冒険者との闘い 反撃の猴形拳
僕が入ったのはさらに狭い路地だった。正面は壁に防がれており抜ける事は出来ない。元の路地に戻るには入り口を塞いでいる冒険者を倒さなければならない。
「失敗した!! 勘で動くもんじゃないな」
僕は後ろに向き直り三体式の構えを取り攻撃に備える。だが冒険者の様子がおかしい。顔色を変え、こちらに来るのを躊躇している。
(? 何だ……?)
僕は冒険者に目を配りながら理由を考える。
(何で攻めに来ない? 後ろには抜ける事は出来ないし、左右には抜けられるほどのスペースはない。正面は冒険者が陣取っている。閉じ込められたも当然なのに何を躊躇している?)
考えている僕に対し冒険者が動いた。長剣を横一文字に振ろうとして壁にぶつかり動きが止まる。僕は踏み込み冒険者に肉薄し拳を繰り出すが、冒険者は後方に飛び僕の拳を避ける。
この攻防を見て冒険者が何でこっちに来るのを躊躇しているのか理由が分かった。この狭い路地の中では先程のような動きが出来ないし、長剣を振り回す事が出来ない。この中では素手の方が逆に有利。素手での攻撃力は先程仲間の冒険者を一人倒した事で証明している。僕の攻撃力を警戒して冒険者は攻めあぐねているのだ。勘で突っ込んだ場所だけど正解だったようだ。僕はニヤリと笑い冒険者を挑発する。
「場所をちょっと変えただけで世間知らずのお坊ちゃんに手が出せないとは大した事ないな。冒険者もピンからキリ何だろうけどアナタたちはどっちなんだ? こんな小悪党まがいな事をしているんなら聞くまでもないんだろうけど……」
「クッ、調子に乗りやがって!!」
冒険者は歯噛みして長剣を構える。うまく誘いに乗ってくれた事に僕はほっとする。僕が今一番恐れているのは冒険者がこの場から離れる事である。元の場所に戻られたら僕に対抗できる手段がないし、フィーナ姉を人質に取るかもしれない。
頭に血が上り場所の有利不利が分からなくなる、この冒険者は大した事ないのかもしれない。
「ブッ殺してやる!!」
冒険者が突進してくる。僕は迎撃しようと拳を繰り出す。
「オイッ、待て!!」
冒険者の後ろから怒鳴りつけてきたのは先程囮役をやっていた冒険者だった。
「そいつは売るんだろう!! 殺したら意味ないだろ!!」
冒険者は足を止め息を吐き、頭に登った血を下げる。
「そうだった、そうだった」
冒険者は数歩下がり距離を取るがこの路地から出ようとはしない。
「おい、坊主! お前、ここから出ないで欲しいんだろ? いいぜ、お前の有利な状況で戦ってやる。その上でお前を完膚なきまで叩き伏せる……少しはやるようだがそれだけでは思い通りにはいかない事を思い知らせてやる!!」
僕はこの冒険者の評価を少し改める。悪党である事は変わらないけど……。
評価はさておき、冒険者が次のどのように動くかを考える。
僕達が居る路地は狭い。長剣を振るには不利な場所である。この場所で剣を振るのなら出来る事は二つぐらいだろう。頭上からの振り下ろし、そして突きである。頭上からの振り下ろしは当たり所が悪ければ僕を殺してしまうだろう。さっきみたいに頭に血が上っていればやってくるかもしれないが、仲間の冒険者がうまい具合に血を下げてくれたからこれは却下出来る。そうなると後は突きなのだが命に係わる大怪我を負わすという理由から頭や喉、胸部、腹部への突きは却下出来る。そうなると後狙えるのは腕か足である。冒険者はどちらを狙うかは……。
迷う暇なく冒険者が動いた。
(もう勘で行くしかない!!)
冒険者気狙ったのは僕の左足だった。三体式の構えを取る事で左足が前に出ているののだから一番剣が届きやすいだろう。
僕は左膝を上げ右足で前方にジャンプする。そうする事で長剣の突きをよけ尚且つ冒険者の顔面に左膝が入る。僕みたいに体が軽くても体全体でぶつかればそれなりにダメージを負う。冒険者は大きくのけ反るが強化の魔法がまだ生きており、防御力が上がっている為、意識を刈り取る事が出来ない。だが僕の攻撃はまだ終わらない。着地すると同時に右掌を冒険者の顔面に打ち下ろす―――劈拳を食らわせる。後頭部を地面に叩きつけられ白目をむいて気を失った。
緊張感が解け荒い息を吐きながら僕は一連の動作を思い出していた。
(……僕は今何をやったんだ?)
