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その13 「人族と魔族の住まう村」

 目が覚めた。


 見慣れない天井。


 石で組まれた簡素な部屋。

 壁には淡く青白く光る小さなマナタイトが埋め込まれていて、ぼんやりと室内を照らしていた。


 私は数回瞬きをしてから、ようやく起き上がる。


 ここは、魔界のリホーン村。


 毛布が肩から滑り落ちた。


「……ん」


 まだ少し、眠い。


 魔界には昼がないせいか、時間感覚が狂いそうになる。


 前世で海外出張していた時に陥った感覚に近い。


 「これは完全に時差ボケだな」


 窓の外は薄暗いままだった。


 部屋の隅では、ランが丸くなって眠っている。


 耳だけがぴくぴく動いていた。


 床ではレーナが寝返りを打ちながら毛布を抱えている。


「……もう少し寝かせて……」


「……寝言でもいうのかよ……」


 思わず呆れた。


 その時、コンコンと扉が叩かれた。


「エレナ様、起きておられますか?」


 聞き慣れた声だった。


「リリサ、おはよう」


 思わず声が弾む。


「朝食の準備ができていますよ」


「わかった!今行く」


 私は慌てて立ち上がった。


 扉を開けると、そこにはエプロン姿のリリサが立っていた。


 その姿が、あまりにも昔と変わらなくて。


 一瞬、ここが魔界だということを忘れそうになる。


「……どうかされましたか?」


「ううん」


 私は小さく笑った。


「なんか、懐かしくて」


 リリサも少しだけ目を細める。


「ふふっ、そうですか」


 この村へ招かれてから、三日ほどが経過していた。


 最初こそ警戒していた私たちだったが、今ではある程度肩の力を抜いて過ごせるようになっていた。


 この村の名前は――リホーン村。


 住民は、自分たちの種族をリホーンと呼んでいた。


「古い言葉で、小さなツノって意味らしいです」


 そう教えてくれたのはリリサだった。


 たしかに、村人たちの外見的特徴として、頭部に小さな角が生えている。


 大きく湾曲したものではなく、小枝のように控えめな角だ。


 色も黒、灰、白と様々で、子供たちは特に小さい。


 最初は恐ろしく見えた魔族の角も、三日もすれば見慣れてしまうものらしい。


 不思議だったのは、言葉だった。


 魔界なのに、地上と同じ言葉が通じる。


 発音や言い回しに多少違いはあるが、普通に会話が成立している。


 レーナが「なんで言葉同じなのよ……」と真剣に悩んでいたくらいだ。


 リリサの案内で、私たちは村を見て回った。


 そこで分かったことは、この場所が、驚くほど普通だということだった。


 畑を耕す者。


 洗濯をする者。


 子供を叱る母親。


 井戸端で談笑する老人たち。


 その光景は、私の故郷ブレイジング領の片田舎と何も変わらない。


 違いがあるとすれば、文化と環境くらいだった。


 魔界では貨幣文化がほとんど存在せず、物々交換が主流らしい。


 村の中央には、大人の背丈を超えるサイズの、巨大なマナタイトが鎮座していた。


 淡く青白い光を放つそれは、村の灯りや熱源、生活魔力の供給に使われているそうだ。


 夜になると、その光だけで村全体がぼんやり照らされる。


 まるで幻想画のような景色だった。


 そして、魔界には昼がない。


 空は常に薄暗く、明確なのは朝と夜だけ。


 太陽の代わりにあるのは、あの空に浮かんで淡い光を放つ、奇妙な四角い物体。


 なぜあそこだけ人工的なモノが浮かんでいるのか、私は不思議に思う。


 「あれだけが気持ち悪い…」


 話を戻そう、食事も独特だった。


 主食は麦、芋、とうもろこしに似た作物。

 種類が豊富で、リリサが言うには、これだけで栄養が取れるそうだ。


 だから、野菜という物はないらしい。


 麦で作られた硬めの黒パンのようなものもあったが、味は意外と悪くない。


 魔物の肉も食べられる種類はあるらしいが、普段から食べるものではなく、特別な日に大人が狩りに出て、みんなで食べるそうだ。


 「臭いから嫌だ」と子供たちに不評だった。


 飲み水は、あの川の水。


 私たちが最初に驚いた、麦茶みたいな味のする水だ。


「これ、麦茶だよね……?」


 と私が言った時、村人たちは全員首を傾げていた。


 どうやら麦茶という概念はないらしい。


 生活水準としては、地上より少し昔の時代に近い。


 だが、不便そうには見えなかった。


 皆、普通に笑って、普通に暮らしている。


 このリホーン村の住民たちは、地上の普通の人々と変わらない。


 戦士でもなければ、凶暴でもない。


 魔法すら使えない者が多い。


 大人たちの体格も人族とほぼ同じ。


 違うのは、肌の色と角くらいだった。


「……魔族って、もっと恐ろしい存在だと思ってましたけど、エレナさんの話通りでしたね」


 ランがぽつりと呟く。


 アイも静かに頷いていた。


 私も同じ気持ちだった。


 そして、私は思い出していた。


 魔王ヴァルゼインと戦った時。


 私の中へ流れ込んできた、あの記憶。


 そこに映っていた景色と、この村が重なる。


 笑う人々。


 寄り添って暮らす家族。


 平和な日常。


 あの時見た光景は、幻なんかじゃなかったのだ。


「……平和だなぁ」


 思わず、そんな言葉が漏れた。


 レーナも珍しく否定しなかった。


 ここまでが、私たちがこの村で三日間過ごして分かったことだ。


 平和な村。


 それだけだった。

 




