第10話 山田さん
怒涛のイベントを終えた俺は、この間に起きたことについて考えていた。
どう考えてもラブコメイベントが多すぎる。
しかも、ゲームやラノベならクライマックス級のやつばかり。
現実に帰ってきたというのに日々が濃すぎないか?
これだとまるで『君のためのハーレム』の世界と同じじゃないか。
劇的な恋じゃなくて平凡な恋愛を望んでいるというのに、【ラブコメ体質】がそうはさせてくれないみたいだ。
逃げようとしても首輪がアラームを鳴らすしさ。
ひどいや。
「……い、……おい、高橋。高橋っ!」
「あー、はい」
名前を呼ばれて生返事をすると黒板の前に立つおじさん教師が青筋を立てていた。
授業中ってこと忘れてた。
「ここ、答えろ」
「a=2,b=-4」
「せ、正解だ……」
教室がおおーっとどよめく。
え、俺なんかしちゃった感じ?
「この問題は高校三年の範囲だというのによく分かったな」
やっべ、考え事しててわざと間違えるの忘れてた!
ギャルゲー世界から帰ってきた俺は【知力】もカンストしており.、高校の授業であれば問題なく答えることができる。
だから授業では手を抜いて、ギャルゲーに行く前の俺の成績から大きく外れないようにしていたというのに。
「適当に答えたら、たまたま当たっちゃいました。ははは」
おい、適当に答えるなよ、なんて教師のツッコミに苦笑いしながら受け流す。
これで帳尻取れたよな?
教室の前方、隅の席にいる泉里香がこちらを見つめて、すごーいと小さくいいながら手を叩いていた。
ちょっと待て。七人の大罪ともいわれる有名人がそんな反応してたのがバレたら、ややこしいことなるだろ。
その後も里香はちらちらとこっち見てきていたけど、俺はその視線を無視しつつ授業を受けた。
あれ、俺たちの関係って終わったんだよな?
下手にかかわらない方がいいはずなんだけどな。
お昼時。がやがやと賑わう食堂。
「健、またD定食かい?」
二人席テーブルの向かいに座る朝陽が眉根を寄せていた。
「このラーメンの安っぽさがいいんだよ」
さっぱりとした醤油スープにふにゃふにゃな麺。
これに白胡椒をこれでもかとかけるのがうまい。
とんこつラーメンとは違った美味さがあるんだよな。
「ラーメンはともかく、米とセットというのは見過ごせないね」
「育ち盛りの高校生にはもってこいなんだよ」
D定食はラーメンと米の炭水化物爆弾だ。
栄養バランスなんて考えられたもんじゃない。
「そんなに食べると体を悪くするよ」
朝陽の忠告はもっともなのだが、俺のこの体はなにを食べても肉体美が崩れることはない。
普通は筋トレしてタンパク質中心の食生活をしないといけないはずだろうに。
まじチートだ。
「まあ、気をつけるよ。そういう朝陽は野菜炒め定食か。健康志向すぎないか?」
朝陽はバランスの良い食生活を心がけている。
高校生で健康を気にするのは意識高いなと思うけど、そのおかげでこの肌艶が保たれているんだなと思うと納得だ。
「ぶくぶく肥えたくないからね」
「いつもご飯小盛りって、高身長の男とは思えない食べる量だよな。だからそんなスタイルいいんだろうけどさ」
「ふふん、そうだろ?」
朝陽が人の良い笑みを浮かべて笑う。
「自慢おつ」
軽口で受け流しながらも、努力をしているこいつのことは素直にすごいなと思う。
イケメンであり続けることは大変なのだろう。
「そういえばビックニュースがあったんだ」
飯を食べ進めながら朝陽はいう。
それは【暴食】の泉里香が連れ去られた話についてだった。
事の顛末は俺の知ってる通りだったけど、聞き捨てならない内容がひとつあった。
「倉庫に乗り込んでヤンキーを暴れ食らったことで一部ではその男が【暴食】だ、なんて囁やかれるらしいぞ」
は?! 俺が暴食?!
なんの冗談だよ。二つ名なんて恥ずかしすぎるだろ……。
そして【憤怒】の桐山さんについに情報が出てきたよ、と俺の心労を気にかけることなく朝陽の舌は止まらない。
公園で桐山さんの妹と、イケメンが三人で仲良く遊んでいたこと。
「三人で手を繋ぎながら帰る姿も目撃されていて、その様子だと家族ぐるみのお付き合い、もしかすると婚約者なんじゃないかって話だ」
ぶほっ、と俺はたまらずラメーンを吹き出す。
【おにいちゃん契約】なだけで、家族とか、ましてや婚約者とかじゃないんだけど?!
