第12話 レナの怒り
「にいに、そこにいるの?」
ぎいっと屋上のドアがゆっくりと開く。
「こんなところで何してるの?」
出てきたのは、桐山・フォーリン・レナ、学校の七人の大罪のうちの【憤怒】と呼ばれている美少女だった。
「ぼーっとしたくて人気のない場所探してた」
「にいに一人で?」
「うん、一人で」
彼女の小さな言葉は、予鈴と少し重なった事もあり屋上の扉側にいる俺の耳にだけ届いていた。
私先に行くね、と里香はさっきまでの自分のしたことに恥ずかしくなったのか、予鈴を合図に慌てて教室に戻って行っていたのだ。
里香との関係はこれからも隠し続けなければならない。だから一人だと告げた。
「おかしい、発情した犬みたいな声聞こえた。きゃんきゃんって」
発情した犬?!
さっきまでの里香の声がそう聞こえたのか?
甲高かったけれどさ。
「学校だからな、色んな音が響いていたんじゃないか?」
頭に疑問符を浮かべる桐山さんに俺は適当なフォローをする。
にいにがいうなら、そうなのかも、って桐山さんは納得していた。
いやチョロいな!
俺がいうのもなんだけど無理があったろ。
喘ぎ声が響く学校なんて嫌すぎる。
「にいに、ちょい話そ」
レナは俺の腕を掴んで屋上へと引っ張る。
「予鈴なったぞ」
「授業で人が来ないからちょうどいい」
そういうことじゃないんだけどな。
まあ、里香が挨拶をしてせいで今頃騒ぎになっている教室に戻りたくはないので屋上で時間を潰すくらいいいか。
授業をサボったところで俺の【知力】があれば成績を落とすこともないし。
二人して屋上に座る。
「桐山さんはどうして屋上に?」
「ここは私の場所だから」
そっか。前に呼び出されたのも屋上だったっけ。
人と話すのが苦手な桐山さんは一人になるべく屋上にいるんだろう。
「人が沢山いるのは苦手。でもここなら1人でいられる」
「そんな場所に俺がいてもいいのか?」
「にいには特別」
桐谷さんは綺麗なブルーの瞳を細めた。
「にいに、膝枕して」
「突然だな」
桐山さんの唐突なお願いに俺は驚く。
「妹は甘やかすべき」
『お兄ちゃん契約』でミイナちゃんだけでなく桐山さんのお兄ちゃんとして振る舞わなくなってしまった。
妹扱いしたら嫌われると思ったんだけど逆効果だったらしい。
「わかったよ」
おいで、と俺はあぐらをかいた自身の太ももにぽんぽんと手を叩く。
すると桐山さんはこちらに顔を向けて頭を預けてきた。
「ふにゃあ、気持ちいい」
そのせいで緩ませた顔も丸見えだ。
太ももに乗るその頭はとても小さくて軽い。
小顔でスタイルがいいもんな。
「桐山さんってさ」
「レナ」
桐山さんが俺の言葉を遮る。
「ん?」
「レナって、呼んで、ほしい、なぁ」
桐山さんが顔を赤くしながら尻すぼみにいう。
「ミイナだけ名前で呼ぶのずるい……」
桐山さんはそこまでいって恥ずかしくなったのか顔を隠すために、頭を太ももから移動させ俺のお腹あたりに顔を埋める。
おいおい、どこに顔突っ込んでるの!
「レナ、そう呼ぶから。お腹から少し離れてくれないかな」
「うん」
名前を呼ばれて喜んだのか、レナは素直に俺のお腹から離れた。
危ない、危ない。太ももの付け根近くのお腹なんて場所が場所だ。
女の子が顔を近づけるのは色んな意味でよろしくない。
「にいに、さっきなにか言いかけてた」
そうだ。名前呼びにしてほしいと俺の話を遮られていたんだった。
「レナって、結構甘えんぼうなんだなって」
「そうだったの、かも? 自分でもわからなかったけど」
お母さんが働きに出ていていつもひとりだったレナ。
そこに妹が現れて、お姉ちゃんとして接しないといけなくなった。
だから彼女も誰かに甘える逃げ場が欲しかったのかもしれない。
黙っていると綺麗な顔立ちと銀髪ウルフヘアによって冷たい印象があるけれど、こうしてみるとやっぱり年下なんだなって感じがする。
妹ならラブコメに発展しないだろうから安心だな!よし!
