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ある朝眼が覚めると溺愛されていました  作者: 朱居とんぼ
第四章 家族でもなく、妹でもなく、かけがえのないあなただから
33/38

5

「さ、今ならこの部分は兄上の魔法の結界が無効になってる、でられるぞ」

「ありがとう、ジョルジュ」


 二日後の早朝、私はジョルジュの先導で、邸の裏手の塀を乗り越えた。


 ジョルジュがアドリアンの妨害をふせぐために、魔術の塔に出向いて結界破りの護符を借りてきてくれたのだ。


「ごめん。見つかったらアドリアンに叱られるのに」

「いい、お前に兄上の過去を聞かせたのは俺だ。責任をとらなくてはな」


 裏手の道に待機していた馬車に乗りこむ。扉が閉められると、御者の掛け声と鞭を鳴らす音がして、すぐに馬車は走りだした。


 ゆれる馬車の中で、私は無言だった。そっと袖の下に忍ばせた腕輪にふれる。

 この行動がどういう結果をまねくかわからない。できると信じているけれど、一種の賭けだ。

 ジョルジュも黙ったまま頬杖をついて窓の外を見ている。


 どれくらい馬車を走らせただろう。窓の外から民家が消えて、木々ばかりになった頃、突然馬の嘶きがして、馬車が止まった。


「なんだ? 王宮はまだ先だぞ」


 窓の外を見たジョルジュが息をのむ。


 襲撃だ。

 覆面をつけた男たちが、剣を抜き放ってこちらを囲んでいる。御者が命からがら逃げていって、馬車の扉が乱暴に開かれた。


「お前たち、いったい何の用だっ」


 ジョルジュが抵抗するが多勢に無勢だ。あっという間に取り押さえられて、その顔に布があてられる。がくりと彼が意識を失うのが見えた。


「ジョルジュっ」


 でも私に彼を心配する余裕はなかった。他の男たちも馬車に乗りこんできて、私の顔にも布をあてる。


 つんと鼻を刺す臭いがする。ああ、前に学院祭でかがされたのと同じ薬だ。

くらりと視界が揺れて、体が動かなくなる。


 殺されるかも。恐怖が胸を締めた時、とっさにアドリアンの顔が思い浮かんだのは何故だろう。そして私の意識は闇にのまれたーーー。




   ***




 頭が割れるように痛い。


 意識を取り戻した私はうっすらと眼を開けた。


 見知らぬ一室がそこにあった。天井が高い。壁は石造りで堅牢だ。でも埃まみれだし、家具もなくがらんとしている。廃屋のようだ。

 体は縄で縛られていて、隣には同じく縄をかけられたジョルジュが、私をかばうように身を起こしていた。


「叔父上、何故このような乱暴な真似を!」


 ジョルジュが噛みつくように声を投げかけている。


 部屋には複数の男たちがいた。あの覆面男たちだけではない。一人、いかにも貴族然とした男がいる。見覚えがある。


 クロードだ。アドリアンの叔父の。


 私が身じろぎをしたことで意識を取り戻したと気づいたらしい。皆の眼がこちらに向いた。

 クロードがつかつかと足音をたてて近づいてきて、私の顎を持ちあげる。ジョルジュが私をかばおうと立ちあがった。


「何をするんです、叔父上っ」

「やかましい」


 クロードがジョルジュを片手ではらう。体勢が不安定だったジョルジュはむき出しの床に転がって、うめき声をだした。


「ジョルジュっ」


 私は小さく叫ぶと、クロードの手をふりはらった。きっ、とにらみつける。


「ジョルジュに謝って」

「ふん、気の強い。アドリアンにそっくりだな。ジョルジュがほだされるわけだ。知っていたか? ジョルジュはお前の騎士をきどっていたぞ。わざわざ魔術の塔で護身具まで手に入れてな。事前に何を買ったか知られれば対抗策をとられる。無駄というのに、たあいのない」


