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第20話 三つ巴



 それからも俺はローテーションを続けた。


「健くん大丈夫? お腹痛い?」


「お腹、大丈夫だけど? ……いや、いたたたた」


 戻ってきた俺は里香に声をかけられた俺は軽くお腹をさする。

 トイレが長くて里香は心配してるんだ、それに乗らない手はない。


「じゃあ、この上海焼きそば食べられないか……」


「それ、1番人気のやつじゃん」


 他の子と回ったり着替えたりする中で、一際列を作る店があったのを覚えている。

 周囲の人の話に耳を傾けて知ったが、なんでも五つ星ホテルの中華の秘伝の焼きそばらしい。

 それだけでもネームバリューがあるというのに、今日は料理長が自ら作っているのだという。


「うん……。あ、一口どうかな? 滅多に食べられないみたいだし。ご、ごめん。お腹痛いよね……?」


「ん、一口だけなら」


 俺は焼きそばをほんの少し箸でつまんで口に運んだ。

 味は極上で、シンプルな具材と味付けなのに奥行きがある。俺の舌ではこれ以上褒める言葉が見つからないくらい美味かった。


 全部食べずに一口だけすする俺の姿をみて、それでも里香は「健くんが喜んでくれた」なんて無邪気に喜ぶのだった。


「にいに、どこー」


「ここだよ、レナ」


 会場でひとり、ふるふると寂しそうに左右を見渡すにレナに、俺は後ろから声をかける。


「あ、にいにいた!」


 迷子になっていた子どものように、さっきまでのことをケロッと忘れて笑顔になる。

 レナの、俺の前だけで見せる笑顔。


「はい、にいに! 食べて食べて!」


 レナはたい焼き、チュロス、モンブラン、台湾カステラ、クレープと両手で抱えきれないほどのスイーツを持っていた。


「それって……」


「どれが良いか選ぶの難しかったから、たくさん買ってきた!」


 普段は冷酷に感じられるほど澄ました表情のレナ、そのレナがにこにこと期待するような視線を注いでくる。

 野良猫が飼い猫になったみたいな温度差だな。

 

 でも、さすがにこの量は……。

 本当にスイーツ制覇するつもりか?


「ごめんにいに、食べきれないよね。私だけはしゃいじゃった」


 レナは力無く笑う。

 

「俺ひとりじゃちょっと厳しいかも、持ち帰ってミイナちゃんと食べるのはどう? きっと喜んでくれると思うな」


「うん、そうする……」


 

 全て食べないのは流石に悪いので俺は、数あるラインナップの中からクレープを食べることにした。

 それ以外は持って帰られそうだからな。


 といってもクリームたっぷりのクレープは胃にずしっとくる重量級選手だ。

 くっ、何か飲み物を飲んで流し込みたい。


「にいに、これ飲んで」


「ありがとう、レナ。あがっ!?」


 渡されたカップのストローを勢いよく吸い込むと、すぽぽぽんと喉に丸いものが甘い液体とともに飛び込んでくる。


「にいに、だいじょうぶ?」


 なんだこれは、とカップをみる。


 た、タピオカミルクティー!? 

 飲み物まで甘いだと!?


「驚いただけだ、美味しいよ」


「良かった。甘めにしてもらったんだ」


 甘いタピオカミルクティーをより甘く?

 すごい? 褒めて? と言わんばかりのレナに俺は何も言えなくなる。

 甘いものに囲まれてるのに、苦笑いしか浮かべることができなかった。

 

「高橋どこいってたんよもー!」


「壇ノ浦がトイレに行ったからはぐれたんだよ」


 合流した俺は肩をすくめる。


「うちのせいにするつもり? 連絡もなかなか繋がらんし」


「この人混みのせいで、通信が悪いんじゃないのか」


 ううむ、そうかもなぁ、と壇ノ浦は納得していた。


「でも、こんなセクシーなうちを一人にするなんて。ほんま男が放っておかんで?」


「ん、男なんてどこにもいないが?」


「さっきまで何人か話しかけてきててん! んま、ちょっと会話したらどっか行ったなあ。きっと、うちの圧に負けたんやな」


 美しすぎるのも困ったもんやわぁ、としたり顔で喜ぶ壇ノ浦の手のひらに、俺はそっとブレスケアを数粒置いてやる。


「うちの息、くさすぎっ!?」


「にんにく系食べ過ぎだって」


 本当は壇ノ浦の言う通り美人すぎて気圧されたんだろうけど、それは気に食わないので茶化す。


「なあ、うち臭くない? 匂ってくれん?」


 ブレスケアを飲んだ壇ノ浦が俺に顔を寄せる。


「え、いやだよ」


「ほんまお願いやん」


 両手を合わせて体にしなを作る壇ノ浦。

 ええー、と俺は引きながらも、ここで機嫌が悪くなられても面倒だなと渋々承諾した。

 

