その20 「地上の現在」
リリサの話が終わると、静かな空気が流れた。
誰もすぐには言葉を発しなかった。
約三年ぶりの再会。
私が勇者として旅に出た後、リリサもまた苦労していたのだ。
しかも、私の家族の最後を看取ってくれた。
リリサは私たちを見渡し、小さく微笑んだ。
「……私の話ばかりになってしまいましたね」
リリサが少し申し訳なさそうに言った。
私は静かに首を振る。
「ううん。聞けてよかった」
少し息を吸って、胸の奥にしまっていた言葉を口にした。
「それに……家族のこと、本当にありがとう」
「エレナ様……」
私はリリサを真っ直ぐ見つめた。
あの日のことを思い出す。
燃え尽きた故郷。
崩れた屋敷。
そして、冷たく凍らされながらも、綺麗な姿のまま残されていた家族たち。
悲しかった。
苦しかった。
魔王に復讐する事を誓った日のことだ。
それでも――最後のお別れはできた。
「リリサが魔法で家族の遺体を凍らせてくれたおかげで、私はみんなとちゃんと対面できたよ」
「……そうですか……」
リリサの瞳が揺れる。
長い睫毛の奥に、じわりと涙が滲んでいくのが見えた。
「屋敷の中庭に、みんな埋葬したんだ」
父様も。
母様も。
兄たちも。
屋敷のみんなも。
私にとって、大切な家族だった人たち。
「そう……ですか」
リリサの声が少し震える。
誰よりも近くで私たち家族を見てきたのは、リリサだ。
彼女にとっても、ブレイジング家はもう他人ではなかった。
「私も……いつか、お祈りに行きたいです」
ぽつりと零れたその言葉には、深い想いが滲んでいた。
私は頷く。
「もちろん」
そして、少しだけ笑った。
「その時は一緒に行こう」
リリサは目元を拭い、いつもの優しい笑みを浮かべた。
「はい」
その笑顔を見て、胸が温かくなる。
リリサが生きていた。
もう、それだけで十分だった。
だが、リリサは静かに首を横に振る。
「今度は私が聞かせていただきたいです」
「私の話?」
「はい」
懐かしい笑顔だった。
幼い頃、私が何か企み事をしている時によく向けられた顔だ。
「エレナ様は、どうして魔界へ?」
私はレーナたちを見る。
三人も頷いた。
確かに説明していなかった。
「そうだね」
私は少し考えてから話し始めた。
「きっかけは前任の勇者だったんだ」
「前任の勇者?」
「うん」
リリサが真剣な表情になる。
「あの御伽話に出てくる勇者ですか?」
「そう。私たちは、その人が残した郷を見つけたんだよ」
「そこで色々調査していたら、地下深くに巨大な空洞を見つけた」
「空洞ですか?」
「そう」
私は頷く。
「あまりにも大きすぎた」
レーナが腕を組みながら続ける。
「底も見えないくらい深かったわ」
「真ん中付近に岩が浮いてましたし……」
ランも思い出すように言った。
「普通の洞窟とは明らかに違いましたね」
アイが軽く頷く。
リリサは黙って聞いている。
私は続けた。
「それでね」
「その穴の先に何があるのか調べることになった」
「勇者として?」
「うーん、少し違うけど、似たようなもんかな」
私は頷く。
「魔界を見たかった」
「そこにいる魔族の暮らしも」
それを聞いてリリサは少し納得したように頷いた。
勇者として調査に来たと、そう思ったのだろう。
「調査隊として潜ったのですね」
「そういうことかな?」
「それで……結果は?」
レーナが苦笑した。
「見事に大当たりね」
私は肩を竦める。
「魔界は本当にあった」
「しかも想像以上だった」
ランが周囲を見渡す。
「私たちが想像していた魔界とは全く違いましたね」
「うん」
私も同意する。
「ここには平和がある」
目の前にあるのは魔王軍でも魔人の軍勢でもない。
畑を耕し。
家族で暮らし。
子供たちが走り回る村。
私が知っていた魔界のイメージとは正反対だった。
「だから私も驚いてるけど、現実を受け入れる良いきっかけになったよ」
私はリホーン村を見渡した。
「魔界ってもっと恐ろしい場所だと思ってた」
「平和もなくて、種族で争ってて」
その言葉に村長が苦笑した。
「わしらからすると、地上の人族も同じようなもんじゃ」
私達の話し合いに村長が割って入ってきた。
「戦争は遠いところでの出来事だが」
「魔族は恐ろしいと聞かされて育つ」
「ヒューマンは恐ろしいと聞かされて育つ」
「案外、お互い様なんじゃろうな」
その言葉に誰も反論できなかった。
そしてリリサは静かに頷く。
「なるほど……」
「だからエレナ様たちはここへ来られたのですね」
