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第9話 友達にしていることが自分のためになる


「今日の映画アタリやねえ」


「そうだな。はじめの頃は血がバーっと出てグロいなと思ってたけど、最後には感動させられた」


 昼は『おにいちゃん契約』のために桐山姉妹と公園で遊んだあと、夕方からは壇ノ浦との『友達練習』だった。


 今日はゲームじゃなくて、家で映画鑑賞会。


 たったいま、サブスクで壇ノ浦がサムネで選んだ映画のエンドロールが流れ終えたところだった。

 なんとハードスケジュールなんだろう。 


「せやんね! バトル描写もええんやけどヒロインが小悪魔的で可愛いし、このままの勢いで行くんかなって思ったら最後には儚くて、この余韻がたまらんわぁ」


 壇ノ浦が恍惚の表情を浮かべて興奮を露わにしていた。

 なんで映画を語ってるだけでちょっとエロくなれるんだろうな、本人は無自覚なんだろうけどさ。

 

 壇ノ浦の表情はさておき映画の評論には俺も同意するも一点だけ口を挟む。

  

「俺的にはもう一人の女の子がいいと思ったな。あれ、図書室で本読んでた子」


「ええー、高橋ってあんな子がタイプなん? めっちゃ普通で地味やんー」

 

 おいおい、酷い言われようだな。

 

「あの普通っぽいのが良いんじゃないか。無理に取り繕ってないところとかさ。それをいうならヒロインはなんか主人公に都合良すぎて物語のためのキャラって感じがするぞ。あれこそ女の敵ってやつだろ」


「高橋は変な見方しすぎ。この映画は男が主人公やねんから、その視点ではヒロインが都合良く見えるもんやで。ほら女の子は男の子にいい面ばっかみせるんよ。男の子だって女の子前にしたら格好つけるやろ? そんな感じやん」


 ヒートアップする中で壇ノ浦のお腹がくぅ〜と鳴く。

 

「おい、女の子は男の子にいい面ばっかみせるんじゃなかったけ?」


「もー、これがうちのいい面やんかー。聞かせるの、高橋にだけやで?」


「腹の音聞かされて嬉しくともなんともねえよ。あー、それにしても腹減ったなあ」


 俺はぽりぽりと腹をかく。


「女の子の前なんやから高橋はもっと格好つけたら?」

 

「え、女の子? どこにいんの?」


 もー、と壇ノ浦が笑う。

『友達練習』だから男や女を気にしないこの関係性でいいんだ。

 変にラブコメに発展しても困るからな。 


 壇ノ浦がソファの上で、ぐぐーと背伸びをする。

 背をそらしたせいで【色欲】とも称される彼女の、豊かな胸が突き出される形になる。でかいのに重力に負けないのはどうしてだろう。


「あー、高橋いまうちのおっぱい見てた。やらしい」


「うるせえ、でかいから嫌でも目に入るんだよ」


「女の子っぽいって思ったんちゃうん?」


「でかいなーって思っただけ」


「それだけ?」


「それだけ」


 これ以上なにを求めているというんだろう。

 あー、良かったと壇ノ浦はそのでかい胸をなでおろした。


 壇ノ浦はときどき俺が欲情しないかをこうして試してくる。『友達チャレンジ』とかいってたっけ。

 俺が少しでも欲情する素振りを見せたら『友達練習』は終わりらしい。


 俺はギャルゲー世界でいろんな女性と接してきたから耐性があるだけで、女体をみて全く反応しないわけではない。


 性欲は普通にある。

 しかし相手によって分けることが出来るけどな。


 『友達練習』が終わってくれた方が俺としてはいいんだけど、こんな形で終わるのは負けた感じがしてなんか嫌だ。

 終わるなら別の形でフェードアウトして欲しいものだ。


「今日はさ、とんこつラーメン食べに行こうぜ」

 

