第22話 君のためのハーレム
放課後、授業を終えた俺は力が抜けて机に突っ伏していた。
「はあああああぁぁ」
「どうしたんだい、そんな声を出して」
朝陽が俺の肩を叩く。
「なんかさ、自分の思いも寄らないことばかりが起こって大変だなって思ってさ」
「珍しく弱気じゃないか」
「まあな。弱音も吐きたくなるよ」
変なことに巻き込まれてさ、昨日は流石にやばかった。
いくらギャルゲーで無双して帰ってきたとはいえ疲れない訳じゃないからな。
里香やレナ、壇ノ浦は自分のしでかしたことに気づいて帰って行った。
けれどギスギスもしていて今後、みんなをあわせるのなんてもってのほかだ。
「それに……」
俺は教室の隅の誰も座っていない座席に目を向ける。
山田さんはまだ学校に来ていないし、連絡も取れないままだ。
どうすればいいんだ。
「はー、人間関係ってうまくいかねえな」
「おお、あの健が人間関係で悩んでいるだなんてね」
「交友関係が少ないのは認めるよ」
軽口を叩いていた朝陽が真剣な目をしながら、俺の前の椅子に反対向きに座る。
「そういう時はさ、取り繕っていない姿の自分でいられて、辛い時に手を差し伸べてくれる。そんな人間だけ残していたらいいんじゃないかな」
やけに熱を帯びた朝陽の声に、俺は計らずしも心を動かされる。
朝陽の肩をがっと掴む。
「どうしたんだい……。よ、ようやく分かってくれたみたいだね」
「おう、朝陽のおかげでようやく分かったよ。ありがとな。俺行かなくちゃ」
俺は立ち上がって走って教室を出た。
山田さんを探さないと、こんなところでうだうだしていられない。
学校に来ていないのは分かっているけど、食堂や靴箱、彼女と関連のある場所へ足を運ぶ。
やはり彼女はいなかった。
それから喫茶店に訪れた。
足が遠のいていたけどマスターは快く迎え入れてくれた。
訊くと彼女はここ最近来ていないようだった。
「似合いのふたりと思ってたんだけどねえ」
マスターはグラスを拭きながら寂しそうにいった。
また、カフェオレ飲みにきますと頭を下げて俺は喫茶店を後にした。
めぼしいところはもう探した、といっても数箇所だけ。
探してみると実にあっけなかった。
そう、俺は彼女のことをなにも知らないんだ。
これ以上彼女について知っていることが俺にはない事実が歯痒かった。
喫茶店からの帰り道、気分を変えるためにいつもの道を外れ裏路地を歩いた。
気分を変えるための行動が帰り道変えるだけとかしょぼい、だなんていうなよ。
普通に生きてたらイベントなんて起きない。
ギャルゲーから帰ってきてステータスがカンストしたからって、探したい人ひとりにも出会えない。
モブの姿が本当の俺だ。
そんな俺にできる最大の行動がこれだったんだよ。
もしかしたらいるんじゃないかと期待を込めながら、こんなところにいるはずもないのにと絶望しながら。
そして、俺がネジを踏んづけて転んだ場所へとついた。
「ここから全て始まったんだよな」
感慨深くなりながら通り過ぎようとしたとき。
そこには人影あった。
「……山田さん」
振り返った人影は、俺の探し求めていた人だった。
「君、こんなところでどうしたの?」
山田さんはなんでもないように平坦にいった。
学校に来ていないこと、連絡が取れなかったこと、どれもまるでなかったみたいだった。
「山田さんを探してたんだ。こんなところにいたんだ。これまでどこにいってたの? 連絡も取れないし」
「へえ、私のこと探してくれたんだ」
嬉しいなあ、と山田さんの口が弧を描く。
いざ会うと頭の中がごちゃまぜになっていて何をいえば良いかわからない。
けれど、まずは。
「ごめん」
俺にすべきことは謝罪だった。
「なにが?」
山田さんがどこか感情のこもっていない声で俺に続きを促すよう問う。
ずきんと胸が痛む。
「山田さんと出かける日だっていうのに、他の人とブッキングしてごめん」
「他の人? ぼかしちゃだめだよ」
一拍置いて、山田さんは続ける。
「他の女の子と、だよね?」
