35 ルベールとジルダ
「私は治癒士だったし、ジルダに戻るつもりはないので、魔道士団長の補佐にはなれません」
ジルダ=イデリアルは死んだ事になっている。お父様もお母様も国王も、私が生きているという事を知っているけど、今更『本当は生きてました!』と言って復活できるわけがない。王家の足元がぐらつくかもしれない今、そんな事をしようものなら、王家の信頼は失墜するだろう。そうなれば、国内が不安定にもなる。私はそんな事になっても復活したいとは思っていない。お父様とお母様には申し訳ないけど、もう貴族社会に未練がない。寧ろ、伯爵令嬢でなくなった今の生活が楽しい。ハッキリ言って、政略云々を考えない生活が楽しい。
「ジルダに戻らないなら、リヴィアンナとして補佐を命じる事ができる」
「何の嫌がらせですか?私は辺境地に住むしがない薬師もどきですよ?」
平民が魔道士団長の補佐とか──本当にやめていただきたい。
「俺の力でたくさんの人を救う事ができるのならと、今迄はそう思っていたが、これほどの力を持っているのに、いざ護りたい1人を護れなかった自分に腹が立った」
その1人とは?───なんて訊かなければ分からない馬鹿じゃないけど、どうして?かは分からない。メンフィールス様とジルダとの接点は殆どなかった。あの旅に出る前の少しの間だけだったと思うけど、その間に何かがあったわけでもない。恋愛要素なんて微塵もなかった。
「回りくどい言い方が苦手なので、ハッキリ聞きますけど、メンフィールス様が私の事を気に掛けてくれている理由が全く分かりません」
「そういうところだな。良い意味でも悪い意味でも、お前は、俺を身分や見た目で判断しないだろう?」
ルベール=メンフィールス公爵
彼についての評価は、おおまかに二つのタイプに分かれる。
一つは、身分良し、顔良しの結婚相手にもってこいのイケメン。
もう一つは、冷淡で無慈悲な魔道士。
どちらにしても、メンフィールス様に対して反抗的な態度を取る人はいない。寧ろ、媚を売ったり笑顔で擦り寄って来る人達ばかりだろう。
「それなら、ただ単に、私が珍しくて気になっただけでしょう?一時だけの感情ですよ」
一時だけの感情ほど迷惑なものはない。珍しいだけで興味を持たれた挙句、また簡単に捨てられたりしたら、たまったものじゃない。
「なら、俺はどう?特に狼獣人は好きになった相手は絶対に裏切ったりしないよ?」
ヘラッと人懐こい笑顔で、そんな事を言うラドルファス様。獣人の愛は重い──とはよく知られている事実。ただ、唯一の例外が“番”だという事も知っている。たとえ、好きな人が居ても番が現れると、どうしても抗う事ができないらしい。滅多に巡り会える事はないらしいけど。
「すみませんが、もう王族は懲り懲りです」
ラドルファス様は良い人で、良い旅仲間だった。それまでの人だ。他国であろうとも、もう王族は勘弁して欲しい。ラドルファス様も本気で言ってるわけじゃないだろうけど。
「それは残念。リヴィアンナとだったら、毎日楽しい日々が送れそうだったのに」
「ラドルファス様が、良いお相手と巡り会える事をお祈りしています」
チラッとアーニーさんを見ると、アーニーさんはミツと何やら楽しそうに話をしている。ミツは通常通りな感じだけど、アーニーさんは、多分、ミツに好意を持っている。ただ、ミツは異世界の獣人で、何よりも父親があの深影さんだ。
ーあの溺愛ぶりは凄かったなぁー
ミツもアーニーさんに好意を持ったとしても、深影さんが許すのかどうか……
『結婚したいなら、こっちの世界に来い』
とか言いそうだ。世界を跨いで結婚できない訳じゃないだろうけど、きっと色々大変だろう。
「アーニーの事が気になるのか?」
「うわっ!」
チラチラとミツとアーニーさんに気を取られていると、いつの間にやらすぐ傍にメンフィールス様が居た。
「私が気になるのはミツです。それよりも、耳元で呟くのはやめて下さい!」
思い出した。メンフィールス様はいつもこうだった。私が何かに気を取られていると、傍にやって来て耳元で何かしら呟いてくる。
「気配まで消さないで下さい」
本気で気配を消して近寄って来るのだからたちが悪い。メンフィールス様が暗殺者だったら、私は何度もヤられてると思う。
「気配を消さなければ、ジルダには簡単には近付けなかったからな」
ーある意味殺し文句ですよね!?ー
「とにかく、話を戻しますけど、私がメンフィールス様の補佐に就く事はありませんから。そんな事を押し通すようなら、私にも考えがありますから」
「分かった。残念だが仕方ないな……ふむ……」
と、何やら思案顔をして黙り込んだメンフィールス様。冷淡ではあるけど、本当に嫌がる事はしないだろう───
と、思っていた私も……悪かった??




