その3 「魔界での初討伐」
ズン、と再び地面が揺れた。
四人同時に振り返る。
小川の奥、紫の森が左右に割れる。
ドシン、ドシン――
重いはずの足音なのに、異様に速い。
「前、ランとアイに任せてもいいか?」
私は短く言う。
「はい!」
ランが双剣を抜く。
刃が赤茶色の光を反射する。
この前初めて聞いたのだが、ドワーフ王国で強化されたランの双剣は、経験を積むごとに刃の色が変わるらしい。
「承知しました」
アイは腰のクナイを逆手に構え、呼吸を落とす。
「私とレーナは後方で」
「……え?いいーー」
レーナが半目で言いかけた、その瞬間――
森を突き破って現れた。
巨大な顎。
鋭い牙。
筋肉で膨れ上がった後脚。
そして、尾が三本ある。
ティラノサウルスのような恐竜型の魔物だった。
もちろん、地上では見た事がない。
全長はおよそ十五メートル。
茶色の鱗と体毛が鈍く光り、瞳は縦に裂けた金色。
「でかっ……!」
レーナが思わず声を漏らす。
咆哮。
空気が震え、小川の水面が跳ねた。
「来るぞ!」
巨体が地面を蹴る。
速い。
重戦車のような質量で突進してくる。
「ラン、左!」
「了解!」
ランが地を蹴る。
双剣が交差し、魔力が刃を淡く包む。
ガギィン!!
振り下ろされた爪を、十字に受け流す。
衝撃で土が爆ぜる。
だが、ランは止まらない。
そのまま足元へ潜り込み、脛に連続斬撃。
キィン、キィン、キィン!
「硬い……!」
鱗が異様に硬い。
だが。
「アイ、右後脚!」
「はい」
気配が消える。
アイの姿が一瞬、視界から消えた。
次の瞬間、恐竜の後脚の内側に黒い影。
ザシュッ。
クナイが関節の薄い部分へ深く刺さる。
「グォオオッ!!」
巨体がよろめく。
ランが即座に後退。
「下がります!」
三本の尾が横薙ぎに振るわれる。
ドゴォッ!!
地面が抉れ、木が数本まとめて折れた。
「……あれ、当たったら終わりね」
レーナが冷や汗を流す。
「足止めできるか?」
「誰に言ってんの」
レーナが杖を掲げる。
「氷縛!」
地面から一気に氷柱が伸び、恐竜の片脚を凍結させる。
バキバキ、と凍り付く音。
「今!」
「了解!」
ランが氷を足場に跳躍。
双剣を逆手に持ち替え、首元へ一閃。
ガギィン!!
だが鱗が弾く。
「やっぱ首は硬い!」
「なら目だ!」
私は魔力を親指、人差し指、中指に集中させる。
「炎弾!」
轟音とともに複数の火球が放たれる。
直撃。
顔面で爆ぜる。
「グォォォオッ!!」
炎に包まれ、巨体がのけぞる。
だが、暴れて氷が砕けた。
「ちっ!」
レーナが舌打ちする。
恐竜は怒り狂い、口を大きく開けた。
赤黒い光が喉奥に集まる。
「ブレスくるぞ!」
「はい」
アイが地面を蹴り、再び死角へ。
私は特大の火炎弾を生成。
「レーナ!」
「わかってる!」
恐竜が赤い光線を吐く寸前。
「雷槍!」
雷が一直線に口内へ突き刺さる。
バチィィィィッ!!