予鈴が鳴って、昼食とともに朝陽との会話も終わった。
放課後。教室を出ると目の前の男子二人組がひそひそと話しながら歩いていた。
「あのアカウント消えたな」
「ああ、『色欲の裏ガワ』だろ?」
向かう場所は同じだから、一定の距離を保ちつつ俺は耳をそばだてた。
内容はSNSで壇ノ浦の隠し撮り写真をあげていたアカウントが最近削除された件についてだった。
際どい写真も多く、男には結構人気があったアカウントらしい。
「おれ結構お世話になってたのにな、なんで消えたんだろうなぁ」
「もともと本人っぽくないアカウントだったし垢バンされたんじゃね」
壇ノ浦は秘密裏に終わったからみんなに知られていないのか。
違法性のあるかもしれないアカウントを見てた事を公言したくないわな。
それに事を荒立てたら、自分の写真をもっと他の人に見られることになるから嫌だって壇ノ浦自身がいっていたしな。
「くう、もう見れないなんて残念だ」
「写真もいいけどよ、あんな体に抱きしめられたら最高なんだろうなあ」
「ちげえねえ」
隠し撮りを楽しんでる奴には無理だぞ、なんてつい口を挟みたくなったけどやめた。
靴箱に着き、中履きから下足へと靴を履き替える。
朝陽は軽音部だからあんまり一緒に帰れることはない。近々イベントがあるとかで休日も忙しいようだ。
それにしても爽やかイケメンでバンドマンて。これで演奏や下手だったら溜飲も下がるけど、奴はそうはいかない。
女性ボーカル顔負けのハイトーンボイスで去年の文化祭でその人気を不動のものにしていた。
なのでこれまで一人で帰ることの多い俺だった。しかし、最近は違う。
「お、君は今かえり?」
「そうだよ。山田さんも?」
山田さんはこの前、俺が七人の大罪のうちの三人に同じ日に告白したとかで食堂で一人当て所なく居場所を探していたとき、自分のテーブルに招いてくれた女の子だ。
食堂では少しだけ話して、その日の帰りにたまたま同じ帰り道になった。
話していて気づいたんだけど彼女とは同じクラスだった。
いっちゃ悪いが顔立ちは平凡的で、クラスでの発言もあまりなく目立っていない。
俺が素直に驚いた顔をしていると、『だよねー、私地味なんだ』なんて笑ってた。
慌てて『俺のことも知らなかったでしょ』っていうと『私は前から知ってたよ』なんていうから少しどきりとしてしまったことは記憶に新しい。
俺が三人に告白したなんてトンチキな噂が出る前かららしい。
もしかしてこれって俺に気があるのか?!
なんてな。
俺は朝陽というイケメンの添え物として認知されている。
俺経由で朝陽と仲良くする女の子とかもいたくらいだ。
俺はこの帰りの時間がいまでは心の平穏を取り戻す時間として気に入っている。
もともと友達が朝陽くらいしかいなかった中で、変な噂が出たせいで学校では居づらくなっている。
だからこうして普通に接してくれる彼女はオアシスだ。
「コンビニ寄ってく?」
「うん、そうだね」
コンビニ寄って飲み物を買って、それを飲みながら歩くのが俺たちのルーティンのようになった。
俺はパックのアイスティーを買う。
本当は炭酸飲料を買いたいんだけど、蓋を開ける度にプシュッという音が鳴ることを想像すると、二人の会話に水をさすような気がして買えない。
「君はアイスティー好きだねー」
「まあね。山田さんはまたカフェオレ?」
「そうだよ」
山田さんの手には氷が入ったカップがあった。
それぞれお会計して俺は先にコンビニを出る。
アイスのカップをサーバーに入れてカフェオレを注ぐのは、パックのアイスティーをそのまま飲む俺と比べてなんだかちょっぴり大人っぽい。
俺はそんなことを考えながら、コンビニの駐車場で飲みたくもないアイスティーをちゅーっと飲んでいた。
「ここのカフェオレは他のコンビニと比べて牛乳がこだわってるからおいしいんだよ」
歩きながら山田さんは二層になったカフェオレをカップの下から覗き込みいう。
「へえー、知らなかった。詳しいね」
「うん。私、実は喫茶店でバイトしてるからカフェオレとかコーヒー好きなんだ」
「そうなんだ。え、でもバイトってうちの学校禁止じゃ……」
横を歩く山田さんをみると、内緒ね、と人差し指を立てながら微笑んだ。
そして、俺は小さく頷く。
「意外だと思った?」
「うん、でもそれが高校生にとっては普通だと思う。校則ガチガチに守るのは一部の真面目な人だけで、少しくらいは破るもんだよ」
「お、そういう高橋くんもなにか校則を破ってるのかね?」
ふざけるように山田さんはいう。
「こうして山田さんと買い食いしてる」
「それ私の方が校則多く破ってるってことじゃん」
そんな他愛もない会話をしていると、交差点に差し掛かった。
ここでいつも分かれる場所だ。
「君さえ良かったらさ、今度私の働いてる喫茶店来てよ」
「俺はいいけど。むしろ、いいの?」
働いてるところって人に見られてくないもんじゃないんだろうか。
「うん、美味しいカフェオレ飲んで欲しいし。それが無理ならレモンティーもあるよ?」
「レモンティーは、大丈夫。行ったらカフェオレ飲んでみるよ」
言ったなー、と山田さんは笑いながら角を曲がっていった。