 正面から徐々に迫ってくるぷっくりとした唇が脂のせいで、てかっていて艶かしい。

 突如、壇ノ浦がさっと顔をずらす。


「ふー」


「おわぁっ!」


 こいつ、耳に息吹きかけやがった!


「なあ、ドキッとした?」


「ドキッとなんてするか。もう試すのは大丈夫だって俺たちは友達だからさ」


 性欲に左右されない、と俺は告げる。


「ちぇ……」

 

 しかし、壇ノ浦は面白くなさそうな顔をして地面を蹴るだけだった。

 どういうこと?

 

 それからも時間を見計らって、着替えては合流を繰り返す。

 山田さん、里香とレナ、壇ノ浦が買っていた食べ物たちを、自分が他で並んで買ったことにして、その次の女の子に渡すことで誤魔化したりもした。

 しかし、少しずつ女の子たちの不満は溜まっていくようにみえた。

 

「健くん、またトイレ?」

 

 里香が心配しつつも呆れが混ざっている表情を浮かべる。

 

「にいに、置いてかないで」


 レナが俺の裾を掴んで離そうとしない。

 

「高橋あんたはぐれすぎやで」


 壇ノ浦はへそを曲げている。


「高橋くん、随分と食べ物持ってきたね。私のと交換こだ!」


 しかし、山田さんは自分が買ってきた食べ物と、俺が持っている食べ物を入れ替えて、沢山種類が食べられると喜んでいた。


 山田さんといるときが、まるでオアシスのように思えた。


「山田さんお待たせ」


「……あなた、誰ですか?」


 山田さんが怪訝な顔を浮かべる。

 どうしたんだろう。


「すみません……間違えました!」


 やっべー!

 何回かローテーションしてくなかで変装するの忘れてイケメンスタイルで話かけちゃったよ!

 

 その場を離れてから、さっと着替えて山田さんの元へと戻ってことなきを得る。

 さすがのチートボディの俺でもこのクアトロブッキングによる疲れで、徐々に気が緩んでるみたいだ。

 気を引き締めないと。




「健くん、お腹いっぱいになったから小休憩しよ!」


「お、おう! そうしよう! うっぷ……」


 里香の救いの言葉に俺はたまらず乗ることにした。

 いつもの四倍の食事量に整腸剤をもってしても限界を迎える所だったのだ。

 

 ほんっとあざす! あざすの神!


「フードフェスだけどステージがあるみたいだよ。今なにやってるんだろうね」


「分からないけど、ひとまずそっちに向かおうか。なに観ても良いだろ」


 ご飯を食べ続けるよりはなんだっていい。


「なにを見るかじゃなくて誰と見るかだよね。へへ」


 ご飯の匂いが漂うここから、一刻でも早く離れようと俺は里香の手を引く。


「あ、健くん。ちょっと強引。んま、それもいいかも……」


 ステージ前に到着すると、司会者の勢いのあるアナウンスが耳に飛び込んでくる。


『お次は美少女揃いのロックバンド、【バンドエイド】だ! 高校生ならではのフレッシュな演奏観せてくれよ!』


 これからちょうど演者が変わって始まるみたいだ。


「あ、朝陽たちじゃん」


 見知った顔に俺は反応する。

 ライブ衣装に身を包んだ朝陽と、前に食堂で俺を咎めてきたメンバーたちがステージへと登壇する。


「ほんとだ。こんなところに立てるなんてすごいね!」


 俺は頷いて里香の言葉に同意する。

 人でごった返すフードフェス会場。食べ物が主役とはいえ、多くの人が俺たちと同じように食べる休憩として足を運んでいる。

 その人数は百を裕に超えていて、小さなライブハウスとは比較にならないだろう。


「顔面偏差値たっか」

「俺はドラムの子かな」

「ベースのクールな感じもいいぞ」

「ボーカルの子イケメンじゃない?」


 観客たちはバンドが出るや否や、口々にそのルックスを評価した。


 あのバンド、美形が集まってんだよな。

 アナウンスがあったように美少女揃いというのも納得だ。

 

