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その19 「魔界の生活」

 村長やガルドさんと話をしてから数日が過ぎた。


 最初は警戒しかなかったこの村の暮らしにも、少しずつ慣れてきていた。


 私は冒険者としての力をリホーン村のために使っていた。


 主な仕事は村の周辺に現れる魔物の討伐や追い払いだ。


 もっとも、魔王軍の魔人や魔将のような恐ろしい存在ではない。


 大型の獣や魔物がほとんどだった。


 地上で言えばゴブリンやオーク退治に近い。


 私にとっては難しい仕事ではなかった。


 村人たちも最初こそ遠慮していたが、今では普通に頼み事をしてくる。


「リリサ、東の森で角鹿が畑を荒らしておる」


「はい、追い払ってきます」


「リリサ姉ちゃん!木の上に猫がいる!」


「降ろしてきますね」


 そんな毎日だ。


 たまに、食料集めを手伝うこともある。


 魔界にも地上と同じような生き物が存在していた。


 鹿。


 兎。


 猪。


 見た目は少し違うが、生態はほとんど同じだ。


 川には魚もいる。


 でも、麦茶と魚の生臭さが混ざった味に、私は耐えられなかった。 


 何故、川の水が麦茶の味なのだろうか。

 

 森には木の実も生る。


 だから村人たちは狩りや農業で生活している。


 それは地上の農村と何も変わらなかった。


 違うのは空の色と住人の外見くらいだろう。


 ある日、私は村の女性たちと畑仕事を手伝っていた。


 芋を掘り返しているとマイが走ってくる。


「リリサー!」


「どうしました?」


「見て見て!」


 差し出されたのは虫だった。


 しかも私の拳ほどの大きさがある。


 紫色だ。


 羽が生えている。


 正直言って気持ち悪い。


「……それは?」


「食べられる虫!」


「そうですか」


 私は笑顔を維持した。


 冒険者時代に虫を食べた経験はある。


 だがこれは少し勇気が必要だった。


「おいしいんだよ!」


「そうですか」


「焼く?」


「遠慮します」


 即答だった。


 村の女性たちが笑う。


 最近ではこういうやり取りも増えた。


 空いた時間は子供たちと遊んでいる。


 気付けば私の周りにはいつも子供たちがいた。


 鬼ごっこ。


 かくれんぼ。


 木登り。


 魚捕り。


 ガルドさんが釣りを教えて、最近では釣竿を持ち歩くようになったそうだ。


 私は昔から子供が好きだったわけではない。


 どちらかというと苦手だった。


 だが、エレナ様と十年過ごした。


 その経験が思った以上に大きかった。


 子供たちの相手をすることが自然と身についていた。


「リリサー!」


「はいはい」


「肩車!」


「順番ですよ」


「ずるい!」


「俺も!」


 気付けば三人ほどぶら下がっている。


 私は苦笑した。


 冒険者時代にこんな日々を送るとは思わなかった。


 マイは完全に懐いていた。


 朝起きると同じベッドにいる。


 昼もいる。


 夕方もいる。


 気付けば隣にいる。

 

