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第11話 里香の暴走


「健くんおはよー!」


 朝、教室が静まり返る。

 それは【暴食】の泉里香が登校して早々に放った一言が原因だった。


 え、健くんってだれ?

 高橋に向かって言ってるようだけど……。

 そんなまさか。


 それから波紋が広がるようにざわめきが伝播する。

 里香は異様な空気を気にする様子もなく、俺の机の前まできて、覗き込むようにしゃがんでいう。


「健くん、おはよ?」


 小首を傾げる姿は、小悪魔っぽくてかわいいと称されるだろう。

 しかし、俺からすれば生活を脅かす悪魔のように見えた。


 くそう、この距離で言われたら俺しかいないじゃないか。

 自分じゃない別の高橋だろう、みたいなモブっぽい雰囲気出してたのにさあ!

 高橋はこの教室にしかいないけど。


「たーけーるくーん、起きてますかー」

 

 手をふりふりするからもう目もあてられない。

 近くにいる朝陽の顔が引きつっている。

 

「泉さん、ちょっとこっち来て」


「うん、わかった」


 俺の呼びかけに、里香は語尾にハートマークがつきそうなテンションでついてきた。

 着いた場所は階段を登って屋上入り口前の踊り場。

 ここなら人はこないだろう。


「健くん? こんなところに呼び出してどうしたの? 朝から人気のない場所って、うん、これもいい……」


 なんで場所を移したかわかっていない里香に俺はいらいらして、メガネを外して髪をかきあげる。

 かっこいい、なんて里香がつぶやいているけど突っ込んでいられない。


「学校で関わらないって約束してたよな」


 『恋人ごっこ』をするときに練習していることがバレないように学校ではお互いに関わらない、と里香から提案してきた。

 なのに、朝から堂々と名前を呼んで挨拶してきやがった。


「それは『恋人ごっこ』のときでしょ? もう、そうじゃないんだからいいじゃん」

 

 ぎゅっと里香は俺の腕を抱きしめる。

 俺の二の腕に里香の程よい胸が押し当てられる。ちょっと待て。

 

「そうじゃなくなったのならなおさら関わらない方がいいと思うんだけど」


「どうしてそんなこというの? ごっこ遊びはやめるんだよね?」

 

「そう、ごっこ遊びはやめるっていった」


 ――だから俺たち。

 ――だから私たち。


「他人だろ?」

「恋人でしょ?」


 え、と俺たちは顔を合わせた。

 

「待て待て、確認する。俺たちの関係はあの日終わったんじゃないのか? ほら、『恋人ごっこ』というごっこ遊びは終わりにしようっていったし。だからもう離れていよう。そうすればこれから里香はちゃんとした恋人を見つけることができるだろ?」


「『恋人ごっこ』からごっこを終わりにしたから、健くんが恋人になるってことじゃないの……?」


 え、そう思ってたのこの子?!

 俺は目を丸くする。

 

「ねえ、健くん、私から離れちゃうの……?」


 里香がひどく寂しそうな顔を浮かべている。

 声が弱々しく震えている。


 そうなるな、と口を開こうとして頭にアラームがビービーと鳴り響く。

 く、ここで危険信号か。


「そんなの嫌だよ、嫌。いや。イヤ。私、健くんがいないとダメだよ。怖い、怖いよ……」


 里香が頭を抱えてうずくまる。


「一人になるとね、思い出しちゃうんだ。男の人たちに倉庫に連れていかれたときのこと。囲まれていたこと。これから乱暴されちゃうんだろうなって。怖くて、怖くて、辛くて、泣きそうで。でも健くんが来てくれた。助けてくれた。だから、これからも健くんがいてくれるから大丈夫って思えてたのにな、離れちゃうなんて嫌だよ」

 

 フラッシュバック。

 強烈な体験が脳に刻まれたトラウマが蘇る。

 里香は男たちに絡まれてさぞ怖い思いをしたのだろう。

 一生の傷跡として残ってしまうのも無理はない。


 ギャルゲー世界で過ごした時間が長かったから忘れそうになるけれど、こんな出来事は人生において起こり得ない。

 ラブコメの定番、窮地に陥ること、そしてそれから救うこと、それは人生において定番なんかじゃない。

 

 俺がいることで里香はどうにか気丈に振る舞えていたんだ。

 

 俺を、心の支えとして立っていたんだ。

 その支えがなくなりそうな今、彼女は正気ではいられない。

 