 しかし、俺的にはセンターの朝陽が1番整っていると思う。けれどやっぱり男より女の子の方が運営も押し出しやすいのかもしれない。


「初めまして、【バンドエイド】です」


 短い自己紹介からの第一声、朝陽の女性顔負けのハイトーンボイスが人混みをかき分けて鼓膜を揺らす。


 それだけで会場の様子は変わった。

 見た目の品評会ではなくライブを楽しむ空間になったのだ。


 場を盛り上げるカバー曲から始まり、オリジナル曲も交える。

 高校生が作ったものなんて拙いことも多いはずなのに、なんか良い。

 なにより堂々と演奏していてかっこよかった。


「やっぱ朝陽ってすげえな」


 ステージを見終えて、でてきた感想がそれだった。


 朝陽は見た目の良さから、やっかまれることが昔からあって、俺がでしゃばって救うことがあった。

 俺は昔、自分を主人公と思って悪いものを懲らしめるのもいとわない奴だった。

 いつしか現実を知ってモブになったんだけどさ。


 久々に再会した朝陽は主人公のようになっていた。

 イケメンでバンドでボーカル、メンバーは美少女だらけ。

 才能だけじゃない。俺の知らぬ間に努力して掴み取った物なんだなと思い知らされる。

 

 

「音楽のこと詳しくわからないけど、とっても良かったと思う」


 里香がうんうん、と頷いていた。


『続いては、【魔法少女ういっち】のヒーローショーだああ!!』


 余韻がさめやらぬまま次のステージが始まろうとしていた。


 ん、ヒーローショー?

 なにか忘れているような。


「にいに、どこいったんだろう。一緒に見る約束したのに……」



 近くで、冷たく透き通るな声がした。

 その聞き覚えのある声に、顔を向ける。


 やっぱりレナじゃん!

 嘘だろ、俺が朝陽のバンドに夢中になってる間にヒーローショーの時間になってたなんて。




「あ、桐山さんだ。彼女っていつもひとりでいるからこういうところ来ないと思ってたからちょっと意外かも」


「まあ、傍からどう見えてても人のことは分からないもんだなー。なあ里香、また何か食べに行こうぜ」


 とりあえずこの場を離れたい俺は、里香の話をそこそこに切り上げる。

 ステージを後にしようとすると人混みの中でぶつかってしまう。


「おっと、すみません」


「うちこそすんませんなあ。って……高橋?」

 

「壇ノ浦? どうしてここに?」

 

 やばいやばいやばい。


「この後にカラオケステージがあってな、飛び入り参加できるいうみたいやからエントリーしにきたんよ」


 そんなことより高橋、と壇ノ浦は続ける。


「あんたこんなところでなにしてんのよ」


「いや、それは……」



『ちょっと待ちぃ、フードフェスを乗っ取るのはわっちらじゃ!』



 焦りすぎて妙にクリアになる思考。

 どう考えてもまずい状況だというのにヒーローショーが耳に入ってくる。

 現実逃避なのかもしれない。

 


「どうしたの健くん?」


 どう切り抜けるか考えていると、里香が後ろから顔を出す。



「あんたは、泉里香」


「壇ノ浦先輩?」


 二人とも「どうしてここに?」「なぜ親しく話しているの?」という疑問が顔にありありと浮かんでいた。


「わ、初めましてですよね! 泉里香です。先輩、うちの健くんに何か用ですか?」


 里香は学校でみせる派手なギャルの話し方へと切り替える。

 

「あらあら、うちの健くん? 高橋と随分仲ええみたいやん。うち高橋と仲めっちゃいいのに知らんかったわ」


 壇ノ浦は笑顔で対応する。

 怒ってないみたいだ。

 

 いや、その笑顔、信じていいのか?


 あ、額のところ血管がピクピクしてる。

 表では和かでも裏ではキレてる、京都人特有のやつだ……。

 おー、こわ。


「へえ健くん、壇ノ浦先輩と仲良かったんだ」


 いがーい、と里香は言いながら俺を虚ろな瞳で見つめる。

 ひえ。


「でもごめんなさい。健くん今日は私と二人っきりでフードフェス回ってるとこなんです。先輩からはお一人で回ってくださいね」


 里香は二人っきりという部分をやけに強調していう。

 そして、里香は俺の手を繋いでくる。

 『恋人練習』とはいえ、いつも自分からはしてこないのに。

 