 だが、この村には、リリサ以外にもヒューマンが暮らしていた。


 普通に畑仕事をしている者。


 壊れた家を修理している者。


 家畜の世話をしている者。


 誰もが自然に村へ溶け込んでいる。


 まるで、昔からこの場所で暮らしていたかのように。


 村へ訪れて二日目。


 私はリリサと一緒に洗濯物を干していた。


 麦茶のような香りの風が吹き抜ける中、私は前から気になっていたことを尋ねた。


「ねぇ、リリサ」


「はい?」


 洗濯物を干しながら、リリサがこちらを見る。


「昨日は聞けなかったけど、どうして人族がここにいるの?」


 リリサは少しだけ手を止めた。


 そして、どこか懐かしそうな顔をする。


「そうですね」


 風に揺れる白い布を見つめながら、静かに答えた。


「それは皆さんが揃った時にお話ししましょうか」


 そしてその日の夕方。


 村の広場へ呼ばれた私たちは、リリサの隣に並んでいた。


 集められたのは、この村で暮らしているヒューマンたちだけだった。


「エレナ様」


 リリサが一歩前へ出る。


「ここに住まう地上の人族を全て集めました」


 私は集まった人々を見渡した。


 老若男女合わせて十数人。


 その顔を見た瞬間。


 胸の奥に、妙な違和感が走った。


「……?」


 どこかで見たことがある。


 そんな感覚。


 私は一人ひとりの顔を眺めた。


 そして。


 ある瞬間、記憶の中の景色と重なった。


「あ……」


 思わず声が漏れる。


「皆さんを見て、何か思い出しませんか?」


 リリサが優しく問いかける。


 私は少し考えて、気づいた。


「みんな……ブレイジングの街の住人だ……」


「え?」


「本当ですか?」


 レーナとランが同時に驚く。


 アイだけは無表情のままだったが、視線は人々へ向けられていた。


「あぁ」


 私はゆっくり頷く。


「間違いない」


 その言葉を聞いて、リリサが嬉しそうに微笑んだ。


「さすがエレナ様」


「覚えておられましたね」


「忘れるわけないよ……」


 私がそう呟くと、リリサは集まった人々を順番に紹介し始めた。


「この方、覚えていらっしゃいますか?」


 一人の男性が頭を下げる。


「エレナお嬢様、お久しぶりでございます」


 その顔を見て、私はすぐに思い出した。


「パン屋さん!」


「ははっ、覚えていてくださったんですね」


 間違いない。


 私とリリサがよく買い物へ行っていたパン屋の主人だ。


 前世で私が食べていたパンを作ってもらいたくて、かなり無理を言った。


 米パン。


 塩パン。


 甘い菓子パン。


 上手く作れなかった物もあったが、私はこの方の店が大好きだった。


 次にリリサが別の男性を示す。


「こちらは街の商人です」


「あっ……!」


 その顔も覚えていた。


 父様と母様へ贈り物を買った時。


 露店でアクセサリーを売っていた商人だった。


 他にも。


 八百屋の夫婦。


 仕立て屋。


 宿屋の息子。


 顔を見るたびに、記憶が次々と蘇ってくる。


 皆、ブレイジング領で暮らしていた人々だった。


 私は思わず目を潤ませた。


「みんな……生きていたんだね……」


 声が震える。


 あの日。


 魔王軍が侵攻した日。


 私は街の人々は全員死んだと思っていた。


 守れなかったと思っていた。


「イグニス王国に魔王軍が攻め込んだ時……」


 私は唇を噛む。


「ブレイジングの街の人たちは、みんな死んだと思ってたから……」


 すると集まった人々の表情も少しだけ曇った。


 誰も軽々しく言葉を挟まない。


 その空気を破ったのはレーナだった。


「でも、なんで生きてるわけ?」


 相変わらず空気を読まないが、当然の疑問だった。


 私も同じことを聞きたかった。


 なぜ彼らは生きているのか。


 どうして魔界にいるのか。


 なぜリリサもここにいるのか。


 リリサはゆっくりと皆の顔を見渡した。


 そして真剣な表情で、私たちへ向き直る。


「それは――」


 一瞬だけ間を置く。


「これからお話しさせていただきます」


 その声は静かだった。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は5/31日曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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