第18話 井の中の蛙
昼休みの賑わう食堂。
俺は朝陽と向かい合って食事を摂っていた。
今日も俺はBセット、ラーメンにライスの炭水化物の組み合わせはいつだって高校生の味方だ。
うん、うまい。
俺が舌鼓を打っているなか、周りからはひそひそと囁きあう声が聞こえ、視線を感じる。
これまで、イケメンの朝陽に憧れを抱いた下級生の女子が好意の視線を寄せているのを隣で感じることはあったが、最近は違ってきた。
その視線の先は朝陽じゃなくて俺だ。でも全然嬉しくない形だった。
「なんであんな奴が朝陽さんと一緒にいるの?」
「不潔なんですけど」
俺が七女の大罪のうちの三人に呼び出されたあの日以来、こうした声は絶えない。
「おい健。健、聞いてるかい?」
「ん、ごめん。なんかいってたか」
周囲の声に気が散って、目の前の朝陽に対する意識が疎かになっていたみたいだ。
「最近僕たち遊びに行けてないよねって話」
「ああ、朝陽結構忙しいもんな」
ラーメンをすすりながら俺は答える。
これまで『恋人ごっこ』とか『お兄ちゃん契約』に『友達練習』があって休日が潰れていたのもあるけど、そもそも朝陽が軽音部の活動があって予定が合わないのだ。
「そうなんだよね。最近は練習練習の毎日だよ。ライブ終わったら久々に遊ぼうか」
「おう、分かった。そこまでこんを詰めるってことは大事なライブなのか?」
「フェスだよ」
「フェス?! めっちゃすごいじゃん! いつの間にそんなことなってたんだよ」
朝陽がバンド活動にかなり本気で取り組んでいるのは知っていたけど、そこまでになっているのは知らなかった。
「えーと、フェスといってもフードフェスなんだよ」
フードフェス? と俺は朝陽の言葉を繰り返す。
「普段店を構えてるような飲食店が屋台みたいな感じで販売するんだ。しかも、有名店から知る人ぞ知る店まで、100店舗以上の飲食店が一堂に会す大型なイベント。飲食だけじゃなくてステージも用意されていて、様々な人たちがパフォーマンスをするんだけどそこで僕たちもライブをする予定なんだ」
「なるほど。それでもすごいじゃん。誰でもステージに立てるわけじゃないだろ?」
文化祭やライブハウスで学生たちだけがするライブとは違うなと、素人でも思う。
「まあ、オーディションは抜けたかな」
「朝陽、歌も演奏も上手いもんな」
「照れるけど、嬉しいな」
朝陽は照れくさそうに頬をかく。
その仕草に周りにいる女子が熱い視線を向けている。
それと同時に俺には憎悪を含んだ視線が向くが、気にすることなく俺は疑問を口にした。
「てか、この街でそんなイベントあったっけ」
俺が過ごしてる間でそんなの聞いたことなかったぞ。
もしやリア充たちは普段そんな所にいくのか?
「町おこしの一環で開催は今年からなんだってさ」
ふう、よかった。
俺がモブだから知らないわけじゃなかったんだ。
「なあ、良かったら見にきて」
「ねえ、朝陽」
朝陽の言葉に被せるように不意に声がする。
テーブルに三人の人影が落ちる。
俺は視線を横にやると女の子が三人立っていた。
「昼練行くわよ」
黒髪ロングで冷たい表情のクール系の女子が、腕を組みながら高圧的にいう。
「行くっすよ朝陽さん!」
ドラムスティックを両手に持つショートヘアの女子が、元気いっぱいな声をあげる。
「……」
青い髪に黒マスクをした女子が、朝陽の制服の袖を引いている。
彼女たちは朝陽のバンドメンバー。
メインボーカルでギターの朝陽を取り囲むように見事にメンバーが女子だけ。
そこにイケメンがいたらどうなるか。
そう、ハーレム状態になるなんて想像に難くない。
もともと朝陽の近くに俺という異分子がいて厄介そうにしていたのに、最近の噂によって、より煙たがられるようになってしまったのだ。
「ちょっとみんな。今日は昼練なかったはずだろう。久々の健とのご飯なのに……」
「いいから、いってやれよ」
俺はひらひらと手を振る。
さっきから三人から冷たい視線を向けられてんだよな。てか突き刺さってる。
俺のような鋼のメンタルがなければこの視線耐えれれないだろ。
はあ、前からバンドメンバーの俺に対する印象があまり良くなかったみたいだけど、最近では悪いにまで偏っている。
腫れ物扱いされてる俺と一緒にいることで、朝陽の高校生活を邪魔したくない。
俺は朝陽を見送り、ひとりテーブルでラーメンのスープに米を浸して口へと運んだ。
◆
「君、そんなもの食べてちゃダメなんだよ?」
喫茶店席で隣から、制服の上からエプロンを着た山田さんが俺の顔を覗き込んでいう。
俺が食べているのはナポリタン。喫茶店っぽくていいなと注文してからハマってそれ以来これだ。
カフェオレとの組み合わせがいい。ぶっちゃけ食べ合わせとかわからんけど。
「そうかな。美味しいよ?」
