12 魔道士ソフィア=マルゴット
「王太子宮にネズミが出たらしい」
「あぁ、それで今朝早くから魔道士数名が駆り出されたのね」
魔道士の私─ソフィア=マルゴット─が魔塔にやって来ると、塔内がバタバタとしていて『何かあったのか?』と訊けば、王太子宮にネズミが出たらしいと、同僚の魔道士が教えてくれた。
ーそれが、本当のネズミだったら問題無いんでしょうけどねー
王城全体には色んな結界が張られている。特に、王族のプライベートな部屋には強い結界が張られているから、本来であればネズミが王太子夫婦の寝室に侵入できるはずがない。と言い切りたいところだけど、それが本当に普通のネズミなら侵入できない事も無い。そのネズミに殺意などがなければ、小さ過ぎるネズミに結界が反応しなかった可能性がある。
そのネズミが、ただのネズミじゃなくて、獣人だった場合、それこそただのネズミじゃない。結界に潜り込める力があるという事。何かの目的があって侵入したという事だ。
『治癒士ジルダを探している者が居るらしい』
ーその事と関係がある?ー
ジルダとは学生時代からの付き合いで、よく怪我をする私の治療をしてくれていた。治癒士なのに魔法の扱いにも優れていて、魔法の訓練の相手にもなってくれていた。あの冷淡な魔道士団の団長のメンフィールス公爵が、可愛がっていたほどだった。おまけに王太子の婚約者──だった。その座は今は聖女ナナカのものになって、王太子妃となった。それも、あっという間に。真っ先に反応したのはマサトだった。メンフィールス公爵もだ。この二人が、ジルダを探しているのかもしれない。この二人は特に、ナナカに対して良い感情を持ってはいない。
「ジスランとメリンダが当たり散らしてそうよね」
「わざわざ魔塔に乗り込んで、優秀なメンバーを連れて行ったよ」
ジスランとメリンダも魔道士で、この2人はナナカが王太子殿下の婚約者になった時に、ナナカ専属の護衛になった。この2人もそれなりの実力があるけど、正直、もっと優秀な魔道士が居るのに、どうしてこの2人が選ばれたのか?しかも、この2人はジルダとはあまり仲が良くなかった。
「ソフィア」
「はい?」
「ソフィアも王太子宮に向かってくれ」
「はい?」
色々と考えに耽っていると、私も王太子宮へと行く事になった。
ーまさか、私が王太子宮に呼ばれるとはねー
正直、私とナナカはあまり仲が良くない。ジルダはナナカの事を可愛がっていたけど、私はどうしても好きにはなれなかった。勿論、亀裂を浄化してくれた事は感謝している。それでも──ナナカの王太子殿下を見る目が、王太子殿下との距離が……ジルダは気付いていなかったけど。純真無垢?
「笑っちゃうわ」
「ん?何か言った?」
「ううん、何も。とりあえず、王太子宮に行って来るわ」
「行ってらっしゃい」
******
「ソフィアさん、お久し振りですね。来てくれてありがとうございます」
「お久しぶりです王太子妃殿下」
「そんな堅苦しくしなくても、今までみたいに──」
「そうはいきません。ところで、私に何か御用でしょうか?」
しゅん─と寂しそうな顔をするナナカ。
『今迄みたいに』と言うけど、私とナナカが友達のように会話を交わした事はない。
「ナナカ様、気にする事はありませんよ。ソフィアは昔からそんな感じですから」
「メリンダ……」
そう言って私を睨んでいるのはメリンダ。相変わらず嫌な感じの女だ。たいした実力もないのに、王太子妃の護衛になった事で傲慢になって嫌な感じが増し増しだ。
「王太子宮にネズミが出たんです。確認してもらって、もう居ないって分かってるんですけど、ネズミは苦手で……また入って来れないように、結界を張ってもらえませんか?」
なるほど。メリンダは結界が苦手だから、嫌々だけど結界が得意な私を呼んだのね。チラッとメリンダに視線を向けると、気まずそうに私から視線を逸した。
「承知しました。きっちり張り直させていただきますが、メンフィールス様にお願いしましょうか?」
私の結界でも大丈夫だと思うけど、魔道士団のトップで大陸一のメンフィールス様の方が更に安心だろう。
「ルベール様は、今王都を留守にしているそうなんです。それに、ソフィアさんの結界で問題ありませんから、お願いします」
「承知しました」
団長が留守? それは知らなかった。つい最近地方の討伐から帰還したばかりだから、公務ではない?と、そこまで考えた後、軽く息を吐いて気持ちを切り替える。
ー取り敢えず、今は結界に集中しないとー
王族のプライベートな空間に張る結界だから、ミスは許されない。目を閉じて魔法陣を展開させる。
ー悪意の無いネズミも弾くようにー
『※※※い※※けて』
「───っ!?」
ー今の声は………ー
周辺にサッと視線を巡らせるけど、誰にも聞こえていないようで、気のせいなのかもしれないと思い、そのまま魔法陣を展開させて結界を仕上げた。
「結界を張り終えましたけど、ちゃんと固定できたかどうか、2日後に確認しに来てもよろしいですか?」
「勿論、こちらこそ、よろしくお願いしますね」
と、私は2日後にもう一度来る約束をしてから退室した。
あの声を確認する為に。




