第15話 里香とお家デート
昼下がりの住宅街、立ち並ぶ一軒家のインターホンを鳴らした。
ドアの隙間から顔だけ見えるように出てきたのは、気恥ずかしそうな顔を浮かべた里香だった。
「健くん、いらっしゃーい」
玄関から覗くピンクの毛束が、里香が顔を出したのと同時に揺れていた。
いつもは髪を下ろして巻いている髪型だけど、今日はシュシュを使ってツインテールにしているようだ。
「そんな少しだけドアを開けられても、入れないだろ?」
「え、だってえ……」
「へー、里香が呼んでくれたのに俺を家に入れたくないんだ」
なんて俺はわざとらしくしょげてみる。
「か、かわいい……。って、ち、違うっ! 入れたくないわけ、じゃないけど……」
「入れたくないわけじゃないけど?」
「うぅー、ええっと……」
それからもあーだの、うーだのもじもじとする里香に俺は焦ったくなりドアを開ける。
すると里香の全容が現れた。
「健くん。どう、かな?」
もこもことした見た目のピンクと白のボーダーパーカーに、同じ素材のショートパンツ。
可愛らしいデザインが女の子に人気なルームウェアブランドで揃えられていた。
パーカーの下に着込んだキャミソールは首元が空いていて、パウダーをつけているのだろうかデコルテがキラキラと輝いている。
「かわいいよ。似合ってる」
「ほんと? ほんとにほんと?」
「ああ、本当だ。嘘じゃない」
「やったぁ、嬉し」
里香は両手でぎゅっとパーカーのフードを掴みながら口元に寄せて、弾む声をあげる。
その姿はギャルゲー世界で数々の美少女をみてきた俺からしても、かわいいと思えるものだった。
里香は高校デビューみたいなもんだから、学校で七人の大罪のうちの一人の美少女に選ばれたとしても、根本では自信があまりないんだろう。
俺も元々はモブでギャルゲー世界から帰ってきた特典みたいなもんでこの顔になったから分からなくもないが。
里香には自信をつけてもらって、早く『恋人ごっこ』から卒業してもらいたい。
「さあ、入って入って」
褒められて上機嫌になった里香が手招きして、ようやく俺を家へと入れてくれた。
そして案内されたのは里香の部屋。
白い壁紙に白いベット、グレーのラグにはローテブルが置かれている。
本棚には少女漫画にファッション雑誌といったものから、教科書や参考書というお堅い本が並んでいた。
「そんなじろじろみないでよー」
「ごめんごめん。里香っぽいなって思ってさ」
「私っぽい?」
「かわいいところがあるけど、根は真面目な感じとかが里香っぽい」
かわいいかなぁ、なんて体をしならせがら里香は喜んでいる。
初めの言葉しか聞いていないみたいだ。
「里香からデート内容を考えてくれるなんて初だよな」
いつもは恋愛経験豊富と思われている俺が『恋人ごっこ』で里香に教えるためにデートプランを考えていた。
しかし、今日は里香の提案で『おうちデート』だった。
「うん、外に出かけるのもいいけど『恋人ごっこ』するからにはおうちデートも経験しなくちゃじゃん?」
一理あるけど、初めてのデートプランを考えるのがおうちデートってハードル高い気もしなくもないぞ。
出来ることが少ない分、暇になる可能性もあるし。
「だから、はい! 健くんにはこれ着て過ごしてもらうんだから」
里香がクローゼットから勢いよく取り出したのは、もこもことした洋服だった。
ちょうど里香が着ているのと同じような服。
だけど里香のとは違って、ボーダー柄のピンクの部分が青になっている。
「健くんに絶対に似合うと思って」
ふわふわもこもこのかわいいやつを俺が?