「私なんでもするから! 恋愛経験ないから、うまく尽くせないかもだけど。そうだ。体でもなんでも、ね、ほら」


 里香は俺の手を掴んで、自身の胸に押し当てる。

 ぎゅむと俺の手には布越しに柔らかい感触がする。


「遊んでそー、っていう男子のいやらしい視線は嫌だけど。健くんになら見られてもいいし触ってもらってもいいから」


 ね? と里香が熱っぽくこちらを見つめる。

 あつい吐息が首筋にかかる。


 やばい、里香が暴走している。

 

「落ち着いてちゃんと話そう」


 いいながら俺は里香の胸から手を離そうとする。

 

「私、価値ない? 健くんにとって必要ない? そっか、そうなんだ。こんなことまでして惨めだよね……」


 あは、あはは、と自暴自棄になりそうな笑い声をあげる。

 今の里香は自分が俺に求められることで正気を保とうとしているんだ。


 俺がいない彼女は何をしでかすかわからない。

 外に出ることが怖くなって、引きこもるかもしれないし。

 最悪の場合も想像できる。

 そんな綱渡りの精神状態。

 


 ラブコメ展開は嫌だけど、流石にこの状態の女の子を放っておけるほど俺は人間腐っていない。

 それは首輪のアラームが鳴っていなくても関係なかった。

 

 俺は右手に力を込める。

 布越しに里香の胸が俺の意思ひとつでおもしろいように形をかえる。


「あっ」


 里香は矯正をあげて、嬉しそうな表情を浮かべる。


「もっと触って」


 耳元でそう囁くから、俺も少し燃え上がる。

 何度も、何度も、揉んでやると、それに合わせるかのように里香の声が漏れ出る。


「健くん、好き。あぁ、こんなときに初めて好きって言っちゃってごめんなさい、でも好きぃ」


 押し殺すように溢れた里香の、好きという感情が濁流のように押し寄せる。


「健くん、健くん、健くん、健くん、健くん」


 初めの頃は恥ずかしそうに呼んでいた名前も、今では愛おしそうに繰り返し呼んでいる。

 男としてこんなに嬉しいことはない。


 里香の細い腰に腕を回す。

 触れた瞬間はビクッと反応したけれど、そのあとは受け入れたように俺の腕に体重を預けてくる。


 腰骨のあたりに触れると声が出る。

 どうやらここが弱いらしい。

 里香は満足そうに目をとろんとさせていた。


 ここまでだ、と手を引くと、俺の手を里香の視線が名残惜しそうに追っていた。

 里香は少し乱れた着衣を正していう。


「ねえ、健くん。恋人になって欲しいなんて言わないから『恋人ごっこ』続けよ?」

 

「……わかった。『恋人ごっこ』続ける」


 他人になる。恋人になる。

 そのどちらでもないこれが俺たちの折衷案だった。

 

「ほんと? 離れるなんていわない?」


「ああ、いわないよ」

 

 里香は無邪気に「やった!」と飛び跳ねていた。

 俺といることでいつしかそのトラウマが解消されてくれればいいんだけど。


「ねえ、健くん、これもらってくれる?」


 そういってスカートのポケットから里香が取り出したのはシャーペンだった。

 青を基調としたシンプルなデザインで使い勝手が良さそうなやつ。


「急にどうしたんだ?」

 

「これね、実はお揃いのペンなの」


 里香は、じゃん、といって俺と同じデザインだが赤を基調としたペンを取り出した。

 しかし、俺のとは違って赤を基調としていた。


「お揃いの使ってると繋がってる感じがして嬉しいなって思って買ってきてたの。恋人になれたんだーって舞い上がっちゃってさ、馬鹿だよね」


 二本のペンを持ちながら里香が力なく笑っている。

 そして俺は里香から青いペンを取る。

 

「ありがとう、これ貰っておくよ」


「いいの? お揃いって、重くない?」

 

「ああ、これくらいならかわいいもんだよ」


 里香は自分のシャーペンを胸ポケットにさして、えへへと笑っていた。

 【暴食】と呼ばれ遊び慣れていると勘違いされている女の子が、こんなにも初心で純粋とは誰も思うまい。


 ふいに屋上に続く扉の向こうから声がした。

 

「にいに、そこにいるの?」


お読みいただきありがとうございます!


面白いと思っていただけましたらブックマークと⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎での評価をいただけるととっても嬉しいです!

よろしくお願いします!!

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