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第1話 値踏みの日

板は親指の腹で押すと、わずかに沈んだ。


釘が一本利いていない。継ぎ目から細い風が上がってくる。水の匂いのする風だった。


檻の床は、ロウにとって逃げ道だった。


ロウはもう一度押した。同じだけ沈んだ。


指がその沈み方を覚えた。


だが、その日は床より先に覚えなければならないものがあった。


買い手が来る日だった。


朝の檻は、十数人ぶんの息で白く湿っていた。


子供たちは壁際に寄って眠っていた。互いの背に背を預けていた。寒さはそうやって分け合うしかなかった。毛布は二人に一枚もなかった。


ロウは壁から少し離れて眠る。背を誰にも預けない。預ければ、相手の寝返りで目が覚める。深く眠る子から、呼ばれた時に遅れる。


名前を、ロウはほとんど知らなかった。覚えていたのは、それぞれの寝る場所と、泣く癖と、咳の間隔だった。名前より、そちらのほうが役に立った。


檻の奥で、誰かが咳をした。乾いた咳だった。一度。間を置いて、もう一度。


ロウは顔を上げなかった。咳と咳のあいだの長さだけを数えた。その子はもう何日も同じ咳をしていた。間隔は日に日に短くなっていた。


朝の食事が来た。固いパンと、濁った水。器は人数より少なかった。回して使った。


順番は強い者から決まっていた。ロウは待つ側だった。待つことには慣れていた。待っているあいだ、ロウの目は休まなかった。


水の器がロウの手に回ってきた。ロウは半分だけ飲んで、次へ回した。多く飲む子は覚えられる。覚えられた子は面倒だと見なされる。ロウは覚えられない側にいたかった。


グレムの足音はいつも重かった。踵から先に落ちる。三歩で、檻の前の灯りが揺れた。ロウはその三歩で時刻を読んだ。


檻の戸が開く時は、いつもグレムの足音が先に来る。


檻の中には窓がない。時を計れるものは、足音と、灯りと、腹の減り方しかなかった。


その朝、グレムは桶を蹴って子供たちを起こした。桶が石の床を鳴らした。子供たちはその音だけで跳ね起きた。


「並べ」


グレムはそれだけ言った。言葉を惜しむ男だった。


子供たちは慣れた手つきで壁を背にした。並び方には、順番があった。背の高い者が端。小さい者が内側。誰も教えていないのに、そうなっていた。


端の子は、最初に値を見られる。内側の子は、最後まで見られないこともある。子供たちはそれを、誰にも教わらず知っていた。


ロウは内側に立った。背を丸め、肩をいっそう狭く見せた。


買い手は昼前に来た。


二人いた。一人は商人ふうの身なりだった。もう一人はその後ろで帳面を持っていた。


商人ふうの男の外套の裾に、乾いた泥がついていた。ロウはその泥の色を見た。川縁の柔らかい土ではない。街の内側の、石と灰の匂いがする泥だった。


ロウは人の顔より先に靴を見る癖があった。顔はつくれる。泥はつくれない。


商館主のモルデンが台帳を抱えて、買い手の横に立った。


モルデンは太った男だった。手だけが痩せていた。台帳の頁をめくる手だけが、別の生き物のようによく動いた。


台帳は、革の表紙が手の脂で黒く光っていた。モルデンが開くと、紙のあいだから乾いた藁のような匂いがした。古い頁ほど、その匂いが強かった。


ロウは字が読めなかった。


だが、台帳に並ぶものは分かった。数字。値段。番号。印章。赤い印と、黒い印。


文字はロウにとって模様だった。意味のない模様。だが、数字と印は意味を持っていた。


グレムは檻を見て、モルデンは台帳を見た。


買い手は子供たちの前をゆっくり歩いた。モルデンが横をついて歩いた。


端の子から始まった。


最初の子は、耳だけが獣のものだった。買い手はその耳を指で倒してみた。倒れた耳は髪に隠れた。


「耳は隠せるな」買い手が言った。「市中の使い走りに出せる」


モルデンが台帳に印を入れた。


次の子は、鼻のあたりだけが獣に寄っていた。買い手はその子に自分の手の甲を嗅がせた。


「鼻が利くか。追跡屋に売れる」


子供たちは人ではなく、用途で分けられていった。耳。鼻。爪。尾。それぞれの使い道。値段はその後についた。


買い手が足を止めたのは、ミラの前だった。


ミラは猫系だった。痩せてはいたが、ロウとは痩せ方が違った。骨が隠れるべき場所にちゃんと隠れていた。痩せていても、商品に見える痩せ方があった。


買い手がミラの顎に指をかけた。顔を上げさせた。ミラは抗わなかった。


ただ、ミラは買い手の手首のあたりを、一度だけ見た。


値踏みされる側の目が、値踏みする目をしていた。


モルデンが値を言った。ロウのいる場所までは届かなかった。だが、買い手が小さくうなずいた。台帳の上で、モルデンの痩せた指が、高い数字のあたりで止まった。


ミラには、高い値がついた。高い値は買われやすい。買われやすい子は、檻からは早く出ていく。


グレムの腰に、鍵束が下がっていた。鍵束には、小指の先ほどの小さな鈴がついていた。