「美味しいのは分かるけど。同じものずっと食べてると舌が馬鹿になる」
山田さんは人差し指を立てて、めっ、と注意する。
僕が作ってるものなのにな、とマスターは呟く。
「君、食堂でもいつもラーメンにライスでしょ。麺類ばっかり」
「まあね、俺めん食いだから」
山田さんが、ぷっ、と吹き出す。
お、ウケた。
「もー、なに? ふざけないでよー、こっちは心配していってるんだからー」
笑いながら山田さんの柔らかい手の平が、俺の肩をぱんぱんと叩く。
ウケたことと、スキンシップをされている喜びで俺の顔がだらしなく緩んでいるのを感じる。
へへ。嬉しい。
この空間がたまらない。
山田さんはいつの間にか目尻に浮かんだ雫を払いながらいう。
「色んなもの食べないといけないよ?」
「んー、どうして? 一途っていいことじゃん」
「一途なのは美德だけどさ。最初から一途っていうのは違うかな」
どういうことだろう、と疑問が浮かんでいる俺をみて、山田さんは続ける。
「最初から一途って聞こえはいいけど、それってさ。なにも知らないでこれが好きっていうのと同じだと思うんだ」
「うーん、井の中の蛙ってこと?」
そうそれ、と山田さんが頷く。
ーーーー井の中の蛙、大海を知らず。
中国の『荘子』からくることわざだ。
カエルにとって井戸の中だけが住む世界だったけど、大海に出て広い視野を得ることを示す。世間知らずな人を批判する言葉だ。
「井の中が悪いとは思わないよ。井の中は居心地がいい可能性だってあると思うし。だけど大海に出た蛙が世界を旅して、色んな世界を知ったけどそれでも井戸が好きっていう方が本物だと思う 。あのことわざの続きのストーリーがそうだったらなって考えるの。その経験を経て言われた方が井戸も嬉しいんじゃないかなって」
井戸側の視点なんて考えた事もなかった。
「だから、色んな美味しいものを知った後に、やっぱりこれが一番好きっていう方が価値があるって私は思うんだ」
でしょ、と山田さんは笑う。
山田さんの考えは一理あるな、と俺は頷いた。
「だけど俺は井の中の蛙がいいな。安全で平和で過ごしやすそうじゃん」
まさに俺の夢みる生活にぴったりだ。
「そっか。人それぞれだよね」
山田さんはそう呟く。
「ていうかさ。君って本当にめん食いかもね。だって泉さんと話せたり、桐山さんが尋ねてくるし」
「いや、あれは……なんともないんだって」
ご飯の話をしているつもりがなんでこんなことになってるんだ?!
「ふーん」
山田さんは半目になって俺をじとーっと見つめる。
俺はメガネの奥で視線を泳がしているとレンガの壁にとあるポスターをみつけていう。
「あ、フードフェスだったら色んな食べ物がたべられそうだね」
そこに貼られていたポスターは朝陽が昼食のときにいっていたフードフェスだった。
「あぁー、フードフェスいいんじゃないかな。色んなご飯が食べられるし。私も行きたいなあって思ってたんだ、なにが食べられるのかなー」
ポスターに目をやりながら山田さんがいう。
「ねえ、山田さん」
「ん、なに?」
山田さんが俺に向き直って首を傾げる。
心臓が早鐘を打つ。乾いた唇を舌で潤して、意を決していう。
「俺とフードフェスいかない?」
「いいね、行こ」
二つ返事だった。
「一緒にいくとシェアできるし、その分たくさんの種類のもの食べられるからいいこと尽くしだね」
いっぱい食べるぞー、なんて山田さんは意気込んでいた。
俺は、その横で心の中でガッツポーズを取った。
それからルンルン気分で家につき、シャワーを浴びて身支度をすませて、高揚感を覚えながら布団に倒れ込む。
これはデートなのか?
山田さんはそんなつもりじゃなさそうだったけど。
まあいい。行く人がどう思うかが重要だ。
ギャルゲー帰りのおかげで百戦錬磨のはずなのに、俺の心は高鳴ってしまう。
ぶぶっ、ぶぶっ、と低い振動音がする。
テーブルにおいていたスマホが連続で震えていた。
「んー?」
俺はのそのそと体を起こしてスマホを取る。
ディスプレイをみると連絡は三通、それぞれ違う人物だった。
しかし、示し合わせたかのような内容に俺は驚愕する。
『健くん! フードフェスがあるんだってさ! いこー?』
『にいに、フードフェス一緒にどうかな?』
『高橋、フードフェスって知ってる? うちらで行かへん?』
なん、だと……。
お読みいただきありがとうございます。
皆様のおかげで現在ラブコメ日間3位になりました!
週間9位にもなり表紙入りできる5位に迫る勢いです!
今日はあと夜の1話投稿します!
このまま1位を取って作品をもっと多くの方に読んでもらいたいと思っています!
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