 クロードが、ジョルジュから取り上げたらしき短剣を眼の前でかざしてみせる。


「幻惑の剣、か。これでわしの眼をくらましたつもりか? こんな汎用品、正規の魔術師にかかればなんの役にも立たんぞ。お前たちの行動などお見通しだ。まだまだ子どもだな、ずっと後をつけられていたことも知らずに」


 クロードが片頬で笑う。ジョルジュの顔が悔しそうに歪んだ。私はそんなジョルジュになだめるように声をかけた。


「いいの、ジョルジュ。私、こうなることを願って、あなたに脱走の手引きを頼んだんだから」

「え? 何を言ってるんだ、お前……」

「だから、計画通りだと言ってるの。こうしてさらわれるのは」


 言って、私は真っ直ぐに顔をあげる。


 ジョルジュはバロワ一門に属する家で暮らしている。一日中監視されているといっていい。

 だからわざと二日後に迎えにきてと、時差をつけて脱走を手伝ってもらった。ジョルジュの周囲にある眼や耳に今日の外出を知らせるために。


「私、あなたに会うために家をでたのよ、クロードさん」

「何?」

「ずっとあの邸を見張っていて、今日、私をさらったということは、あなたがアドリアンの敵ね。邸に〈地獄の猟犬〉をけしかけたのはあなたじゃないみたいだけど、でも誰がやったかは知ってるわよね? アドリアンにすべてを告白して謝って!」

「……敵を特定して説得するために、わざとさらわれたというのか。ふん、甘い娘だな。そんな火に飛び込む羽虫のような真似をして、わしが従うと思ったか」

男が蔑視もあらわに私を見おろす。

「確かにわしの背後にいる物たちはお前を殺せと言った。が、お前は利用価値がある。命は助けてやる。邪魔なアドリアンも消してやるから、コスタス家の相続人としてわしの息子と婚約し、あの家を継げ。そうすればわしはわしをいいように使うあいつらにも匹敵する力を得ることができる。お前も守ってやるさ。いいな?」


 はあ? 何を言っているの、この親父は。これが血縁のあるいい歳をした大人の言うこと?

 これが貴族というもの? 彼らには、自分の欲望しか見えていない。他者を利用すること、虐げること、それが力ある者の当然の権利だと思っている。被害者の涙や慟哭は彼らの眼にいっさい入っていない。


(財産、家督、序列、それが何!)


 私の胸にこみあげてきたのは純粋な怒りだった。クロードを見すえて叫ぶ。


「あなたたちがそんなだからっ。だからアドリアンは妹なんかに依存するようになったんじゃない、何やってるのよっっ」


 血のつながらない、偽物の妹なんかに。


 悔しくて悔しくてたまらない。この男をはじめとする大人たちが幼いアドリアンにしっかり接しさえすれば、彼はあんなふうにすがって泣いたりしなかった。親族か何かしらないが、こんな奴らにアドリアンを害させたりしない。


「ほう、兄想いなことだ。だが状況をわかっているのか? お前の命はわしが握っているぞ」

「脅しても無駄よ。昔ならともかく、今は陛下がきっちり取り締まっておられるんだから。私に手を出した時点で、あなたは裁かれるわ」

「だから甘いと言うのだ。証拠さえなければそれは事故だ。そして事故などどこにでも転がっている、お前の両親のようにな」


 クロードが意味深に眼を細めた。

 それは、まさか……。


「血のつながった姉をわしが殺すわけはないと言いたそうだな。残念だったな、二人はわしが殺した。憎いコスタス家の当主を道連れにできたんだ、姉も本望だろうよ」


 クロードが告白した。

 過去の罪を、やっと。


「マリー、お前は姉上の子でありながら、望まぬ婚姻を強いられた母の無念を考えたことはないのか」


 私が答えられずにいると、クロードが憐みすら感じさせる眼を向けた。


「マリー、お前も被害者なのだぞ? 一族の宗主、コスタス家の当主だったあの男は、魔術に長けた血筋を欲して我が家から娘を奪った。一人は自分のものに、もう一人はよりにもよって取引に使った。政敵の元へ嫁がせればどんな扱いを受けるか知っていながら!」