内部で爆ぜる音。
ブレスが暴発。
口から煙が噴き出す。
「今だ!」
ランが咆哮と共に跳躍。
アイが同時に反対側から走る。
左右からの同時攻撃。
ランの双剣が目を斬り裂き、
アイのクナイがもう片方の眼窩に深く突き刺さる。
「ギャアアアアア!!」
視界を奪われた巨体が暴れる。
「エレナ!」
「任せろ!」
私は魔力を最大まで圧縮する。
両の掌が灼熱に染まる。
「爆炎弾!」
圧縮火炎が直撃。
顔面で大爆発。
轟音。
衝撃波。
森が揺れる。
やがて。
ドォォォン……
巨体がゆっくりと倒れ込んだ。
土煙が舞い上がる。
静寂。
「……終わり?」
レーナが息を吐く。
ランは双剣を払って血を落とす。
「魔界初討伐ですね!」
アイは静かにクナイを回収する。
私は倒れた巨体を見上げた。
「四人での初連携にしては上出来だな」
だが。
そのとき。
地面から、別の振動。
ズンズンズンズン……
ランが低く呟く。
「……これ、群れかもしれません」
森の奥。
金色の縦瞳が、いくつも光った。
レーナがにやりと笑う。
「魔界、楽しいじゃない」
私は剣を構え直す。
「ちょっと試そうかな」
魔界の森が、再び震えた。
低い唸り声。
地を擦る爪の音。
枝が折れる。
「三人とも、ここは私に任せてくれないか?」
静かに言う。
「あんた!何言って――」
レーナが声を荒げる。
ランとアイも目を見開いた。
だが私は一歩前に出る。
深く息を吸い、吐く。
静と無の意識の先ーー零に落ちる。
雑音が消える。
森の匂いも、仲間の気配も、風の揺れも。
ただ、魔素の流れだけの世界になる。
さっきの恐竜型と同質の魔素反応。
一、二、三……
五、六……
……十二体。
「撃ち漏らした奴を三人に任せるよ」
目を閉じたまま告げる。
炎帝を顕現させる。
赤い光が掌から溢れ、刃の形を成す。
逆手に構えると、刀身が低く唸った。
アルスとの修行の日々が脳裏をよぎる。
無駄な暴発を削り落とし、一点集中。
炎帝へ魔力を注ぐ。
以前のような荒々しい爆発ではない。
静かで、澄んだ、鋭い熱。
「よし」
目を開く。
恐竜型魔物たちが森を割って飛び出した。
十二の巨影が見えた瞬間。
その瞬間、踏み込み。
横凪一閃。
「天龍閃!」
刃が水平に走る。
炎は爆ぜない。
叫ばない。
ただ、細く、速く、正確に。
森の木々が二本に切れながら、
だが魔物の魔素だけを追尾するように、
斬撃が走る。
空間が赤く光った。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
ドドドドドッ……!!
十二体の巨体が、時間差で崩れ落ちた。
切断面は焦げて黒く、
血はほとんど流れていない。
森の奥にいた二体がわずかに耐え、よろめく。
「奥の二体頼む!」
ランが即座に飛び出す。
「はい!」
アイが影のように続く。
弱った個体の関節へ、
正確な斬撃とクナイ。
数秒で決着。
完全な静寂が訪れた。
「……やるじゃない」
レーナがぽつりと呟く。
ランは目を輝かせている。
「エレナさん、ヤバいです」
アイは胸の前で手を組んだ。
「さすが、エレナ様」
私は炎帝を消す。
途端に、どっと疲労が押し寄せる。
「ごめんな、ちょっと試したかったんだ。でも最近魔力を使いすぎてたから疲れたな」
肩を回す。
連発は無理だ。
「それが、アルスとの修行の成果ね?」
レーナが腕を組む。
「あぁ。前よりも効率的に魔力を使えるようになったんだ。無駄に使わず、必要な分だけ使う感じ」
「さっきの火炎弾も?」
「うん。消費を抑えて、バリエーションも増えたよ」
「でも続けて魔力を使い続けるのはまだまだみたいね?」
「ああ。天龍閃を連発するのは、修行してもこれまで通り二回が限度だな。三回目はすっからかんになるから、後の戦いに響く」
レーナが肩をすくめる。
「はぁ、まぁいいわ。私の見せ場がなかったけどね」
「次は頼むよ」
「当然よ。雷で丸焼きにしてあげるわ」
ランが真顔で言う。
「丸焼きは食べられないのでは?」
「ちょっと!私も食べるものは選びますからね!」
「食いしん坊ですね」
三人のやり取りに、思わず笑ってしまう。
胸の奥に、確かな実感があった。
強くなっている。
赤龍の力と炎帝。
アルスとの修行。
全てが、繋がっている。
「よし、進もう」
私は森の奥を見つめた。
魔界には恐竜型魔物がいる。
だが、きっとそれだけじゃない。
麦茶の味がする赤い水の小川。
紫と深紅の森。
この世界には、まだ見ぬ強敵がいる。
そして、それに挑めるだけの力が、今の私達にはある。
魔界の探索は、まだ始まったばかりだった。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
次話は5/14木曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い申し上げます。
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