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そこから、一週間に一度程、黒川さんとは帰りに会うようになった。
会うと少し話しをしたり、かき氷を一緒に食べたり。短い時間だけど、帰宅時に少し会って話して時々何か一緒に食べる。そんな不思議な関係。
そして三回目に会った時に、黒川さんから連絡先を聞かれたけれど、嫌では無かった。
こ、これは、ちょっと良い出会いではなかろうか。
初めは大きくて怖い感じの黒川さんだったけど、甘い物が好きで、可愛い動物が好きと聞くとなんだか可愛い人に思えてきた。
連絡先を教えてから、黒川さんは二日に一度位、連絡をくれる。
『猫』
『限定品』
そんな一言に猫の写真が写ってたり、限定品であろう、お菓子の写真を送って来てくれる。
飲み友達というのだろうか。苗字だけを知ってて、歳も、何をしている人かも知らない。だけど、一緒に話したりするのは楽しい人だ。
黒川さんは少し前から私の事をうさぎさん、と呼んでいる。兎沢は長いのか、間違えて「うさぎさん」と言われてから、「それでいいですよ」と言ったのだ。
そうして今日はいつもよりちょっと長い文章が送られてきた
『うさぎさん、駅前のホテルの方でビアガーデンやってますね。行きませんか?』
「あ、ビアガーデン。興味あった奴だ。行きたい。飲みたい。でも、給料日前…。いや、でもな…。あ、予約いるんじゃなかったかな?」
私も気になっていて、一人でいけるか調べたりしていたのだ。でも、ホテルの中に入っていて、ビアガーデンというか、ビュッフェ。なにかちょっとお洒落な感じらしい。家からは反対方向だし、予約が必要で、やはり一人では行き辛いと思ったのだ。
『いいですね、行きたいですけど、いつですか?予約が必要ですよね?』
『急ですけど、今日は?実は友人と行く予定だったんですけど、友人が都合が悪くなっていけなくなったのですけどね、友人がそのまま奢ってくれたんですよ。だから、お金はいいですよ』
「え。タダ。いいのかな。でも、行きたい。今日?急だけど、今日なら行ける…。奢りだけど、黒川さんの友達のドタキャンのおかげ…。やったって喜んでいいのかな」
私は迷いながらもメッセージを打った。
『いいんですか?行きたいです。今日、行けます』
『良かった。急に誘ったから、ダメかと。無駄にするところでした。じゃあ、仕事終わりに駅でいいですか?別の場所で待ち合わせでもいいですけど』
『駅でいいですよ。会社、駅から近いので』
『分かりました。うさぎさん、じゃあ、また』
私はメッセージを送り終わるとニコニコになってしまった。やった、やった。ホテルビアガーデンだ。ビールに、美味しいソーセージ。ほくほくのポテトに冷たいサラダ。屋内でビアガーデンっていうのが、いいと思う。だって、今、本当に暑いんだもの。外で飲みたいけれど、とにかく暑いから。やっぱり冷えた屋内で飲みたい。
甘い物もあったよね。ゼリーとかのデザートもあったはず。たくさん食べていいのかな。
「黒川さん…。優しいな…」
考えるだけでお腹が空いてきて、定時になり、私はちょっと身なりを整えてから待ち合わせの駅前に行った。
黒川さんが先に来ていて、私が探す前に気付いて、近寄ってくれた。
「うさぎさん」
「黒川さん、待たせましたか?」
私がそう言って黒川さんを見上げると、黒川さんは、くっと面白そうに笑った。
「少しだけ。じゃあ、行きますか」
「はい!楽しみです!」
私が元気よく返事をすると、駅に隣接するホテルへと向かったのだ。
*****
「くぅ。美味しいです!」
「うさぎさん、さあ、これもどうぞ」
「は、はい。…。こ、これもじゅわっとして美味しいですね!」
「ははは。おいしそうで何よりです。あ、すみません、ビールお代わりを」
「たこ焼きとかもあるんですね!ああ、やきそばも!お祭りみたいです!」
ビールに最高ではないか!私はコクコクと飲みながら、色々と食べた。
「祭りをイメージしているみたいですね。月替わりで色々変わるようですが。今日はうさぎさんが来てくれて良かった」
「お友達は残念でしたね。誘って貰えて嬉しかったですけど」
