服従の魔法の起動条件、危うい態度
冒険者ギルドというのはもっとむさ苦しいイメージがあったがそんな事はなく快適の一言に尽きた。冒険者ギルドは緊急の依頼が入る可能性がある為、一日中開いている。冒険者も何名か詰めている為、宿泊施設も完備していた。簡単な軽食はいつでも食べれるし、大浴場なんかもある。男湯と女湯で分かれており、男湯には当然男性のみが入っているのだが、そのすべてが筋肉マッチョの強面でとんでもない所に迷い込んでしまったと縮み上がってしまった。簡単に体を洗い、ギルドで貸してくれた服に着替えて大浴場を出ると出口でフィーナ姉が待ったいた。
「あ、カイル君!」
フィーナ姉の顔がパッと明るくなり僕に駆け寄ってくる。
「フィーナ姉の方が先に上がってた?」
「ウンッ」
血にまみれた拳や顔はきれいに洗い流されている。ギルドから貸し出されたゆったりとした服は清潔感がある。よく見ると尻尾が出せるようお尻の方には穴が開いていた。穴から出された尻尾もまだ濡れており、ブンブン勢いよく振るわれるたびに水滴が飛んでいた。それと同時に石鹸とフィーナ姉の体臭が混ざったいい匂いが漂ってくる。上気して赤くなった肌や水に濡れまだ乾いていない髪が肌に張り付いる。そんなフィーナ姉を見ていると変な気分になり、胸がドキドキする。僕の顔が赤くなっていくのを面白がり、フィーナ姉はさらに畳み掛けてきた。
「ねえ、カイルクゥ~ン」
フィーナ姉は僕に抱き着いてきた。そうするとさらにフィーナ姉の濃厚な香りが僕の鼻孔をくすぐる。フィーナ姉を引きはがさなければと思うのだけど力がうまく入らない。こんなところで何されるのと微かに恐れを抱く。そんな時だった、コホンと咳込む声が僕の頭に活を入れてくれた。体に力が戻り、フィーナ姉をヤンワリと引きはがす事が出来た。
「ム~、ザンネン……」
「残念じゃありません! 人が通る通路で何してるんですか、あなたは!?」
そう見とがめたのはダンガンさんを連れてきてくれた女性ギルド職員さんだ。髪が濡れている所をみるとこの人も風呂に入っていたようだ。
「通りかかったのが私だからよかったものの他の人、特に男性冒険者の人だったらどうなってたか分かりませんよ」
「その時は自衛します」
「冒険者は経験豊富なんです。獣人に対抗する手段の一つや二つ用意してますよ。油断すると本当に危ないんで注意して下さい!」
フィーナ姉が口をつぐむ。フィーナ姉がやり込められているのが珍しくてついマジマジと見てしまう。それをどう勘違いされたのかフィーネ姉に頬をつねられた。
「イライヨ、フィーラレェ」
「カイル君は何を見ているのかな……カイル君の……エッチ」
「ランレケラサレテルノ、ボク?」
「お二人が仲いいのは分かりましたから……さっぱりしたのなら形式的ではありますが事情聴取がありますのでこちらに来てください」
先導する女性ギルド職員さん。それについていく僕とフィーナ姉。
「僕たちを呼びに来たのに何でお風呂に入ってたんだろう?」
僕の素朴な疑問にフィーネ姉はプッと吹き出す。
「あの人ね、ダンガンさんの力で気を失った時におも……」
フィーナ姉は最後まで言う事が出来なかった。フィーナ姉の口を女性ギルド職員さんが右手で押さえて塞いだからだ。
「フィーナさん……あなた何言おうとしてるんですか!? もしそれ以上言おうって言うのなら……」
涙目になりながらもあいている左手を強く握りしめる女性ギルド職員さん。フィーナ姉は怯えた目でコクコク頷く。
「それから、カイルさん!!」
「ハイ!!」
「あなたも変な事聞かないで下さい。いいですね!!」
「握りこぶしを造りながら言わないで下さい! 分かりました、もう聞きませんから!」
「ならいいんですよ」
女性ギルド職員さんはニコリと笑う。その笑いが僕には脅しにしか見えなかった。
獣人に対抗する手段の一つや二つは用意している、その言葉が真実だと僕は思った。フィーナ姉が一歩も動く事が出来ず口を塞がれるなんて事出来る人がいるとは思わなかった。ギルド職員さんでさえこの実力だとするなら……冒険者ギルドは人外魔境なのかと思わずにはいられなかった。
