第14話 山田さんと喫茶店
その後体育倉庫から脱出できた俺だが、授業の途中に戻るのも面倒なので二限をそのままサボり、そして休み時間に教室に戻ることにした。
教室に一歩足を踏み入れると、クラスメイトの視線が刺さる。
そりゃそうだよな。クラスの目立たないモブが、学園の美少女【暴食】の泉里香に直接話しかけられたあげく、俺だけどこかに行ってたんだから。
「やぁ、健。今までどこいっていたんだい」
朝陽が心配したかのように声をかけてくる。
そして、みんなもそれを聞きたがっている、そんな様子だった。
「体調不良で保健室行ってた」
「本当か、それで体調はもういいのかい」
「まあな、さっきまで寝てたからばっちりだ」
「無事でなによりだ。あぁ、だからブレザー着てないのか」
「そ、そうそう! あー、保健室に忘れてたわ」
うお、ブレザーをレナに貸してたんだった!
どこかで返してもらわないとな。
そして、俺は自ら里香の席まで足を運ぶ。
「泉さん、さっきはありがとう」
「へ?!」
里香がすっとんきょうな声をあげる。
「俺が体調不良でしんどそうにしてたから教室を抜け出さしてくれたんだよね。助かったよ」
そういいながら里香に目配せをする。
里香は小さく頷いて、二人っきりの時とは違う外行きの表情や声でいう。
「もー、良かったじゃんね。これから体調悪かったら自分でいうんだよ?」
「ああ、そうするよ」
「健は昔から無理するとこあるんだよね。泉さん、助かったよ。今度は僕がちゃんと見とくからさ」
後ろから、いつの間にかついてきていた朝陽がフォローしてくれる。
それで俺たちは自分の席へと戻った。
「泉さんやさしー」
「あれか、オタクに優しいギャルってやつ?」
そのやりとりをみて男子たちが、なんだそういうことだったのか、と納得していた。
みんなが思い思いの解釈をする。
これでいい。
ひとまずは、里香が俺に話しかけたのは俺の身を案じてということになった。
多少無理があっただろうけど、事情を知らない生徒たちにとって、【暴食】と呼ばれる美少女がモブに話しかけたという謎を受け入れるには十分だったみたいだ。
席に座ると朝陽が小さく耳打ちしてくる。
「さっきまで教室の空気やばかったんだからな」
「やばかったって?」
「泉さんが急に健に話しかけたもんだから、健がなに弱みでも握って従えさせたんじゃないかって話になったんだよ」
俺は小さな声で叫ぶ。
「どうしてそんなことになってんだよっ!」
「ほら健、前に泉さんに告白したろ」
あー、そういうことになっていたっけな。
「フった相手に仲良く自分から声をかけるなんておかしいだろ? だから健は告白してフった相手を脅している最低なクズ野郎なんじゃないかって感じでさ。ただでさえ三人に同日に告白したって話もあるしみんなおかしな方向に話が進んでったんだ」
「なるほど」
そこまで話が飛躍していたのか。やばいことになる寸前だったんだな。
里香の暴走のせいでこうなんったんだ。あとで言い聞かせないと。
里香に視線をやると、里香が申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
それに、と朝陽は続ける。まだなんかあるのか。
「ちょっと前の時間に他のクラスの人間が、健が壇ノ浦さんと倉庫から出しているのをみたって話もある。壇ノ浦さんを閉じ込めてなにかしらの条件を飲んでもらうことで解放したんじゃないかって」
なんだと?
脱出して外から開けてやっただけなのに。
色々まずいことになっているな……。
「え、あれって」
「どうして二年の教室に?」
教室の入り口がにわかにざわつき始める。
誰かがこのクラスに来たようだ。
「にいにいる?」
そこにいたのは七人の大罪の一人。【憤怒】の桐山・フォーリン・レナだった。
「にいに?」とクラスメイトが首を傾げる。
あんのばかっ!