張り付いたような無表情に俺はゾッとしてしまう。
しかし、ここでたじろいでしまっては謝罪にならない。
そして、自身の非を認めていう。
「はい。他の女の子とです」
「しかも三人も」
ね、と山田さんは首を傾げて微笑んだ。
くっ、言葉に詰まる。
「他の女の子、しかも三人もです」
「じゃあ初めから、もう一度いって」
早く、と言いたげな顔で山田さんは続きを催促する。
俺はふうっと長い息を吐く。
これは懺悔。だからこれはしかるべき順序だ。
息を吸い込んで改めていう。
「山田さんと出かける日だっていうのに、山田さんの他に女の子、しかも三人もブッキングしてごめん」
「ひどいね」
これまで見たことのない軽蔑するような視線を向けられ、思わず苦悶に表情が歪む。
自分自身で口に出して痛感する。俺はひどいことをした。
「改めて、本当にごめん。嫌だったよね」
山田さんはツンとした表情を崩さずになにもいわない。
「でも、俺、みんなとの関係を解消しようと思ってるんだ」
「そんなことできるの?」
山田さんは俺が美少女たちと縁を切れるかどうか聞いているんだろう。
七人の大罪と呼ばれる美少女。そのうちの三人と遊びに行ける関係だ。
学校内の男子の誰もが羨むその状況を手放すことができるのか、そう問われているのだ。
「付き合ってるってわけでもないし、元々変な始まりで続いた間柄なんだ。時間も拘束されて出かけるにはお金も掛かるしさ。あの子たちといると目立って仕方ないから合わないと思うんだ。それもこれもみんなと関わらなくすれば、今後予定がかぶることもなくなると思う」
「違う違う。そんなことをしたら首輪が爆発するけどいいのって聞いてるんだよ」
「それでも俺は山田さんと一緒にいたいと思って……え?」
聞き間違いだろうか。
「山田さん今なんて?」
「その首輪、爆発するけどいいの? って聞いたの」
山田さんは自身の首をとんとんと叩いて示す。
なんでそんなことを彼女が知っているんだろう。
「ボンッて、首飛んじゃうよ」
山田さんが首をだらんとさせて爆発した後のような仕草をする。
居直った彼女が、一歩一歩と近づいてくる。
俺は彼女の得体の知れぬ雰囲気に圧倒される。
背中が路地裏の壁にぶつかって、自分が後ずさっていたことに気づく。
逃げ場の失った俺の首に、彼女はその白く細い腕を回した。
それは蛇のように滑らかで艶かしかった。
吐息の温度までも感じられるような距離で、俺の鼓膜を彼女の声が揺らす。
「それでも私を選ぼうとしてくれてるんだね高橋くん」
「いえ、他に言い馴染みのある名前があるね」
――――普通くん
この世界に戻ってきて呼ばれることのなくなった名前。
久々に聞いた響きに心臓が早鐘を打つ。
「どうしてその名前を……、山田さん。君は何者なんだ」
「えー、今更聞くの? 山田多恵だよ。君と同じクラスで目立たない普通の女の子」
山田さんは絡めた腕を強くしめながら徐々に顔を近づける。
「でもそういうことじゃないよね。うん、分かってるよ。山田多恵は私だけど私じゃない。私には君と同じでもう一つ名前がある」
動けなくなっている俺の耳元で山田さんは囁いた。
「私は凪、諸星凪だよ」
◆
その名前を聞いて俺は昔のことを思い出していた。
つい先日までいた地獄の日々のこと。
『君のためのハーレム』というギャルゲー世界で君臨していたメインヒロイン。
誰もが羨む美貌であり、学力、運動ともにトップ。
なのに飾らずに、誰とでも分け隔てなく接することができて、男女ともから愛されていた。
完璧に思える彼女には特殊な性癖があって、多くの人に好かれている人のことが好きなのだ。
ヒロインとして破綻しているようなその性質に俺は耳を疑った。
価値のある人間に好かれること、それがまた自分の価値を押し上げる。
結局は彼女は自分自身のことが好きで、誰のことも好きじゃないのだ。
そんな彼女と結ばれてギャルゲー世界から脱却するために俺はステータスをカンストして、様々なヒロインと付き合い、泥沼の状況を突き進んできたのだ。