「なあ、外はやめとかへん? そうや、いつもみたいに出前とろうや。今日はうちが奢るからさ?」


 少し壇ノ浦の歯切れが悪い。

 奢るという提案は魅力的だけど今日はとんこつラーメンの気分なんだ。


「いいや、外だ。出前なんてしたら面が伸びるだろ。とんこつラーメンの麺は硬ければ硬いほどいいんだから」


 諸説ある。


「えー」


「ほら、いいから行くぞ」

 

 それから俺たちは二人で家を出た。

 ラーメン屋に向かって歩いていると壇ノ浦のスマホが鳴る。


「さっきから連絡多いな、急ぎの電話なら別に出ていいぞ」


「ううん、ええねん」


 そういえば映画を見る前にも何度か壇ノ浦に連絡がきていたな。

 映画を見るときに電源を切っていたから気にならなかったけど、映画を見終えて電源をつけてからも何度か鳴っていた。


 ラーメン屋に着いてカウンターに通された俺たちはとんこつラーメンを頼んだ。


「麺の硬さは?」


「バリカタで」


「えーっと、うちは普通で」

 

 頼むとすぐに提供される。

 この早さもいいんだよなあ。

 麺をキクラゲやネギとともにずずーっとすする。


「んめー」

 

 このぎちぎちで小麦粉を感じられる麺が好きなんだよなあ。


「ほんまそんな硬いんの何がええんやら」


 壇ノ浦が呆れてため息をついていた。


「壇ノ浦ってバリカタ食べたことねえの? もったいねえ、一口だけ食べてみろって」


「うちは麺にスープが絡んでるのが好きやの」


「ほんと、一口だけ一口だけだからさ」


「なんやのそのちょっとえっちな頼み方は……」


 どこがえっちだというんだろう。

 こいつのえっちの基準は中学生か?


「もー、なんでそんな必死に頼むん? バリカタを知らんうちのため?」


「それもあるけど、ただ俺はこの美味さを知って欲しいんだよ。友達にしていることが自分のためになる、みたいな。まあ自己満だな」


「なんやのそれ、高橋のためにうちが食べるん?」


「そういうことになる」

 

 俺はこの美味さをわかってもらいたいだけだ。

 同じように朝陽にもバリカタを味わってもらったっけ。

 

「そない言うなら仕方あらへんなぁ」

 

 壇ノ浦は俺のラーメンから箸で麺をあげて、ふーふー、と冷ます。

 とんこつラーメンのスープの脂でてかっとした唇がなまめかしい。


 それから髪を片耳にかけて一口、ずるずると音を立ててすすった。


「かったあ」


「どうだ、美味いか?」


「んー、うちはやっぱり普通のが好きやわ」

 

 なんだ、残念だな。


「あんたが騒ぐせいでみんな見てるやないの」


「それはお前のせいだと思うけど……」

 

 男が9割しかいないむさ苦しい空間で、美人がいるんだ。

 そりゃ見るだろう。


 そして、壇ノ浦の格好が遊ぶためのスウェットというラフな格好なのも余計に拍車をかけているような気がする。

 生活感が出てて、そそられる的な?


 話もそこそこに切り上げて、麺が伸びる前に俺たちはラーメンを食べた。


「今日は家まで送ってくれるん?」


「まあな。夜も遅くなったし、店から壇ノ浦の家が近いっていうじゃん」


「おおきに」

 

「それにしても、うまかったな」


「替え玉三つもするなんて、えらい大食いやなあ」

 

「壇ノ浦だって、替え玉してたじゃん。しかもバリカタ。なんだ? 実は硬いのが気に入ってたのか?」


「そのしたり顔やめ、うっとうしいから」


 店を出て、軽口を叩きながら歩く。

 

「あんな小汚いラーメン屋に連れ来られるんなんて初めてやわ」


「まあ、女子同士で行く場所じゃないし、ましてや狙ってる女の子と行くところじゃあねえかもな」


 男友達はおろか女友達がいない壇ノ浦にとっては初めての経験だろう。

 

「うわ、最悪……」


 壇ノ浦がスマホを確認して不穏なことを呟やく。

 隣を歩いていた俺は内容が覗き見えてしまう。


「それって、さっきの写真じゃねえか」


 そこにはラーメン屋で並んで食べている俺たちが写っていた。

 