だって妹からのラブコメって義理の妹とか実妹だろ?
妹みたいな存在が、いくら俺がパラメータカンストイケメンだとしても好きになるなんて、ないない。
頬をすりすりとさせて太ももに顔を寄せる姿は、初めの頃の雰囲気とは似ても似つかない。
警戒心バリバリな猫が懐いたみたいだな。
俺はさらさらと太ももに流れ落ちる銀髪をひとなでする。
「ふにゃっ……」
レナが普段は鋭い猫目をまん丸く見開いた。
「ごめん、嫌だったか?」
「ううん、そのままでいい」
了承を得た俺は、絹のような髪をなでることにした。
男の神とは違って細くしなやかな髪。透き通るような銀の色。これは少し癖になる。
屋上には柔らかな風が吹いて、心地の良い陽が当たっている。
グラウンドからは体育をする生徒たちの声がして、ここが下の世界とは切り離されたような不思議な感覚になる。
こんな時間も悪くないなと思っていると、グラウンドにいる生徒が手を降ってきた。
見間違いかと思ったが、明らかにこっちに手を振っている。
遠目からもわかるその暴力的なボディライン。
七人の大罪のうちの【色欲】といわれてる壇ノ浦潤だった。
おいおい、そんなことして俺がここでサボってるのがバレたらまずいだろ。
俺は壇ノ浦にしっしっ、と手を振ると、壇ノ浦は不服そうにしながら授業に戻っていた。
「どうしたの?」
俺のなでる手が止まったことで何事かとレナが体を起こしていた。
そして、グラウンドに視線をやっていう。
「もしかして体育してる女の子みてたの?」
レナがきっと視線を鋭くする。
みてたわけではないが、間違ってもいない。
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
「許せない。にいにを誘惑するなんて、どの女?」
レナは突如、怒りを露わにして立ち上がる。
「どうしたんだよ」
「その女、潰してくる。だから教えて」
「待て待て、なんもないから。潰すって物騒だな。それに授業中に乱入するなよ、大変なことになるだろ」
「関係ない。行ってくる」
癇癪を起こしたように激情するレナを俺は一喝する。
「やめろって」
するとレナはおろおろと子どものように縮こまる。
そして俺の足にすがるかのようにして抱きついてきた。
「ご、ごめんねにいに? 私とにいにの時間を邪魔されたのがむかついて……。私悪い妹かな? ごめんね、謝るから。放っていかないで、お願い」
どうしてこんなにもうろたえているのだろう。
きっと、いつも自分を置いて仕事に行くお母さんと俺を重ねているのかもしれない。
「大丈夫だから」
俺は潤んだ瞳で見上げるレナの銀髪をくしゃっとなでる。
「レナは悪い妹じゃない?」
「ああ」
「ずっとそばにいてくれる?」
それはどうだろう、と口に出そうとして頭にアラームが鳴る。
この言い方はダメなのか。
レナが今にも泣き出しそうな顔で俺の言葉を待っていた。
「いれるときはいるよ」
俺はなんとも曖昧な言葉を返すことしかできなかった。
「え……」
「いや、だってさ。お兄ちゃんだとしてもずっと一緒にいられるかわからないだろ? ほら、学校でだってずっと一緒にいるわけじゃないし」
「同じクラスになる」
「どうやって」
「頑張って飛び級する」
「今からは無理だ」
むむむ、とレナは頬を膨らませた。
沢山話して分かったが、レナはクールに見えてアホな子かもしれない。
「おいで」
俺はぐるぐると思考を巡らせているレナに、ぽんぽんと太ももを差し出す。
レナはその小さな頭を乗せると、やっと大人しくなった。
それからレナの頭を撫でていると一限の終わりを告げるチャイムが鳴る。
教室に戻るために立ち上がろうとすると、レナがすっかり寝入っていた
気持ち良さそうなその寝顔に、起こすのも悪いなと思った俺はブレザーを脱いで、レナの頭の下に敷いてまくら代わりにしてやる。
すると、屋上のドアががちゃりと開いて誰かが入ってきた。