そんな驚きに浸る暇なくとある部屋に通された。女性ギルド職員さんが先に入り僕たちが続いて中に入った。人が数人入れるぐらいの窮屈な部屋に机が二つ、中央と隅っこに一つずつ。ギルド職員さんは奥の方に座り僕とフィーナ姉は中央の机の席に座る。その向かいにはダンガンさんが座っている。椅子が小さく座り心地が悪そうだ。
「ギルドマスターが直に尋問ですか?」
「昼間も言ったが人手が足りないんだ。使える者はマスターでも使うべきだ……まあ、あまり緊張はしないでいい。君たちの無実は確定しているが形だけでも調書がないとどこから難癖付けられるか分からないからな」
「お役所仕事は大変ですね」
「出来るものなら誰かに代わってもらいたいが……今の所代われるような人材がいないんだ」
どこか疲れた口調のダンガンさん、大きな体が一回り小さく見える。
「何と言えばいいか……頑張って下さい」
「ありがとう……」
僕とダンガンさんはどちらかともなく握手する。
「……マスター、いい加減に始めましょうよ?」
女性ギルド職員さんが呆れ顔だ。
「ああ、すまなかった。では色々聞くから包み隠さず答えてくれ。まずは―――」
僕は事のあらまし、冒険者三人組との戦闘について話した。女性ギルド職員さんが後ろで話を聞きながら調書を取る。調書を取り終わりダンガンさんと女性ギルド職員さんが気難しげな顔をしていた。
「何かおかしい所がありましたか?」
「ンー、おかしい所が一つ、いや二つあった」
「僕、嘘をついてはいませんよ」
「君の発言ではなくバカ三人組の行動だ……あいつらどうしてフィーナ君が服従の魔法にかかっている事を知っていた? そして服従の魔法をどうして起動する事が出来た?」
そう問われても魔法の事はよく分からないので僕はポカンとしてしまう。それを察してダンカンさんは説明してくれた。
「服従の魔法というのは精神を縛り苦痛を与える精霊を憑りつかせる魔法なんだ。だからただ見ただけじゃそんな魔法をかけられているかは分からない。一人に一体憑りつかせる訳だが憑りつかせた精霊の名前というのは一つ一つ違うものなんだ。魔法を起動する為には精霊の名前を知らなければならないが普通は秘匿とされていて知っているのは精霊を憑りつかせた魔法使いか奴隷の主人になる。あの三人組が主人だなんてあり得んだろう」
「……という事は?」
「誰かがあいつらに精霊の名前を教えた事になる。それが出来るのは……」
そんな事が出来る人物、僕には一人しか思い当たらなかった。
「……そんなに僕が憎いのか? そんなに僕を苦しめたいのか? その為にフィーナ姉を苦しめたのか!? 父さん!!」
フィーナ姉を売買し奴隷とし、僕のメイドとした人物。それは僕の父親であるバラン・ワルトハイム。この人はある理由から僕を非常に憎んでいる、この人なら僕を苦しめる為に冒険者三人組に情報を漏らす事は十分に考えられる。
そこまで考えがいたった時僕のうちにドス黒い熱い何かが蠢めいた。狂暴な衝動に駆られ何もかも壊したくなる。
「カイル君!!」
僕の雰囲気を察したフィーナ姉が後ろから僕に抱き着き、僕を押さえつける。その感触で僕は正気を取り戻す事が出来た。
「フィーナ姉……」
「お姉ちゃんは大丈夫……大丈夫だから……」
僕は呼吸を落ち着かせ荒ぶる衝動を抑えつける。
「……何やら事情があるようだが私たちは首を突っ込むべきではないだろうな……この事は調書に書かない様に」
「分かっています」
女性ギルド職員さんが頷く。
「ありがとうございます……この件は言うなれば家族間の問題ですから家族で片をつけます」
そう言った時の僕の表情にダンカンさんは息を飲む。
「どういう結果になっても後悔がないように頑張れ……これで事情聴取は終わりとしよう。お疲れ様」
「ありがとうございました」
それから僕とフィーナ姉はあまり会話をせず、仮眠室に入りそのまま朝を迎えた。
「……オハヨウ」
フィーナ姉が恐る恐ると言った感じで僕に挨拶する。
「オハヨウっ!!」
僕は明るく答えた。昨日の事が嘘みたいだとでも言うように明るく挨拶されたのでフィーナ姉はポカンとする。
「ん?、どうしたのフィーナ姉?」
「えっと……何でもない?」
フィーナ姉は不思議なものを見たとでも言ったような顔をする。
「さあ、ご飯いただいて早く乗合馬車の停留所に行こう」
「う、うん」
フィーナ姉は首を傾げながらも僕の隣りを歩いた。何もなかったような僕の態度にフィーナ姉は危ういものを感じていた。




