31 聖女の最後④
ポタポタと鼻血が床に垂れて、止まる気配もない。体の寒さも酷くなる。
『魔力を奪われるという事は、命を奪われるのと同じくらいの苦痛が伴うの』
「あ……」
『聖女は役割を終えると“光の魔力が無くなる”と言われているけど、完全に無くなるわけじゃないのよ。この世界に馴染んで生きていく為に、わずかではあるけど光の魔力は在り続けるの。そのわずかな魔力が、ナナカから奪われているのよ』
「そ……な……やめて……」
そのわずかな魔力が全て奪われてしまったら、私はまた、この世界に馴染めなくて死んでしまう。それよりも、体中が痛くてたまらない。
「いたい……お願い……たすけて」
『ジルダも助けを求めていたわ。助かった後も、朔の日に苦痛に襲われて、1人で必死に耐えていたわ』
「はっ……たすけて……セオ……リクさま」
助けを求めてセオドリク様へと手を伸ばしても、セオドリク様は、その手を取ってくれるどころか、私から視線を逸らした。
「い……や………わたし、から、うばわないで」
『残念だけど、私にはどうする事もできないわ。私が奪っているわけじゃないから。返ってきているだけだから』
若葉色の精霊の私を見る目は冷たい。
セオドリク様は、今も私を見てくれない。
『可哀想な聖女ナナカ。ジルダには、危険を顧みず助けてくれようとした人達が居たけど、アナタには居ないのね。愛を誓った王子様にすら、助けてもらうどころか目も合わせてくれないなんてね』
「うっ……」
『あ、王子の代わりに、お前達が聖女ナナカを助けてあげる?』
そう言って、若葉色の精霊がフワリと風を起こすと、今迄、跪いて微動だにしなかった騎士や魔道士達の体が動き出した。というよりは、今迄動きを封じられていて、ようやく動けるようになったという感じで──
そこでようやく気付いた。動きを封じられていたせいか、彼等がここに居る事をすっかり忘れていた。彼等は、動けなかっただけで、今迄の私達の会話を全て聞いていたんだ。メリンダとジスランは別として、特に、王城の騎士達からのジルダに対する評判は高かった。だから、私とセオドリク様との婚約が整った後、第一騎士団から他の団に異動する騎士も数名いた。第一騎士団は、国王両陛下や王子や王子妃の護衛につく事が多いから。
だから、この部屋に居る騎士達もまた、私の事を忌々しそうな目で見ているだけで、誰も助けようとはしてくれない。
「どう……して?わたしが……世界をすくったのに……」
世界を救って、私の居場所を取り戻しただけなのに、どうして私ばかりが責められるの?
「そうね……貴方は世界を救ってくれたわ」
そこに、優しくて懐かしい声が響いた。
転移の魔法陣が展開され、その魔法陣から現れたのは、魔道士団長ルベール様と見たことのない女性だった。
どこにでも居るような普通の女性。ただ、その緑色の瞳はとても綺麗で、耳にした声と同じで、どこか懐かしさもあった。
その女性が私の元までやって来て、血まみれになった私の手を取って優しく握ってくれた。
「私は、貴方が努力して務めを果たした事を知っているわ。だから、私は貴方に感謝しているわ。きっと、私だけじゃなく、世界中の人達が感謝しているわ。だから、貴方が願うのなら、私はいつでも身を引く覚悟はしていたんだと思う」
ーまさか……ー
「でもね、貴方は……選択を間違えた。なんて愚かな事をしてしまったの?」
「ジル……ダ?」
目の前の女性は、肯定しないけど、とても悲しそうな目をして私を見つめている。そこに、慈愛はあっても嫌悪や憎悪のようなものはない。
「ヴァルナ、止める事はできる?」
『……リヴィが望むなら…………』
と、ヴァルナが不服そうな顔を隠しもせず返事をすると、私の体が大きな水の塊に包まれて──その塊が消えると共に体が軽くなって、体中の痛みも消えていた。
「ありがとう、ヴァルナ」
「リヴィ?」と、ポツリと呟いたのは、セオドリク様だった。
「初めまして、王太子殿下。私は、薬師のリヴィアンナです」
「あ……あぁ……そうか……」
薬師のリヴィアンナを護るように、側に控えているルベール様の目は、甥であるセオドリク様に冷たい視線を向けたままだ。
そうして、リヴィアンナが再び私へと向き直った。
「私が貴方を助けたのは、貴方の努力とこの世界を救ってくれたお礼よ。でも、私が手を差し伸べるのはここまで。貴方達がジルダにした事を赦す事はないから」
「あ……あぁ……」
今の段階でハッキリ分かる事は、私の中から魔力が完全に無くなった事と、私のした事がバレてしまった事と、私が王太子妃ではいられなくなった事。
私は、居場所を失ってしまったのだ。
******
それからの事はあまり覚えていない。
あの男は、狐獣人とヴァルナとどこかへ行ってしまい、メリンダとジスランは魔道士に拘束されて投獄された。
私は、朔の日だけではなく、夜になると痛みに襲われるようになり、朝になってようやく眠れる──という日々を送っている。
セオドリク様とは、あの日から会っていない。