グレムが体を動かすたび、その鈴がちりっと鳴った。


ロウはその音の高さと、鳴る間隔を覚えた。グレムにとっては、ただの飾りだった。


次はガロだった。


ガロは熊系で、檻の中でいちばん大きかった。買い手はガロの腕を掴み、肩の付け根を指で押した。それから、背中を叩いた。荷馬を確かめるような手つきだった。


「力仕事だな」


買い手は満足そうに言った。モルデンの指が、台帳の上で高い数字を探した。


ガロは動かなかった。大きな手を太腿の横で握っていた。その手が握ったまま、細かく震えていた。


買い手はその震えに気づかなかった。ガロの腕の太さしか見ていなかった。


強いのに怯えている。ロウはそういう生き物を、檻の中で何度も見ていた。


たいてい、長くは保たなかった。


買い手はニナの前では足を止めなかった。


ニナは兎系で、いちばん内側に、ロウのすぐ隣にいた。並びはじめてから、ずっと息を浅くしていた。肩が小刻みに上下していた。


買い手はちらりと見た。それだけだった。すぐに目をそらした。


モルデンは値を言わなかった。


台帳に短く何かを書いた。それから、赤い印に手を伸ばしかけて——やめた。今日はまだ押さない、という手つきだった。


ロウはその赤い印を見た。印の柄は手垢で丸くなっていた。


列のはずれに、ヴェラがいた。


狼系の純血獣人だった。買い手はその前を、ほとんど止まらずに通った。獣人は檻の中では扱いが面倒だった。値はつくが、買い手を選ぶ。


ヴェラが、買い手の残した匂いを覚えるように、わずかに鼻先を上げた。


その動きを見たとき、ロウの足が半歩だけ後ろに引いた。


身体のほうが先に引いていた。理由は分からないまま、ロウは足を戻した。


列の別の端に、キールがいた。人間の子供だった。キールは買い手ではなく、台帳を見ていた。番号ではなく、その横の文字を追っている目だった。


人間の子供がなぜ檻にいるのか。ロウはそれを考えるのを、とうにやめていた。理由を知っても、腹は膨れない。


ジグは片方の肩を低く落として、灯りの影に入っていた。ジグは影のある場所を知っていた。


買い手がロウの前に来た。


ロウは弱く見せた。だが、弱すぎないようにした。


買われれば、行き先は買い手が決める。処分されれば、行き先はない。生きていたければ、そのあいだの細い場所に立っていなければならなかった。


買い手はロウの顔をのぞき込んだ。それから、興味をなくした顔をした。


「鼠か」


「鼠系です」モルデンが言った。「下水。壁の隙間。臭いの追跡。使い道はあります」


買い手はロウの手を取らなかった。指も見なかった。口の中も改めなかった。鼠系の値打ちは確かめるまでもない、という扱いだった。


「いくらだ」


買い手が訊いた。値を訊く声は、もうロウを見ていなかった。


モルデンが台帳を見た。


「銀貨五枚」


買い手は鼻で笑った。


「前は八枚で出てたな。その鼠」


モルデンは何も言わなかった。


値が下がったことの意味を、その場にいる全員が知っていた。子供たちも知っていた。傷んだ商品の次の行き先を、子供たちは知っていた。


ロウは台帳のほうを見なかった。


踵の下の板のほうを見ていた。


ロウは踵にそっと体重をかけた。板がわずかに沈んだ。風が下から来た。


値踏みは、ロウたちを商品にした。商品でいるあいだは、生きていられた。



値がつく。値が下がる。値が消える。その順で、檻の子供はいなくなった。



ロウは踵の下の板をもう一度踏んだ。下の風はまだそこにあった。



買い手は夕方までに、三人を連れて出ていった。


ガロでも、ミラでもなかった。耳を倒された子と、鼻の利く子と、もう一人、ロウが名前を知らない奥の子だった。


連れていかれる子は、暴れなかった。泣きもしなかった。


檻の戸が開いて閉まった。鍵束の鈴が二度鳴った。


それだけで、三人ぶんの寝床が空いた。


残った子供たちは、空いた場所を避けて寄り直した。誰もそこには寝ない。


檻の奥で、また咳がした。


朝と同じだった。いや——朝より、間隔がわずかに短かった。


灯りが落とされた。


子供たちはまた壁際に寄った。ロウは内側の自分の場所に座った。踵の下にあの板があった。


夜は、檻の中でいちばん長い。ロウは目を閉じなかった。暗い場所では、瞳のほうがよく働いた。


ロウは足音を数えていた。グレムの巡回。三歩で、灯りの揺れる位置。一回りして戻るまでの間。


その間に何ができるかを、ロウは考えはじめていた。ただ、間の長さを覚えていた。


その夜の遅い時刻だった。


聞き慣れない足音が、檻の前で止まった。


グレムの重さでも、昼の買い手たちの革靴でもなかった。


それから、モルデンの声がした。媚びるような柔らかい声だった。昼の買い手にはその声を使わなかった。


そして、もう一つの声が低く言った。


「銀貨五枚の鼠は、まだ残っているか」

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