憎たらしくおぞましい存在であるヒロイン。
それが諸星凪だった。
「そんなわけない!」
俺は強く否定する。
「山田さんは……、山田さんは諸星凪とは違う! だってそうだろ。諸星凪は誰もが求めるスターみたいな存在で、山田さんは普通だけど、そんなところが心地良くて、俺にとっての心安らぐ居場所みたいな人なんだ」
「全部演技だよ」
「は?」
事態が飲み込めない俺は、かろうじて音を発する。
山田さんは回していた手をゆったりと解く。
「普通のふりをしていたのも、明るく天真爛漫に振る舞ってみせたのも、君を特別扱いしなかったのも」
「全部演技だったっていうのか」
「そうだよ」
彼女の一言にこれまでの楽しい思い出が全て崩れていくようだった。
「なんだってそんなことしたんだよ」
「うーん。楽しいから?」
山田さんが人の気持ちを考えていない顔で愉快そうに笑う。
奇しくもその醜悪な笑顔が諸星凪と重なった。
「というかそもそも何で諸星さんがこっちの世界に来て山田さんとして過ごしてるんだ! おかしいだろ!」
「おかしくないよ。だって君も私の世界に来たんでしょ? だったら私が君の世界に行くことだってあるのはおかしいことかな?」
指摘されてハッとする。
俺は以前ギャルゲー世界に転生して、最近そこから戻ってきたのだ。
体験している自分自身が一番分かっているはずじゃないか。
俺以外にはなんでありえないと思った?
俺は自分のことを主人公だとでも思っていたのか?
「その様子、分かってくれたみたいだね」
分かりたくなかったが分からされてしまった。
「君が諸星凪というのは認める。だけどどうして俺が普通だと分かったんだ。初めにあったのは食堂だろ? その時から気づいていたのか」
「食堂? 私たちが初めて会ったのはそこじゃないよ」
なにを馬鹿なことをいってるの、とでもいうように山田さんは笑った。
だったら俺は彼女といつ会っていたんだ。
「クラス替えの時か、同じクラスだからその時には会ってたといいたいんだろ」
それも違う、と山田さんは首を振る。
「だってその時はまだ君は普通になってないでしょ?」
それもそうだ。クラス替えの時点では俺は転生してなくて、高橋健のままだった。
そんな時に会っていたなんてひっかけ問題のような真似はしないというのか。
「残念だな、私たちの再会の地を忘れるだなんて。あー寂しい」
山田さんは身を震わせてわざとらしく悲しむ素振りをする。
「だったらどこで」
「ここ」
山田さんは地面を指差した。
「ここ、ここが全ての始まりの場所」
「なに言ってるんだ。ここは俺が一人で転生して、一人で転生から帰ってきた場所だ。誰とも会ってないはず」
「誰とも会ってない? それって本当? その賢くなった頭で思い出してみてよ」
試すように山田さんは俺に問う。
「いや、待てよ。あの時俺はネジを踏んで転んでた場所から起き上がって、その時に女の子に生徒手帳を拾ってもらった……まさか」
どうして誰とも会ってないなんて思ってたんだろう。
そんなことはなかった、ただ俺が会っていたとカウントしていなかっただけだ。
「その女の子って、平凡で地味で記憶に残らないような、こんな顔してたんじゃないかな?」
山田さんの口がゆっくりと弧を描く。
今の今まで顔も思い出せなかった女の子、それが山田さんだった。
それと同時にあることを思い出す。
「くっ」
「気づいた? 自分が犯したミスに」
「ああ気づいたさ。俺はあの時、自分の名前を口にしてしまった」
迂闊だった。
あの日、渡された学生証を確認した際のこと。
『よし、『普通』じゃないぞ』
そう俺は口走っていたんだ。
でも待てよ。名前を口にしたのは俺のミスとはいえ、よりにもよって転生した彼女が転生から戻ってきたばかりの俺に会うことなんてことあるのか。
「じゃああの日、君が俺の生徒手帳を拾ったのは仕組まれていたのか?」
「ううん、それは偶然」
なんだと。