女の子が着る分にはあざとさもありつつもかわいいなとは思うけどさ。
「もしかして今日のために買ったのか?」
「うん! お揃いが良くて、私のも買ったんだー」
もしかしたらそうかも、とは思っていた。
なぜなら、前に里香がアシカのぬいぐるみと自撮りを送ってくれたときのパジャマ姿とは違っていたからだ。
当のアシカのぬいぐるみは、ベッドのフチで行儀正しく座っている。
このぬいぐるみはシカちゃんというなんとも変わった名前だ。
普通アッシーとかじゃないのか。
シカって他の動物にいるというのに。
それにしても里香は、今日のために買うなんてすごい気合の入りようだ。
ルームウェアで人気のブランド、高級品じゃないとはいえ安くはない。
それをセットで二人で買うなんて。
「着てくれないの?」
里香の服を持っている手が力なく下がる。
イケメンになったからきっと似合うんだろうけど、こんなかわいい服、着れるわけないよなあ、なって考えていると頭でアラームが鳴る。
はいはい、わかりましたよ。
着るしかないみたいだ。
「分かった。着させてもらおうかな」
俺が心の葛藤を押し殺して返事をすると、里香が安堵し、それから期待するような眼差しを向けてくる。
「きゃー! 健くんかわいいー!」
「そうか?」
着替え終えた俺の周りで里香が手放しに褒めていた。
「うんうん! 思った以上に似合っててかわいすぎだよー。自撮りしていい?」
「いいよ」
女性が男性に対してかわいいという感情がわからない。
ただからかっているだけなんじゃないかと疑ってしまうけど、隣で嬉しそうにスマホを構えて写真を撮る里香をみていたら本当なんだろうなと思う。
「わー、めっちゃいい感じに撮れた!」
里香はお揃いとか恋人っぽいことをするのが好きなんだろう。
この前、ボールペンもくれたし。
一緒のルームウェアを着てひとはしゃぎした後、これからどうするんだろうと待てど暮らせどなにもない。
「里香? これからなにするんだ?」
「え、これから……?」
里香はきょとんとした顔を浮かべる。
「里香が今日はデートプランを考えてくれたんじゃないのか?」
え、えへへーと、里香は照れ笑いを浮かべ。
「一緒の服を着ることに頭がいっぱいで考えてなかった、ごめんなさい」
なんだと。
前から感じていたが里香はちょっとポンコツなところがあるかもしれない。
「ええっとええっと、おうちデートは一緒にゴロゴロするのもいいんだって」
ゴロゴロって、具体的にはなにもしないということだ。
「二人して一緒にベッドで寝るってこと?」
「私のベッドに健くんが……?!」
少しからかってやると、里香は分かりやすく頬が紅潮させる。
見た目は派手で男遊びをしていそうだけど、本当は恋愛を夢見る無垢な少女だ。
そして心にトラウマを持ってしまった可哀想な子だ。
「なんてな、ケーキ持ってきたから一緒に食べようぜ」
俺は手土産で持ってきていたを取り出す。
プランを考えてくれるとはいえ、全て相手に任せきりっていうのもな。
家に呼ばれたんだから手土産くらい持ってくるさ、まさかほぼノープランとは思わなかったけど。
持ってきたケーキと里香が淹れてくれた紅茶をローテーブルに並べて、二人して食べる。
里香が自分の部屋だっていうのに辺りを見回して落ち着かない様子だ。
俺はケーキを一口運んでから尋ねる。
「そんなそわそわしてどうしたんだ」
「私、男の人家に招いたことないから隣に健くんがいるのってなんか変な感じで……。てか私より健くんの方が落ち着いてるのなんでなの」
里香はこれまで男と付き合ったことがないならそうなるよな。
「まあ俺は女の子の家に行くのは初めてじゃないからな」
「そうだよね。こんなにかっこよかったらこういうことも慣れてるよね。ってごめん、そんなこと言われても困るか」
「俺は困らないよ。それよりも里香の方がなんか嫌そうな顔をしてるけどな」
「わかってたことだけどちょっと気になちゃって……」
里香は少し落ち込んだ表情を浮かべる。
「ねえちゃーん、お小遣いちょーだい」
突然、小さな男の子がドアを開けて元気よく入ってきたが、俺をみて固まっていた。
俺も彼をみて固まる。
「あ、あやと?! どうしてうちに?! 遊びに行ってたんじゃなかったの」
「遊んでたんだけど、まさしくんと駄菓子屋さんに行くことになったから帰ってきたんだ。でもお小遣いなくて……」
