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その18 「魔界の真実」

 村長の自宅へ通された。


 外から見るよりも広い家だった。


 石と木で造られた質素な建物だが、よく手入れされている。


 中央には囲炉裏のようなものがあり、温かな火が揺れていた。


 私は村長とガルドさんに促され、床に腰を下ろす。


 マイは当たり前のように私の隣へ座った。


 シンは腕を組み少し離れた場所に立っている。


 どうやらまだ私を警戒しているらしい。


 もっとも、それは私も同じだった。


 しばらくして村長が温かい飲み物を差し出してきた。


 香ばしい香りがする。


 恐る恐る口に含むと、どこか麦茶に似た味がした。


 「あれ?これは麦茶?」

 

 少しだけ気持ちが落ち着く。


 ガルドさんがニコリと笑っていた。


 そして、私はこの世界について話を聞くことになった。


 最初に話したのはガルドさんだった。


「俺はこの村で最初に保護された人族だ」


 彼はそう言った。


 ガルドさんがこの村へやって来たのは三ヶ月ほど前。


 イグニス王国の王都に勤める学者だったらしい。


 地質学者、つまり地面や鉱石を調べる専門家だ。


 私とはまるで縁のない職業だった。


「最初は夢だと思ったよ」


 ガルドさんは苦笑する。


「魔王軍に襲われて、気が付いたら見たこともない場所だったからな」


 その気持ちは痛いほど分かる。


 私も今まさに同じ状態だった。


 彼はこの三ヶ月の間に、魔界について様々なことを調べていたらしい。


 そして、一つの結論に辿り着いた。


「ここは本当に魔界だ」


 そう断言した。


「俺たちの住む地上世界の裏側に存在する地下世界。それが魔界だ」


 私は思わず眉をひそめた。


「地下世界……?」


「信じられないだろ?」


 ガルドさんは肩を竦める。


「俺も信じられなかった」


 だが調査を重ねるうちに確信したらしい。


 地上には存在しない鉱物。


 見たこともない植物。


 異なる生態系。


 そして何より、この空。


 全てが地上とは違っていた。


 次に村長が口を開いた。


「わしらはリホーン人という種族じゃ」


 そう言って自分の角を指差した。


 確かに小さい。


 子供たちの角も同じだった。


「魔界には数え切れんほどの種族がおる」


 村長はゆっくりと説明してくれた。


 角を持つ種族。


 翼を持つ種族。


 巨大な身体を持つ種族。


 獣の特徴を持つ種族。


 地上よりも遥かに多くの種族が存在しているらしい。


 その多くは言葉を話し、それぞれの集落や国を築きながら平和に暮らしている。


 私が想像していた魔界とは全く違った。


 もっとこう、血と暴力に支配された世界だと思っていた。


 だが、少なくともこの村は違う。


 人族の村と何も変わらない。


 畑を耕し。


 家を建て。


 子供が遊び。


 大人が働く。


「もちろん魔法が使える者もおる」


 村長が続ける。


「使えぬ者もおる」


 それも地上と同じだった。


 魔法の才能は人によって違う。


 種族が違ってもそこは変わらないらしい。


 そして、もう一つ。


 私にとって重要な話があった。


「地上で魔人と呼ばれておる存在じゃがな」


 私は思わず身を乗り出した。


「あれは、我らと同じ魔族であるんだが」


村長が答える。


「知能が低く、言葉も話せん種族じゃ」


 私は息を呑んだ。


 では、人類が何百年も戦ってきた魔人は、魔族の一種族だということだ。


「もちろん凶暴な奴が多い」


 村長は頷く。


「まぁ、ただ言葉を話せないだけだな」


 私の常識を根底から揺さぶったが、さらに驚いたことがある。


 魔王軍についてだ。


「魔王軍の地上侵攻は知っておる」


 村長はそう言った。


「じゃが、わしらには関係ない」


 あまりにもあっさりした言葉だった。


「関係ない……?」


「うむ」


 村長は頷く。


「地上の戦争など遠い世界の話じゃ」


 私には理解できなかった。


 地上では国が滅び、人々が死んでいる。


 ブレイジング領も消えた。


 それなのに。


 この村では畑仕事をしている。


 子供たちは笑っている。


 まるで別の世界だった。


 そして最後に、私が最も気になっていた話になった。


「では、私はどうしてここに?」


 その問いに村長は少しだけ表情を曇らせた。


「助けられたのじゃ」


「助けられた?」


「うむ」


 村長は頷く。


「魔王軍に連れ去られた人族を救い出しておる魔族がおる」


 私は目を見開いた。


 魔族が人族を助けている?