「運命の悪戯? 神様の手違い? なんだっていいけど、私はその名前を聞いた瞬間にあなたが私と同じで転生してきたんだって分かったよ。また面白そうなことが起きるって。そしてそうなった」
面白いことが起きたことを彼女は知っている。つまり。
「後を付けてたのか」
「その通り。ほら、今の私存在感ないでしょ?」
山田さんは自身の胸に手を当てていう。
記憶力の良い俺が思い出せなかったなんて、なにか力が働いているのかもしれない。
「だからバレることはなかったんだ。久々に笑っちゃった、自分が前の自分とは違うことに気づかずに道すがら君は次々と女の子を救っていくんだもん」
ここまでくれば分かる。
里香、レナ、壇ノ浦、みんなに俺の正体を教えたのは山田さんだ。
「きっと家に帰ってから自分の身に起きたことに気づいて、そしてバレないように生きていくつもりだったでしょ? でも、そうならないように私がみんなに教えてあげた」
「よく分かったな」
彼女には俺の行動パターンが読まれているみたいだった。
「うん、だって私もそうだから」
山田さんはおもむろにシートを取り出して目元にあて、ゆっくりとなでおろす。
俺の知っている山田さんとは全然違うパッチリとした二重の大きく綺麗な瞳が露わになった。
諸星凪、その美貌と存在感から一度見たものは忘れられない美少女。
山田さんは中身こそ同じであれ、見た目があまりにもかけ離れている、そう思っていた。
目の前にある瞳は、誰もを虜にしてしまう彼女の瞳とよく似ていた。
「メイクって大きくするのは簡単だけど、小さくするのは大変なんだよね」
「わざわざなんでそんなことを……」
「せっかく転生したんだったら前とは違う人生を生きなくちゃつまらないじゃない」
山田さんはあっけらかんと告げる。
「地味だった女の子が実は磨けば光る原石でしたーって、乙女ゲームや少女漫画で一番美味しいシチュエーションじゃない。でも、あんなの元がよくないと無理だから。クラスのみんなにはいつか良いタイミングでバラすつもりなの、楽しそうでしょ」
「良い趣味してるよ」
「君もそうでしょ? 君もイケメンになって帰ってきたのに、それを隠そうとしている。分かるよ」
山田さんはうんうん、と頷く。
「バラすつもりは特にないけどな」
せめてもの抵抗に、俺と彼女の違うところを告げる。
けど本質的には同じだ。前とは違う人生を生きたい考えのもと行動していたということ。
俺は彼女の手のひらの上で転がされていたというわけか。
「余計なことをしてくれたもんだ」
「それはひどいなー。君と食堂でご飯を食べたことも、余計だった?」
あの日の光景が蘇る。
俺が一人で途方にくれていた日に手を差し伸べてくれた彼女のことを。
演技だったとしても事実、俺はそれに少し救われていた。
「それは……」
「私、君のこと好きだよ」
思わぬ告白に俺は言葉を失う。
「でも、死を恐れないで私のところに来てくれるのも嬉しいけど、私にとっては他の女の子に好かれている高橋くんが好きだな。君が今の女の子たちとの関係を続けてくれるなら、私は山田でいてあげるよ。君の居場所でいてあげるよ?」
甘い響きが脳を揺らす。
悪くないかもしれない。
「あ、いま悪くないかもって思ったでしょ? ね、君の辛さや境遇を本当の意味で理解してあげられるのは私しかいないんだよ? だから、できればもっといろんな女の子と仲良くしてくれると嬉しいな。そうすれば私はもっともっと優越感に浸ることができる。だから」
――――私のためのハーレムを作ってね。
「君のためのハーレム」
それが彼女が喜ぶために俺にできること。
ふと唇に柔らかいものが触れる。
目の前には山田さんの綺麗な顔があった。
「これは前払いだよ。じゃあね、また明日」
山田さんの顔が離れて、路地裏から去っていく。
一体何が起こったんだ。色んな感情押し寄せて頭の整理がつかない。
そんな中で、また明日という言葉になぜか安堵している自分がいた。
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