 クロードのもう一人の姉はジョルジュの母だ。

 ジョルジュの顔がゆがむ。事実、だったのだろう。


「わしは不幸な生活を余儀なくされた二人の姉上を解放したかっただけだ。それがたとえ死という手段であっても。姉上たちの存在がある限り、我が家もまたコスタス家に縛りつづけられるのだから!」


 本家と分家。搾取者と被害者。魔術に長けているとはいえ政治力を持っているとは限らない。貴族の序列階位でずっと下位に立たされてきたシャンティ家。長年にわたって続いた理不尽な支配の怨嗟が、クロードという男の形をとって噴出したようだった。


「なのにジョルジュ、お前はアドリアンに媚を売った。マリー、お前はわしに従わんと言う。姉上の子らとはいえ、お前たちは憎いあの男たちの血筋か。なら、お前たちもわしの仇だ。憐みをかける必要はない」


 クロードが冷やかにこちらを見おろす。


「死んで我がシャンティ家にわびろ。チェックメイトだ、無謀な子らよ」

「……それは私のセリフよ」


 私はクロードの視線をまっすぐに受け止めて言った。


「私はあなたじゃない。だからあなたの無念はわからない。だけど私が何も用意しないでここへさらわれてきたと思うの?」

「何?」

「私の今日の外出が王宮へいくためだったの、知ってるわよね。邪魔されるってわかってたから、私、昨日の内に一人で王宮へいったの。ロザとオーギュストさんに手助けしてもらって。何をしに行ったと思う? 私、陛下にお会いしにいったの。〈願い事〉を聞いてもらうために!」


 クロードが息をのむ。

 その顔にたたきつけるように私は叫んだ。


「今の私には王宮魔術師の手で魔術がかけてあるわ。今日一日、私が見聞きしたことを王宮の水晶球にうつすように。私をさらい、ジョルジュを殺そうとしたこと、もう、皆が知ってるわ。私たちの両親・・・・・・を殺したことも。あなたは終わりよ!」

「なっ」


 顔色を変えたクロードが私につかみかかる。


「見せろっ、何を持っている?!」


 後ろ手に縛られた私の腕を見て、腕輪を見つける。

 王の印と魔術聖句が刻まれた、銀の腕輪を。


「……やってくれたな。さすがはコスタス家の娘だ。ジョセフィーヌを奪ったあのにくい男の」


 クロードの顔は怒りと敗北の色でどす黒く染まっていた。


 が、彼はまだ闘志を失っていなかった。たがが外れたような声で笑いながら控えた覆面男たちを手招きする。


「だがお前、考えなかったのか。自暴自棄になった男に道連れにされることを」

「それもちゃんと考えたわ。私は待っているだけ。私は確かに非力よ。アドリアンと違って魔術も使えない」


 背筋を伸ばし、私はクロードを堂々と見据える。


「でも私には、私の居場所を瞬時に察知して駆けつけてくれる、頼もしい兄がいるのよ!」


 私の声と同時に外に面した窓が外から内へと砕け散った。降りかかるガラスと木枠の破片に、男たちが腕で顔をかばう。


「馬鹿な、敷地全体を魔術陣で覆っていたはずだ、まさか力づくで壊したのか?!」


 クロードが宙を仰いで叫ぶ。そして部屋が揺れた。建物が崩れる不気味な音が連続して響く。


 空に黒い穴が現れた。

 崩れた邸の破片が、破壊された魔術陣の名残ともに、ぽっかりと宙にあいた虚無の闇へと吸い込まれていく。


 私は歯を食いしばって振動に耐えた。

 この邸全体が崩壊しても、この部屋だけはきっと無事だ。信じてる。


 皆の視界が土埃に閉ざされて、動きを制限された隙をついて、影が一つ、飛び込んでくる。


「リル、無事か?!」


 アドリアンだ。

 彼があの炎をまとわせた剣をもって立っていた。

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