「誰ですか?」


 思わず聞いた。


 だが村長は首を横に振った。


「それは言えん」


「なぜです?」


「正体が知られれば、そやつの命が危ういからじゃ」


 村長の声は真剣だった。


 本当に命懸けなのだろう。


 だから私はそれ以上聞けなかった。


 話を聞き終えた頃には、頭が痛くなっていた。


 新しく知ったことが多すぎた。


 魔界。


 リホーン人。


 魔人。


 人族を助ける魔族。


 全てが私の常識と違う。


 だが、一番辛かったのは最後に聞いた二つの事実だった。


「地上の情報はほとんど入らない」


 そして。


「地上へ戻る方法も分からない」


 私は思わず俯いた。


 エレナ様は無事なのか。


 王国はどうなったのか。


 誰も知らない。


 何も分からない。


 私の拳が自然と握られる。


 村長たちは静かに私を見守っていた。


「……そうですか」


 ようやくそれだけを口にする。


 胸の奥が重い。


 けれど。


 まだ諦めるわけにはいかなかった。


 私はエレナ様に伝えなければならない。


 旦那様と奥様。


 そしてブレイジング家の皆様が、最後まで勇敢に戦ったことを。


 その約束だけは、何があっても果たさなければならなかった。


 私は目を瞑り考え込んでいた。


 「とりあえずだが、この村で暮らすのが良いと思うが、どうする?」


 ガルドさんがそう言った。


 私はすぐには答えられなかった。


 地上へ帰る方法は分からない。


 エレナ様の安否も分からない。


 ここが本当に安全なのかも分からない。


 分からないことだらけだった。


「少し考えさせてください」


 私がそう答えると、入口の扉が勢いよく開いた。


「村長!」


 若いリホーン人の男性が飛び込んでくる。


「彼女以外のヒューマンが目を覚ましましたよ!」


「おぉ!」


 ガルドさんが立ち上がった。


「俺の出番だな」


 慣れた様子で腰を上げる。


 どうやら新しく保護された人族の案内役をしているらしい。


「最初はみんな同じ顔をするんだよ」


 そう言って苦笑した。


「魔界だと知った時の顔な」


 確かに私も同じだった。


「とりあえず、あんたもゆっくりするといい」


「はい。ありがとうございます」


 ガルドさんは手を振りながら家を出ていった。


 その後、私は村長に村の案内をしてもらうことになった。


 当然のようにマイがついてくる。


 そして何故かシンもついてくる。


 少し距離を置いて、腕を組みながら。


 警戒しているのか見張っているのか分からない。


「シンも来るのね」


 私が言うと、


「べ、別にお前がマイに変なことしないか見てるだけだ!」


 顔を赤くして言った。


 マイが笑う。


「シンは優しいねー」


「うるさい!」


 どうやら、マイのことが好きらしい。


 村を歩いていると様々なものが見えた。


 畑。


 井戸。


 家畜小屋。


 木工をしている職人。


 布を織る女性たち。


 走り回る子供たち。


 その光景は驚くほど地上と変わらなかった。


 違うのは角があること。


 肌の色が少し違うこと。


 それくらいだ。


 畑では大人たちが芋を掘っていた。


 収穫した芋を子供たちが籠へ運んでいる。


 一人の子供が転んだ。


 すぐ近くにいた大人が駆け寄る。


 どこにでもある光景だった。


 さらに歩く。


 広場では老人たちが談笑していた。


 若者たちは建物の修繕をしている。


 大きなマナタイトの周囲では子供たちが鬼ごっこのような遊びをしていた。


 マイも混ざりたそうにしている。


「行ってきてもいいですよ?」


「だめ!」


 即答だった。


「今日はリリサを案内する係だから!」


 胸を張る。


 どうやら重要な任務らしい。


 私は少しだけ笑ってしまった。


 村の外れまで来た時だった。


 私は立ち止まる。


 高台から村全体が見渡せた。


 小さな村。


 決して豊かではない。


 けれど、平和だった。


 争いも。


 憎しみも。


 恐怖もない。


 少なくとも今の私にはそう見えた。


 風が吹く。


 見上げれば紫がかった空が広がっている。


 地上とは違う空。


 だが、不思議と嫌ではなかった。


「どうだ?」


 村長が聞いた。


 私は少しだけ考えてから答える。


「驚いています」


「ほう」


「魔界と聞いて想像していたものと全く違いました」


 村長は静かに笑った。


「みんなそう言う」


「ええ」


 私は頷く。


 本当にそうだった。


 魔族は恐ろしい存在。


 魔界は地獄。


 そう思っていた。


 だが、ここには笑う子供がいる。


 働く大人がいる。


 家族がいる。


 人族と何も変わらない。


 私は空を見上げた。


 太陽が無い、地下世界の空。


 浮かんでいるのは四角い箱のようなものがたくさん。


 冒険者として多くの国を巡った。


 エルフの街。


 ドワーフの鉱山都市。

 

 獣人族の都。


 様々な場所を見てきたつもりだった。


 だが、今になって思う。


 私は何も知らなかったのだと。


 世界はもっと広い。


 私が思っていたよりも遥かに。


 そしてその広さは。


 地上だけではなかった。


 魔界にも広がっていたのだ。


 風が髪を揺らす。


 私は静かに呟いた。


「エレナ様……きっと驚くだろうな」


 そう思うと。


 ほんの少しだけ笑みがこぼれた。


 不安は消えていない。


 地上のことも。


 エレナ様のことも。


 何一つ分かっていない。


 私はここでどうしたらいいのだろうか。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は6/11木曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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