そう考えた途端、久々の頭痛がやってきた。そして僕の脳裏にある言葉が浮かび上がった。
(……猴形拳)
―――猴形拳
久坂さんの記憶によれば基本となる五行拳を習得した後に教わる十二形拳の一つで猿の動きを模したもので遠い間合いから一気に飛び込み間合いを詰める事を目的とした技であるらしい。今は技の威力を練る段階で五行拳以外の技は記憶から浮かび上がっておらず、こういう技がある事は全く知らなかった。
偶然とはいえこんな技が出せるとは……僕は自分で自分を褒めたい気分だったが、ジャリッという地面を踏みしめる音で現実に引き戻された。音を出した人物、囮役の冒険者と目が合った。
「ヒッ」
囮役の冒険者は僕を見て後退る。恐怖で顔を歪ませている。
(……年下相手にそんな顔しないでよ……)
呆れつつもとりあえず脅しておく。
「逃げちゃだめだよ。逃げたらどうなるか……分かってるよね」
僕の言葉に囮役の冒険者は顔色を変え荒い息を吐く。
「タ、タ、タ、タスケテッ」
囮役の冒険者が土下座をしているのを見て僕は呆れてしまう。
(これじゃ僕の方が悪者だよ……)
「……僕の言う事を聞いてくれればあなたには手を出さないから聞いてくれない?」
「ハ、ハイ! 何でも言って下さい。何でもさせていただきます!!」
「なら僕が望む事は一つ、フィーナ姉を元に戻して。あの状態のままフィーナ姉を奴隷商人に売りつける訳ないよね。元に戻す方法も当然知ってるよね? 知らないというのであれば……」
僕は拳を作り息を吹きかける。
「ハイ、当然知ってます」
恐怖で身を震わせながら答える囮役の冒険者。
「じゃあ、それをフィーナ姉にやって!! 急いで!!」
「ハイッ!」
囮役の冒険者はフィーナ姉の元に走る。その後を追う僕。フィーナ姉は未だに苦痛で顔を歪めている。こんな事をした冒険者三人組に改めて怒りを覚える。
囮役の冒険者はフィーナ姉の傍に座り懐から木の板を出す。そして木の板に書いてある呪文を唱える。
「フィーナ・レイクスを縛る者! エル・クラボよ! 汝に休息を与える、眠りにつけ!」
呪文が唱え終わるとフィーナ姉の苦しげな表情は納まり、穏やかな表情になる。フィーナ姉は目を開き、僕の姿を確認すると穏やかな笑みを浮かべ、僕の頬に左手を伸ばした。
「……カイル君……」
「フィーナ姉……よかった」
僕はフィーナ姉の左手を握り返す。自然と涙が零れた。
「……じゃあ、俺はこれで……」
後退り逃げようとする囮役の冒険者を僕は呼び止める。
「そうそう、最後に一つ……現実が分かっていない、世間知らずとさんざんいってくれたけど、分かっていなかったのはそっちだったね。言いたいことはそれだけ、行っていいよ」
囮役の冒険者は全力でこの場から立ち去った。その逃げっぷりに失笑してしまう。
「情けないなあ、あれが冒険者なのかな……」
「あの人は危機を回避する能力が高いんでしょう。生き残るという意味ではレベルが高いと思いますよ」
「そうかなあ……そうだ、フィーナ姉立てる?」
「少し休めば歩くくらいは……」
フィーナ姉がすまなそうに言う。体力のある獣人にここまでダメージを与えるとは、フィーナ姉は一体何をやられたのだろう?
「そっか、じゃあ少し休んでおこうか」
僕はフィーナ姉を不安にさせない様頭を撫でる。フィーナ姉は心地よさそうにしている。
僕たちが住んでいる辺りまで走る馬車はもう出てしまっただろう。アルフィオレに一泊していくことが決まった瞬間だった。