「ごめん、うちと一緒におったばっかりに」


「壇ノ浦が謝ることじゃねえよ。どういうことだこれ」


「前からうち、隠し撮りとかされてSNSに晒されることあってんけど、最近酷くなってきてな。匿名で連絡来るようなって、いくらブロックしてもアカウント変えて連絡してきよるんよ。ほんまこんなエロい体に産まれたからうち大変やわ〜」


 ははは、と壇ノ浦は力なく笑った。

 

 今日何度か連絡がきてたのもそれだろう。

 それを隠して壇ノ浦はずっと過ごしていたんだ。


 外に出るのを躊躇したのにも合点がいった。


「多分、うちに惚れた知らん男がエスカレートしてるんやろな。ほとぼりが冷めるのを待てばええんよ」


「ちょっと貸してみろ」


 壇ノ浦のスマホをとって、ラーメン屋で取られた写真を確認する。


「今から戻って確認するんは無理やで。あの店、古い感じやったから監視カメラもないやろうし、男もいっぱいおったから分からんよ」


「他の写真もみせてもらっていいか?」


 ええけど、と壇ノ浦に他に撮られた写真をみせてもらう。

 更衣室で着替えているところから、体育や帰り道、そして俺の家に入ろうとする写真もあった。


「うちの体がわかるやつは投稿してるけど、家に入ろうとしてるの写真は投稿されてないみたいやね。この写真もラーメン屋の写真も、うちの行動を把握してるっていう脅しやろなぁ」


 誰だこんなことをするなんて!

 俺は学校で顔がバレないようにしてるのに、こんな写真ばらまかれたら壇ノ浦が俺の家に来てるのがバレてややこしいことになるじゃねえか!


「とりあえず今日はこのまま家まで送る」


 俺たちは夜道を歩いていた。

 からん、からん、と小気味良い音が響いている。

 

「さっきから石蹴って遊んでなんやの?」


「小さい頃しなかったか? 家に帰るまで同じ石蹴ってられるかってさ」


「うちはせんかったなあ。それに高校生にもなってすることやないで、ほんまガキやなあ」 


「壇ノ浦も蹴ってみろよ」


 えー、といいながらコツンと蹴る。

 からからと道を転がって行く。


「お、いい感じじゃん」


「うち結構うまいかも?」 

 

 すぐに調子に乗る壇ノ浦。強がっているんだろうけど明るくなった。

 それからもふざけるようにしていると、壇ノ浦の家の前に着いた。


「結局、石、家まで連れてきてるやん」


「夜道なのにどっか行くことなかったな。こいつは家に持って帰ろうと思う」


 石を拾っておどけてみせると壇ノ浦は呆れた顔を浮かべた。

 

「うちのためにふざけてくれたありがとうなあ」


「なんのことやら」


 俺は肩をすくめた。


「じゃあ、うち帰るわあ」


「壇ノ浦、待ってくれ」


 がし、っと彼女の肩を掴む。


「え、え、ちょ、なんやの? あ、あかんよ、うちら友達やろ?」

 

 焦る彼女の顔にゆっくりと顔を近づける。


「そのまま動くな」


「え?」


 耳元でささやくと、道の端でフラッシュが焚かれた。


「そこか」


 俺は瞬時にフラッシュがしたところに、先ほど拾った石を投げる。

 パリンと何かが割れる小さな音と、慌てて逃げる足音がした。

 

「いまなにが起こったん?!」


「追ってきてると思ったから写真を撮った拍子に石を投げた」

  

「だから石蹴って歩いてたんやね。よう当てれたなあ」


 ギャルゲー帰りでパラメーターがカンストしたおかげでコントロールも抜群だからな。


「あーはは、それにしても、なんや急に顔近づけられたらあっついわぁ」


 壇ノ浦に手をパタパタと降っていた。


「それはすまん」

 

「ええんよ。これに懲りてもう写真とってくれんかったらええんやけどなぁ」


「いいや、まだだ」

 