「なに寝言いってんのやら。高橋はうちとフードフェス回ってるねん。横入りせんといてくれる?」


 せやんなー、高橋、と壇ノ浦が里香が握ってる手とは反対の俺の腕を組んでくる。

 むにゅっと柔らかい感触が俺の腕を挟む。


「ちがう」


 突如、後ろからぎゅっと抱きしめられて俺は首だけで振り返る。

 

「にいにと一緒に回るのはレナ。みんな邪魔、消えて」


「桐山さん?!」


「桐山?!」

 

 里香と壇ノ浦に足止めされたせいで、レナが俺に気づいたみたいだ。

 右には里香、左には壇ノ浦、後ろにはレナで、逃げ場がない?!

 

「健くん妹いなかったよね?」 

 

「にいにってどういうことなんや?」


 左右から鋭い声が飛んでくる。

 胃がキリキリと痛む。


「にいにはにいにだよ」


 説明になってない説明ありがとうレナ。


「なあ、もしかして、あんたが時々いなくなるのってうちとこの子たちの予定被らせてたからとちゃうやんな?」


 壇ノ浦が核心をつく質問をする。


「それはだなあ……」


「たしかに、トイレにしては多いと思ってたの。私心配してたのに。ねえ、なんでそんなことしたの健くん。ねえ?」


 ぎりぎりと俺の手を握る里香の力が強くなる。


「にいに? 他の女といるなんてレナ許せない!」


 レナが普段出さないような大きな声を出す。

 

 だって、断ると首輪のせいで死んじゃうんだもん!

 そう言えたらどれだけ楽か、そんなこと言っても誰も信じないだろう。


 そうじゃなくてもいま死にそうなんだけど。

 ちくしょう、クワトロブッキングは無理があったんだ。

 正直無理って思ってました! いけるとか思い込もうとしてただけなんです!


「ねえ、健くん!」

 

「なあ、高橋!」


「にいに!」


 美少女たちが俺を囲っているせいで、ヒーローショーそっちのけでこちらを見ている人もいる。

 


『悪の女幹部たちが勢揃いだ! このままじゃフードフェスがめちゃくちゃになっちゃう! みんなで助けを呼ぼう! せーの』



 ヒーローショーを見ている子ども達が、アナウンスの呼びかけとともに叫ぶ。


 

「「「「助けてー!!!」」」」


 

 誰か、助けてー!!!



「君、ここでなにしてるの?」



 終わった。

 こんな俺に助けがくることなんてなく、正面には山田さんが立っていた。


 

 最悪だ。


 

「知った名前が聞こえてきたから来たけど、もしかして……君は……」



 モブスタイルじゃない俺をみて山田さんが呟く。

 どうやら里香と壇ノ浦が俺の名前を呼ぶから、山田さんの頭の中でフルネームで繋がったみたいだ。


「いや、俺は高橋健だけど、君の知ってる高橋健じゃないんだ!」


 最後の抵抗として、ただの同姓同名という無理がある言い訳をしてみる。

 なにか、なにか、状況が変わってくれ!

 

「でも、あの時話しかけてきた人と同じ見た目……」


 なにも変わらなかった。

 

 くそ、変装を間違って山田さんに話しかけてしまった事が足を引っ張る。

 あそこでミスらなければ誤魔化せたかもしれないのに。

 いや、きっと無理だったんだろう。


「あなた誰? なにみてるの?」


 レナが冷たい視線を山田さんに浴びせる。


「あの私は、今日一緒に、彼とフードフェスに回ってて……ええっと」


 山田さんが怯えた様子で答える。

 普通の子である山田さんが怖がってしまうのも無理もない

 里香や壇ノ浦のような七女の大罪たちとは違って、レナは住む世界が違う遠い存在なのだろう。


 

「あんたもかいな」


「健くんもう他にいないよね?」

 


 壇ノ浦が呆れ、里香の手の力が万力のごとく締め上げてくる。いたいいたい。

 

  

「どうなってるのその状況? 君が実はイケメンで……、それで女の子に囲まれて……、私たち四人と同時にフードフェスに回ってるなんて」


 

 情報処理が追いつかないのか山田さんがこちらをみて狼狽えている。

 オアシスは一気に地獄へと変わってしまったようだ。


 

「山田さん、これには訳があるんだ!」


 

 言葉の続きを告げる前に、山田さんは肩を震わせて、口元を抑えながら走り去ってしまう。

 目元から溢れた僅かな水滴をその場に残して。



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