瞳が妖しく揺れた。


「言ったでしょ?」


 口元が吊り上がる。


「全滅って」


 それはつまり。


 王も将も兵も。


 誰一人、例外なく戦えという意味だった。


「逃げ隠れする事は許さないわ」


 沈黙。


「責任ある立場のものが逃げた場合、探し出して必ず殺す」


 長い沈黙の後。


 ジークが立ち上がった。


 皇帝として。


 人族の代表として。


「……なるほど」


 拳を握る。


「良いだろう」


 真っ直ぐリサを見る。


「受けて立つ」


 声が響いた。


「我ら人族を甘く見るな!!」


 リサは嬉しそうに目を細めた。


「ふふ」


 心から楽しそうに。


「いい返事ね」


 そして、微笑む。


「では、期日は半年後でどうかしら」


 リサは楽しげに微笑んだ。


「……いいだろう」


 ジーク・フォン・バイエルンが低く答える。


 集まった王たち、代表者たちも、それぞれ無言で頷いた。


 半年。


 拒否する選択肢など存在しなかった。


 だが、半年もあれば十分に準備可能だ。


「魔族の王よ」


 重々しい声で口を開いたのは、ドワーフ王バラガンだった。


 太い腕を組み、鋭い眼光をリサへ向ける。


「何かしら?」


 リサは微笑んだまま首を傾げた。


「人族の……いや、勇者の仲間として魔王を討った者が、何故大魔王を名乗る?」


 空気が張り詰める。


 バラガンは続けた。


「そして、なぜ勇者エレナに汚名を着せようとした?」


 その問いは、この場にいる全員が聞きたかったことだった。


 静寂。


 リサの笑みが消える。


「……」


「答えてはくれぬか?」


 バラガンが問う。


 リサは冷え切った瞳で彼らを見た。


「話す必要はないわ」


「……そうか」


 バラガンはそれ以上追わなかった。


 リサが踵を返す。


 このまま退席するかと思われた、その時。


 パチン。


 指を鳴らす音が響いた。


 全員の視線が再びリサへ集まる。


「でも」


 リサは振り返らないまま言った。


「一つだけ教えてあげる」


 その声は、先ほどまでの余裕ある声音ではなかった。


 冷たい。


 凍てつくように冷たい。


 そして――狂気を孕んでいた。


「勇者エレナは、必ず私が殺す」


 ぞわり。


「それを邪魔する者も全て」


 その場にいた全員の背筋に悪寒が走った。


 圧倒的な魔力。


 濃密な殺意。


 まるで心臓を直接掴まれたような感覚。


「だから必ず、エレナも戦場に連れてきてね」


 オーレリアの呼吸が止まる。


 ロイの顔から血の気が引く。


 カトリーナですら拳を震わせた。


「エレナによろしく伝えてね」


 リサは軽く手を振った。


「では、半年後」


 次の瞬間、姿が消えた。


 完全なる沈黙。


 誰も声を出せない。


 まるで、招かれざる客が去った後も、なおこの場を支配しているかのようだった。


 それほどまでに勇者エレナを憎む理由はなんだと疑問が湧いたが、誰も声に出さなかった。


 重い静寂。


 誰も次の言葉を見つけられない。


 どれほど時間が経っただろうか。


「……すぐに準備を始めようぞ」


 最初に口を開いたのはジークだった。


 皇帝の声が、場を現実へ引き戻す。


「総力戦じゃな」


 バラガンもようやく声を出した。


「半年か……長いようで短い」


 アステカ皇王五世が全員を見渡す。


「どのように準備を進める?」


 ジークが即座に指示を出す。


「ギルドマスター、Aランク冒険者を全員探してもらえまいか」


 グラディオスが深く頷いた。


「もちろんです。最重要課題でしょう」


「うむ、可能な限りの冒険者も集めてくれ」


「わかりました」


「それと各国の騎士団、護衛団の人数を把握したい。編成を考えねばならん」


「剣士、魔法使い、僧侶、弓兵……戦える者は全てですな」


「そうだ」


 ジークは頷く。


「何かしら力を持つ者のリストを作成せよ」


「それに、魔法石、回復薬、武具、特殊アイテム……使えるものは全て使うぞ」


 全員が頷いた。


 もはや出し惜しみしている余裕などない。


「そして、アステカ五世殿」


「うむ」


「勇者エレナに戻ってきてもらいたい。其方に頼んでもよいか?」


「任せてもらおう」


 短い返答。


 だが、その声には確かな覚悟があった。


「オーレリア殿」


「……なんじゃ」


 エルフ女王の声は沈んでいた。


「戦える者を集めてほしい」


 ジークは真っ直ぐ見た。


「辛いだろう。だが、今は悲しむより生き残ることが先決だ」


 オーレリアはしばらく目を閉じた。


 そして、静かに頷く。


「……わかっておる」


「このバイエルン帝国北部に連合軍の野営地を築く」


 ジークは全員を見渡した。


「人族の存亡を懸け、全員で力を合わせようぞ」


 全員が頷いた。


 これまで足並みを揃えたことのない各国。


 利害も、文化も、思想も違う者たち。


 その全てが、一つの脅威の前に手を結ぶ。


 それほどまでに、大魔王リサは危険だと、全員が感じた。


 彼女一人だけが脅威なのではないかと思うほど。


 一方その頃の魔界ーー。


 話題に上がっていた勇者エレナは、人族と魔族、両者が共存できる未来を夢見ていた。


 だが皮肉にも、地上では、その魔族と戦うための準備が、着々と進められていた。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は6/25木曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