「よかった。友人は急な出張が入ってしまって。まあ、仕事の関係でここに来たかったようですよ。安くチケット取れたようですし。それで俺が誘われて。うさぎさんは、気にしで下さいない」
「そうですか?私は得した気分です」
「俺も。うさぎさんと来れて嬉しいです」
黒川さんが優しい顔でそんな事を言うから私はビールを吹き出しそうになった。
「く、黒川さんは何か食べないんですか?」
「え。食べてますよ」
私の様子を面白そうに黒川さんは見ながら自分の皿を指さした。そうだ、確かに黒川さんも食べていた。
「それに…俺はうさぎさんを見てるのが好きなんで」
「!!!」
こ、これは!勘違いしてしまうのではないのだろうか。
黒川さんはよく見るといつも高そうな服を着て、キッチリとしている。私よりも年上と思うし、何をしているか聞いてないけれど、しっかりとした人ではないだろうか。そんな人はこうやって相手を褒める事も言うのかな。
ころっと騙されてしまうかもしれない。黒川さんは悪い人ではないとおもうけれど。
大きくて、怖そうだけど、落とし物届けたりするし、猫の画像を送ってくれるから黒川さんは優しい人なハズ。
そんな人が私にこんな風にいうのは、なんだ、これは。勘違いしたらいけない、落ち着くんだ。勘違いしたら痛い女になるぞ。
そんな事を想いながら、黒川さんを見ると「ん?おかわりですか?」と自分が言った事なんてなんとも思ってない顔をされた。
「いえ、おかわりはまだ、いいです」
私がそう言って、飲もうとしていたグラスを置くと、黒川さんは、少し目を細めていた。
「お、屋内は、涼しくていいですねっ」
「ですね。外のビアガーデンよりいいかも」
「そ、そうですね!お祭りとかも行きたいとは思いますが」
「じゃあ、今度、花火か夏祭り、一緒に行きませんか?」
ニコリと微笑みながら黒川さんは聞いてきた。
も、もう、どうしたいんだ。さっきから、ビールのせいだけじゃない動機が凄い。ドックンドックンと心臓が踊り出している。
「秋になると駅前でビールのフェスティバルをしていますしね」
「は、はい。行きたいです」
絶対私の顔は赤くなっていると思う。こ、これはデートのお誘いではないだろうか。いや、何も言われていないから勘違いはしてはいけないのだろうか。そもそも、黒川さんの事を良く知らないのだ。
「よかった。うさぎさん、暑いの苦手ですもんね」
「え、言いましたっけ?」
「言ってないです。でも、なんとなく」
なんとなく。その言葉が胸に残ってしまう。
──なんとなく、で私のこと分かるの?もう、エスパー。エスパー黒川なのか。
そんな事を思っていると、黒川さんがふっと笑った。
「うさぎさん、表情に出ますから」
「え、出てます?」
「出てますよ。さっきも、たこ焼き見た時、目がちょっとキラッとしてました」
「ええ……」
恥ずかしくて、私はビールをもう一口だけ飲んだ。今日はビールが進んでしまう。
「うさぎさんは、食べ物で分かりやすいです」
「そんなにですか?」
「はい。だから見てて楽しいんです」
まただ。またそんな事を言う。
黒川さんは、自分が言っている事の破壊力に気付いていないのか、本当に自然な顔をしていた。
「……黒川さんは、そういうの、慣れてるんですか?」
「え?何がです?」
「その……人を褒めたりとか」
「褒めてます?」
「褒めてますよ!」
「そうですか?俺は思った事言ってるだけですよ」
くうぅ。これは。黒川さんはモテ男子かもしれない。いや、危険な男の香りなのか。
私は少しだけ視線をそらした。恥ずかしくて、どうしていいのか分からない。グラスの中の泡をきらきら照らしている。
「うさぎさん」
「はい?」
「また、こういうとこ来たいですね」
「……え?」
「うさぎさんと。今日みたいに、ゆっくり飲んで、ゆっくり食べて、話して」
その笑顔を見た瞬間、胸の奥がじんわり熱くなった。
──七夕の短冊に書いた願い事。
『素敵な人に出会えます様に』
あれ、もしかして本当に叶い始めてるのかもしれない。
私はグラスを持ち直し、少しだけ照れながら言った。
「……また来たいです。黒川さんと」
黒川さんは、嬉しそうに、でも照れたように笑った。
「じゃあ、また来ましょう。うさぎさん」
私は赤い顔で頷いたのだった。