 そして次の日の放課後。


「アンタたちウチを呼び出してなんのつもり?!」


 目の前には、俺がギャルゲー世界から帰ってきた日に壇ノ浦と言い合っていたケバい女の子。ケバ子がいた。


「たか……あんたが呼び出せっていったから、呼び出したけどどういうことや?」


 隣には壇ノ浦、いまは俺はイケメンモードなので名前は呼ばないようにお願いしてある。

 

「それはすぐに分かるさ」


 ケバ子にスマホの写真を向けていう。


「この写真撮ったのあんただろ」


「はあ? そんな写真撮った覚えないわよ」


「あんた、なにをいってるんや。これはうちに惚れた男がやったことちゃうん?」


「違う」


 俺は写真を指差しながらいう。


「ここ、更衣室は窓からじゃなくて部屋の中から撮られている。それに体育や帰り道でのカメラの画角が低いんだ。男だったらもう少し上の一からの画角になるけど、これだとちょうど女の子が胸くらいの位置に撮ったみたいになっている」

 

「ほんまや、言われてみればどれもそんな感じや」


「ラーメン屋での写真をみたときに思った。客は9割が男だったけど全員ってわけじゃなかったから女かもしれないってな。そして他の写真をみて疑念が確信に変わった」

 

「は? そんなの言いがかりじゃない!! ウチが撮った証拠ないでしょ!」


 ケバ子がうろたえる。ここでトドメだ。


「おい、お前のスマホ見せてみろよ」

  

「ぐっ」


 その反応だけでもう十分だ。

 布石を打っておいてよかったぜ。

 

「見せれないだろ? なんせ昨日背面を俺に石で割られてるからな」


「うるさい、うるさい! この女がウチからマサトくんを取ろうとするから悪いのよ! だからちょっと怖がらせようとしただけじゃない!」 


 言い当てられたケバ子が騒ぎ立てる。


「男に守られていい気になってるかも知んないけど、あんたなんかマサトくんにお願いしたらぼこぼこにされるわよ! ボクシングしててちょー強いんだかんね!」

 

 マサトくん、ボクシング? 聞き覚えがあるような……。


「マサトくんって、まさやん?」


「ふーん、さすがまさとくん有名人みたいね。でも、今さらビビったって遅いんだから!」 


 俺はケバ子に近寄り、彼女にだけ見えるように写真を見せた。


「それってこいつのことか?」

 

「は?!」


 ケバ子が顎が外れんばかりに口を開ける。


「……マサトくんが顎に怪我して、捕まったのって」


「うん、それ俺。で、どうする?」


 仕返しされるの面倒だから撮ってたんだけど、撮っててよかったわ。


 ケバ子を一睨みすると、彼女は「ごめんなさいぃ!!」と掌を返したように土下座した。

 それから写真と全アカウントを削除と、壇ノ浦への謝罪をしてもらった。


「なあ、ケバ子」


「け、ケバ子?!」


「悪いこと言わないからあんな男やめとけよな」


「……はい」


 涙でぐしゃぐしゃなケバ子、化粧が取れていてもうケバ子ではないかもしれない。


「それにそんな濃い化粧しないほうがお前に合ってると思うぜ?」


「え……」


「じゃあな、あともう二度と壇ノ浦に関わるんじゃねえぞ」

 

「はいっ!!」


 そうしてケバ子は去っていった。

 ふう、これで俺の家に壇ノ浦がきていることがバレずに済むぜ。


「最後、何見せたん?」


「んー、内緒」


 俺がマサやんに勝ったことを壇ノ浦にバレるわけにはいかないので秘密にしておく。

 

「えーいけずやわー。でも、ありがとう高橋」


「ん? どうした? 俺のためにしただけど?」

  

「ほんまにそれだけ?」


「ああ、それだけだ」


 顔バレは避けたいからな。

 本当に俺のためにしただけだ。

 この感情に嘘偽りないぞ。



「友達にしていることが自分のためになる、か……」

 

 壇ノ浦がなにやら納得するように呟いていた。



「ほんまありがとうなぁ!」


「お、おい! 抱きつくな!」

 


 は? なんでこいつこんなに喜んじゃってんの?!


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