「うん」
私は頷いた。
そして、リリサと他のヒューマンの方々に宣言した。
「私は人族も魔族も平和にしたい」
「それが、勇者のやるべき事だと思ってる」
そう言った瞬間。
リリサが笑った。
「それを聞いて安心しました」
「え?」
「いえ」
リリサは昔と同じ優しい顔をした。
「エレナ様は、やはり勇者なのですね」
「困っている人がいれば助ける」
「危険だと分かっていても調べる」
「世界を平和に導く」
「昔からそうでした無茶をする人でした。」
「……それ褒めてる?」
「半分は」
「半分は?」
「心配しております」
そう言ってリリサは微笑んだ。
「エレナ様が、茨の道を進もうとされておられるからです」
私は思わず苦笑した。
昔に戻ったような気がした。
リリサはしばらく私を見つめていたが、やがて静かに口を開いた。
「エレナ様は、これからどうされるのですか?」
その問いに、私は少しだけ空を見上げた。
薄暗い魔界の空。
地上とは違う空なのに、不思議と考える時間をくれる。
「まずは――地上へ戻る方法を探す」
私ははっきりと言った。
「やっぱり」
レーナが腕を組む。
ランとアイも無言で頷いた。
「まぁ、今のところはあの大穴を抜けて、元の道を戻るしかないと思う」
「元の道を……」
リリサが小さく繰り返した。
「はい。それしか恐らく無理だと感じます」
ランが補足する。
私は続けた。
「それに、地上では今、人族全てが結集した連合が作られようとしている」
その瞬間。
リリサだけでなく、ガルドさんや村長まで目を見開いた。
「……え?」
「連合……ですか?」
リリサの声には驚きが滲んでいた。
「うん」
私は頷く。
「大魔王と、新生魔王軍に対抗するためにね」
その言葉で空気が一気に重くなった。
村長は難しい顔で髭を撫でる。
ガルドさんも眉間に皺を寄せた。
リリサがゆっくりと尋ねる。
「それは……止められないのですか?」
私はすぐに答えられなかった。
数秒の沈黙。
「……わからない」
正直にそう言った。
「新生魔王軍が何を考えているのか、まだ誰にもわからない」
「向こうが動かなければ、連合側も様子を見る可能性はある」
「でも、もし攻撃が始まれば――全面戦争になる」
誰も言葉を発しなかった。
魔界の村にいる彼らにとっても、それは決して他人事ではない。
地上と魔界。
また大きな戦いが始まれば、巻き込まれる者は必ず出る。
重苦しい沈黙が続きそうになった、その時だった。
「まぁまぁ!」
ガルドさんがパンッと手を叩いた。
「今日は話し合いもしたし、全員疲れただろう?」
わざと明るい声だった。
「休める時に休むのも大事だ」
「明日のことは明日考えりゃいい!」
村長も豪快に頷く。
「うむ、その通りじゃ」
「考えすぎても腹は膨れん」
私は思わず苦笑した。
たしかに、その通りだ。
リリサも少し肩の力を抜いたようだった。
「そう……ですね」
彼女が柔らかく微笑む。
「エレナ様、今日はここまでにしましょう」
「うん、そうだね」
「みんなもいいですね?」
そう答えた瞬間、全員がバラバラに村へ戻っていく。
横から元気な声が飛んだ。
「私、もう眠たいわ!」
レーナだった。
私は思わず振り向く。
「え、もう?」
ランが呆れた声を出す。
「レーナさんは、いつも眠そうじゃないですか!」
「失礼ね」
レーナがむっとする。
「今日は特に頭使ったのよ」
アイが腕を組んだまま、ぼそりと言った。
「役立たず……」
「はぁ!? アイ、今なんて言った!?」
「事実」
「喧嘩売ってるわね!?」
「買わない」
「どっちよ!」
いつものやりとりが始まる。
ランが慌てて間に入る。
「もうやめてくださいよぉ!」
ガルドさんが腹を抱えて笑った。
「ははは!賑やかな連中だな!」
村長も目を細める。
「若いのう」
私は仲間たちを見て、ふっと笑った。
リリサも。
ガルドさんも。
村の人たちも。
みんな笑っていた。
ほんの少し前まで、重い話をしていたとは思えないほどに。
でも、だからこそ思う。
こういう時間を守りたい。
この平和を壊したくない。
その想いが、胸の中で静かに強くなっていった。
平和な村で、束の間の笑いが生まれた。
だが地上では戦争の新たな火種が広がっている事を、私たちはまだ知らなかった。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
2話続けて掲載です。
引き続き宜しくお願いします。