「マイ、お母さんは心配してませんか?」


「してないよ!」


「本当に?」


「たぶん!」


 たぶんでは困る。


 一方のシンは少し違う。


 最初ほど敵意はない。


 だが素直でもない。


 距離を取っている。


 ただし、私が魔物退治から帰ると必ず様子を見に来る。


「別に心配してたわけじゃないからな」


 彼のような性格を、エレナ様はツンデレと言っていた。


 そんな穏やかな日々の中。


 私と一緒に運ばれてきたブレイジング領の人々も少しずつ変化していた。


 現実を受け入れられず寝込んでいる者。


 村人と打ち解け始めた者。


 新しい生活を始めようとしている者。


 様々だった。


 ガルグさんや同じように生活しているヒューマンの人たちのおかげでもある。


 皆、生きている。


 生きようとしている。


 それだけで十分なのかもしれない。


 だが、一人だけ気になる男がいた。


「リリサさん、村長が呼んでいますよ」


 男が声をかけてくる。


 私は笑顔を作った。


「あ、はーい。わかりました」


 この男だ。


 昔、エレナ様を誘拐しようとした誘拐犯。


 忘れるはずがない。


 あの時は、捕り逃した。


 もちろん向こうは気付いていない。


 あの頃の私はメイド服姿だった。


 今は冒険者の旅装束。


 髪型も違う。


 何より十年近く経っている。


 気付かないのも当然だろう。


 だが私は忘れていない。


 人の顔を覚えるのは得意なのだ。


「注意しないとですね」


 私はぼそっと言葉にした。


 平和な村だからこそ、こういう人間が一番厄介だった。


「どうしました?」


 男が首を傾げる。


「いえ。ありがとうございます」


 私は笑顔で答えた。


 何があるか分からない。


 冒険者時代に学んだことだ。


 魔物より人間の方が危険なこともある。


 村長の家へ向かう途中。


 当然のようにマイがついてきた。


「リリサの側には私がいないと危ないからね!」


 胸を張る。


「そうですね」


 私は真面目な顔で頷く。


「ぜひ守ってください」


「まかせて!」


 マイが得意そうに笑う。


 その姿を見ていると。


 エレナ様が五歳だった頃を思い出した。


 本当に、よく似ている。


 だからなのだろうか。


 私はこの村で過ごす時間が、少しずつ好きになっていた。


 まだ地上へ帰る方法は見つかっていない。


 エレナ様の安否も分からない。


 それでも、この小さな村は、ブレイジング領での出来事を忘れさせ、傷ついた私の心を少しずつ癒してくれていた。






 「――ここまでが、私たちが魔界に連れて来られ、このリホーン村で暮らし始めた経緯です」


 話し終えたリリサは静かに息を吐いた。


 村人たちも黙ったまま聞いている。


 私は腕を組みながら考え込んだ。


「つまり、リリサたちは魔王ヴァルゼインに捕まって、捕虜として魔界へ連れて来られたってこと?」


「そのようですね」


 リリサは頷く。


「ただ、私たち自身も理由までは分かりません。ここへ送られた理由も」


「ふーん……」


 私は唸った。


 捕虜。


 確かにそれなら辻褄は合う。


 でも何のためだろう。


 人族を集めているだけなら、もっと厳重に管理するはずだ。


 少なくとも自由に村で生活などさせない。


 そこが引っ掛かった。


 するとランが手を挙げた。


「あの、一ついいですか?」


「どうぞ」


「その人族を助けている魔族の方って、結局誰なんですか?」


 リリサは少し困ったように笑った。


「それが分からないんです」


「ガルドさんも?」


「はい」


 ランが目を丸くする。


 リリサは続けた。


「村の方々とは長い付き合いになりました。信頼関係もあります」


「でも、その方のことだけは教えてくれませんでした」


「聞いても?」


「皆さん困った顔をするだけです」


「へぇ……」


 私は小さく呟いた。


 それだけ徹底しているのは、正体を明かせない事情があるのだろう。


「それと」


 リリサの表情が少し曇る。


「私が気になっていることがもう一つあります」


「何?」


「新しい大魔王です」


 その場の空気が少し変わった。


 レーナが眉をひそめる。


 ランも静かに視線を向ける。


 私も自然と姿勢を正した。


「もしかして、その大魔王も人族を捕虜として魔界へ?」


 ランが言う。


 だがリリサは首を横に振った。


「いえ」


「恐らく、それはありません」


「なんでそう言い切れるの?」


 レーナが聞く。


 リリサは少し考えてから答えた。


「新たな大魔王が現れたという話は、魔界にも伝わっています」


「でも――」


 そこで一度言葉を切る。


「彼女は何もしていないんです」


「……」


 レーナが顔をしかめた。


 私も同じ気持ちだった。


 大魔王なのに何もしていない?


 意味が分からない。


 リリサは真面目な顔で続ける。


「少なくとも、私たちの知る限りでは」


「各地の種族を支配したわけでもありません」


「軍を増強したわけでもありません」


「兵を徴収したわけでもありません」


「何一つです」


 その言葉に、今度は私たち全員が黙った。


「普通なら逆ですよね」


 ランが呟く。


「軍隊を増やしたり……」


「支配地域を広げたり……」


「そうです」


 リリサは頷く。


「ですが、そのような動きは一切ありません」


「だから私は考えました」


「彼女は魔界にいないのではないか、と」


 私は思わず顔を上げた。


「地上にいる?」


「はい」


「魔界から兵を徴収していないということは、地上側の魔族の数も増えていないはずです」


「それなら戦力は限られる」


「大規模侵攻も難しいでしょう」


 なるほど、確かに理屈は通る。


「つまり」


 レーナが腕を組む。


「新しい大魔王は地上にいて、しかもほとんど動いていない」


「そうなります」


「ますます意味分かんないわね」


「はい」


 リリサも苦笑した。


「私もそう思います」


 私は小さく息を吐いた。


「いや、大丈夫だよ」


「え?」


「リリサが謝る必要はない」


 私は首を振った。


「むしろ助かった」


「私たちも何度か大魔王と遭遇してる」


「でも結局、人族側は、どこにいて何をしているのか全然分かってない」


「地上でもそうなのですね……」


 リリサが少し驚いた顔をする。


 私は頷いた。


「本当に何考えてるかわからないんだよ」


 すると、それまで黙っていたアイが呟いた。


「……逆に考えれば」


 全員の視線がアイへ向く。


「何もしていないこと自体が目的なのかもしれません」


「え?」


 私は目を瞬かせた。


 アイは腕を組んだまま続ける。


「力がある者ほど、動かないことで周囲を混乱させます」


「敵が何を考えているか分からない」


「どこにいるか分からない」


「何をするか分からない」


「それだけで脅威です」


 その言葉に、私たちは誰も反論できなかった。


 確かに、それはそれで厄介だ。


 目的が分からない。


 思っていた以上に、リサは世界を混乱に陥れようとしているのかもしれないと、私は感じた。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は6/13土曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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