38 新生活の始まり
王妃様からの『弟がごめんなさいね』の意味は、私が辺境地に戻って1週間後に分かる事となった。
国王陛下との謁見後、イデリアル邸でジルダとして1週間過ごした。それが、ジルダとしての最後の1週間。それからの私は、辺境地在住の“リヴィアンナ”として生きて行く事になる。お父様とお母様とは今生の別れではないけど、もう頻繁に会うという事はなくなってしまう。お別れの時は3人とも泣いたけど、定期的に手紙を書く事を約束した。
帰りも転移魔法で──と言われたけど、ジルダの最後の時間をゆっくり過ごしたいと思って、帰りは馬車で帰る事にした。勿論、寂しい気持ちはあったけど、清々しい気持ちの方が大きかったかもしれない。
「これからの私は、自由なんだ」
と思えば、ワクワクした気持ちが大きくなった。『王太子妃に相応しくあれ』と、毎日時間に追われていた日々。毎日朔の日に怯えながら過ごした日々。それらから解放された今。
「恋愛も……してみたいなぁ……」
『これから、何でもできるわ。リヴィは可愛いんだもの!』
「ふふっ……ありがとう」
ヴァルナは私を褒める事しかしない。それでも、褒められると嬉しい。
「取り敢えず、辺境地に帰ったら、メリッサと美味しい物でも食べ歩きに行こうかな」
と、私はヴァルナと一緒に帰りの旅路を楽しんだ。
******
ミツとの生活は穏やかなものだった。
妖力の扱いにも慣れてくると、治癒の魔法が使えるようになった。とは言え、以前のように治癒士になるつもりはない。今迄通り、塗り薬の収入だけで十分生活ができるから……無駄に働かない事にした。
「怠慢だと言われても良い!」
「誰に言われたんだ?」
「うわあっ!??は?メンフィールス様!?」
またまた、気配を消して現れたメンフィールス様。相変わらず無駄に近い距離。
「また辺境地に来て……塗り薬ですか?」
「いや。薬はまだある。今日は挨拶に来た」
「挨拶?あぁ、もしかして、団長職に復帰するとか……ですか?」
団長職に戻れば、もう辺境地に来る事もなくなるだろう。だから、お別れの挨拶──
「…………」
ーいやいや……寂しいなんて思ってないー
「いや、その逆だ」
「逆??」
意味が分からず首を傾げる。
「ここに来る途中に空き家があっただろう?その家に引っ越して来た“ルベール”だ。これから、色々とよろしく頼む」
「は……い……??」
確かに、この家に来る途中に空き家があった。もともとどこかの子爵の別邸だったらしいけど、維持費が大変だからと売りに出されていた。貴族にしたら小さく、平民からすれば大きすぎる家だから、ずっと空き家のままだった。だから、公爵様にしたら、かなり小さな家と言える。
「えっと……避暑じゃなく……引っ越し?仕事は??」
メンフィールス公爵の仕事は、城付きの魔道士だったはず。毎日辺境地から王都に魔法で出勤?普通ならあり得ないけど、メンフィールス様ならあり得るのか?
「“団長”どころか“魔道士”を辞めて来たんだ」
「あぁ、なるほど!魔道士を辞め───はいっ!!??なっ……何で!?」
「だから、前にも言っただろう?その他大勢よりも、1人を護りたいと」
「っ!?」
ーあれ、本気だったの!?ー
「リヴィアンナが補佐に就いてくれるなら、戻っても良いとも言っただろう?」
「あれ……本気で……」
「そういうわけだから、これからよろしく」
これだけでも驚きだったのに──
「あ、ちなみに公爵も返上したから、俺も平民になったんだ。だから、これからは“ルベール”と呼んでくれ」
「無理!!!色々と無理!!!」
敬語がぶっ飛んだのは許して欲しい。今、目の前に居るのは、本当にあの冷淡だと言われていたルベール=メンフィールス様なのか?恋愛脳に侵され過ぎてない?大丈夫?驚き過ぎて心配になってくる。
「よく……国王陛下が許してくれましたね……」
「辺境地を護ると言っておいた」
「ソウデスカ……」
確かに、辺境地とは隣国との境目にある領地だから、守りを固める事は大事だ。大事だけど、ここは平和な辺境地だ。隣国とは友好関係が続いている。『護る』という口実で、国王陛下を脅したんだろう。大陸一の魔道士に脅されたら……許すしかないよね……。
『これからは弟が……ごめんなさいね……』
もう、あの時には決まっていたんだ。
ジッ──とメンフィールス様改め、ルベール様を見る。
今迄は、冷たい印象しかなかった。それが、色んな表情を見せるようになって、俺様な発言も多々あるけど、私に向ける目はいつも優しかった。そんな目を見ていると、胸がキュッとなるのは……仕方ないよね?
「取り敢えず……隣人として、こちらこそ、よろしくお願いします」
そうして、リヴィアンナとしての生活を始める事になった。