なにいってんだ。
入り口の近くにいた女子がレナに対応する。
「ええっと、お兄さん? たしかこのクラスに桐山って名前の人はいないけど……」
「ううん、名前は高橋」
ざっと全員の視線が俺に集まる。俺はサッと視線を逸らす。
まさか、とみんなが固唾を飲んでいるのが分かる。
別のクラスに他の高橋がいたという可能性もあるし、俺じゃないですよーって空気を出す。
そんな俺のことを気にすることなく、レナが言葉を紡ぐ。
「高橋、健」
はい、終わった。
フルネーム呼ばれたらおしまいだ。
クラスメイト女子が、高橋健ならあの席に座っていますよ、と指差す。
てかあの女子、レナが怖くて年下なのにずっと敬語じゃん。
見た目が整いすぎてて近づきづらいし、言葉数も少ないし怒ってるみたいで怖いよな。
さすが【憤怒】といわれてるだけあるか。
「あ、にいに」
レナの弾んだ声がして俺は顔を向ける。
うわ、すっごい笑顔じゃん。
そして、俺は知らない振りをして話しかける。
「あー、き、桐山さん? 俺に何かご用ですか?」
「これ持ってきた」
レナの手にはブレザーが握られていた。
俺は駆け寄って、受け取る。
「いやあ、わざわざ保健室から持ってきくれてありがとう!!」
「なにいってるの、屋上で……」
あー、と俺は大声を出して遮る。
「桐山さんもう次の授業が始まるから戻った方がいいよー。ほんとありがとうございました!」
そして、無理矢理ドアを閉めた。
振り返ると視線が突き刺さる突き刺さること。
どうすんだよこの空気。
「あいつ桐山さんににいにとか呼ばせてんのか、変態じゃねえか」
「やっぱりあいつ何かしら弱み握ってんだって」
「なんかすっごい笑顔だったね」
「いつも無愛想で怒ってるイメージなのに、あんなかわいい顔するんだ」
噂話に花が咲く。
俺は全てを無視して席へと戻った。
はあ、次から次へとなんだ。
「なにしてるか知らねえけれど、いつか本当のこと教えてもらうからね」
朝陽はそう言い残して自分の席に戻った。
色んな話が出ているけれど朝陽は俺が悪いことをしていないと信じてくれているようだ。
親友には敵わないなぁ。
◆
「落ち着くなあ」
少しレトロな喫茶店のベロアっぽい柔らかい手触りのソファに腰かけて、ティーカップを片手に俺は短く息を吐いた。
「ここあんまりお客さん来ないから、ゆっくりしてね」
喫茶店の制服に身を包んだ山田さんがカウンター前に並ぶスツールに座りながらいう。
制服といっても学校制服の上から簡易なエプロンを着ているだけだけど。
メイド服とかフリフリな服というわけじゃない、あんなのはフィクションの中の世界だ。
この喫茶店は個人経営らしいから大層な制服を用意することもないのだろう。
放課後になって、俺は山田さんの働く喫茶店に来ていた。
「多恵ちゃん、うちだって忙しい時はあるよ」
「えー、いつありました?」
「ええっとほら、ええっと……」
いつだったけな、と気弱そうなマスターが首を傾げる。
そんな客入りでこの店はやっていけるのだろうか。
山田さんのいう通り他にお客さんはおらず、店内には俺と山田さんとマスターの三人だけだった。
「マスター、こちらのカフェオレが美味しいからいい時間を過ごせています」
「高橋くんはいい子だね」
にっこりと微笑むマスター。
本当にここのカフェオレは美味しい、コーヒーの苦手な俺でもスッキリと飲める。
山田さんが美味しいと評するのも頷けた。
「マスター、いいお客さん連れてきた私の時給あげてくださーい」
「それは困るよ」
むりかー、と山田さんは笑っていた。
随分と仲が良いみたいだ。
落ち着いてるけど静かすぎないこの空気が今の俺には助かる。
今日は色々あった、教室での出来事を思い出しながらカフェオレを一口すする。
舌にほのかな苦味とまろやかな甘味が広がる。
慌しかった時間にホッと一息つかせてくれる、そんな味だった。
「ねえ、君って七人の大罪の彼女たちとどういう関係?」
いつの間にか山田さんが隣に座っていた。
山田さんは同じクラスだし、やっぱり気になるんだろう。
「どういう関係もなにも、全然知らないよ。泉さんは俺を保健室に送ってくれただけだし、桐山さんは保健室に忘れ物をしたブレザーを届けてくれただけだから」
俺は教室であった出来事の同じ説明をした。
「ふーん、そうなんだ」
山田さんがつまらなそうに口を尖らせる。
「それよりさ、山田さんはカフェオレ作ったりしないの?」
「んー、私は食べるの専門だから」
いいながら山田さんは決して豊かとはいえない胸を張った。
なんだそれ、と俺が苦笑すると、見せてあげよう、と山田さんがオムライスを2つ注文しようとして、マスターに、あなた仕事中でしょ、なんていって止められていた。
ここには学校とは違う時間が流れている。
それが妙に心地よい。
変な噂のせいで食堂で一人になっている俺に食べる場所を空けてくれたり、一緒に帰ってくれたり、バイト先に招いてくれる彼女になら、現状を打ち明けてもいいんじゃないかと考えたこともある。
しかし、打ち明けるとすると俺が七人の大罪の彼女たち三人と会っていることの説明も合わせてしなくちゃならない。
だけど俺はなぜかそのことを、山田さんには知られたくないな、なんて思うんだ。
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このまま1位を取って作品をもっと多くの方に読んでもらいたいと思っています!
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