「計画的に使わないといけないってあれほどいってるのに。200円あげるから早く行っておいで」
「え、いいの?! ありがとー!! 今日はねえちゃん優しい」
「あやと? 今日は、は余計だからね?」
あやとくんは里香からお小遣いをもらったあと、誰だこの人はという胡乱な瞳を俺に向けていた。
俺は彼に目線を合わせて自己紹介する。
「初めましてあやとくん、俺はお姉さんの同級生の高橋健です」
「たけるって、お姉ちゃんが最近家で話してるひとだ!」
「ちょ、ばか! なにいってるのあやと!」
うろたえる里香。
そんな中、あやとくんの口から爆弾が投下される。
「それとねお兄ちゃん、ぼく初めてじゃないよ! 銀色のキレーな髪のお姫様と一緒に公園で遊んでたのみたことあるよ!」
くっ、誤魔化せなかったか。
【知力】のパラメーターが上がって記憶力が抜群だから、一目見た時にあの時に居た子だと分かっていた。
「んー、そうかな? 俺は初めてだと思うけどなー。じゃあねあやとくん。行ってらっしゃい」
面倒なことになる前に俺は弟くんに手を振ると「うん、いってきます!」と手を振って出て行った。
気まずい空気が流れる中、ケーキを食べ終えて、俺は紅茶を口にしていた。
里香はもうなくなっている紅茶のティーカップに口をつけて、自分の手持ちぶさたを誤魔化していた。
それを指摘するほど俺も野暮ではない。
そして里香がカップに六度目に口をつけた後、意を決したように俺をみた。
「ねえ、健くん。一緒にベッドでゴロゴロしよ……?」
そして、赤みが刺す頬のまま続ける。
「『恋人ごっこ』だったらさ。もっと先のこともしていいよね」
「え、それは……」
いくらなんでも『恋人ごっこ』の範疇を越えるのではないだろうか。
越えるのは年齢制限的な意味で。
「私って、価値ない? 汚れてる?」
俺が戸惑っていると里香は仄暗く落ち込んだ瞳でいう。
フラッシュバックのときのような感情になっているんだろう。
「そんなことない。そんなことなんて、ない」
「だったら一緒に寝るくらいいいじゃん。なにもしないから」
それって男のいうセリフじゃないか。
ギャルゲー世界では病んでいるヒロインが出なかったらどう対処すればいいか、分からない。
今すぐにも崩れ落ちそうな女の子を前に俺はただ頷くことしかできなかった。
俺たちは二人並んでベッドに横になっている。
厳密には俺が胸元で里香を抱きしめるような形だ。
もこもこのウェアの上からでも女の子特有の柔らかと細い腰つきの曲線を感じる。
里香の髪から甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。
「安心する……」
里香は俺の胸に頭をぐりぐりと擦り付ける。
「ちょっとくすぐったいぞ」
「いいじゃんこれくらい」
まあ、これくらいなら。
「ねえ健くん、銀色の髪のお姫様って誰?」
突如思いもよらぬ方向から槍が飛んできた。
里香は顔をあげて落ち窪んだ瞳で俺をみる。
「んー、誰のことだろうなあ。絵本の話じゃないか?」
あぁ、絵本かあ、と里香は呟いていた。
これはうまく誤魔化せたのか?
「わっ」
「ふふ、健くんそんな声出るんだ」
「里香がいきなり腹をまさぐるからだろ?!」
「腹筋ぼこぼこだあ。かっこいいなあ」
「聞いてない」
里香はうっとりとした声で俺の腹をまさぐる。
「なにもしないはずじゃなかったのか?」
なにがきっかけかわからないが里香が暴走しているぞ!
「だってえ、『恋人ごっこ』っていっても恋人じゃん? 取られたくないんだもん……」
里香は尻すぼみにいいながら、俺の体をもてあそぶ。
この距離で流石に聞こえないわけじゃないが、藪蛇になりそうなので俺は黙っておくことにした。
里香のしたいようにさせていると日が落ちて、帰る時間となっていた。
一線を越えることはなかった。里香はただ人の温もりを欲していたように思えた。
「本当にこれもらっていいのか?」
玄関先で俺は紙袋を持ちながら尋ねる。
「うん、健くんのために買ったから」
もこもこのルームウェアは里香の家に遊びにきたとき用の服かと思ってたけど、自宅でも着てくれる方が嬉しいそうだ。
なんのおめでたい日もないのに贈り物か、俺がそういうと、里香は私の初のおうちデート記念日だから、なんていって笑っていた。
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