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翌朝、私はさっそく行動を開始した。
邸中の使用人たちにそれとなく、どうしてアドリアンが庭の樹に花を捧げているのか聞いてみる。アドリアンの両親のことや敵のこと、それにマリー・ブランシュのことを直接聞くのはさすがにためらったから。
でも皆はぐらかすばかりで教えてくれない。かなり遠巻きに聞いたつもりなのだけど。
まあ、これはわかっていたことだ。この邸の人たちは皆、アドリアンが大好きで守ろうとするから。
(うーん、聞けるとしたら外部の人ね)
ラ・サーファスの女子やクロードは私に嫌味を言ってきたから、うまく誘導すれば話してくれるだろう。問題は彼らがあの〈地獄の猟犬〉を送ってきた敵の一味かもしれないということだ。
そもそも今の私は外出禁止をくらっている。誰にも会いにいけない。
このうえは脱走を敢行すべきか。だが外へ出てどこへ向かえばいいのだと顔をしかめていると、来客を知らされた。さっそうと客間に現れたのはジョルジュだ。
「ずっと学院を休んでいるから、様子を見にきてやったぞ。組を代表してな」
「ジョルジュ! 会いたかった! わざわざきてくれるなんて、あなたなんていい人なの!」
ああ、なんとおあつらえ向きなところへ、おあつらえ向きな人材が!
私は、なんだそんなに俺に会いたかったのかと妙に照れているジョルジュを、客間の隅に引っ張っていった。単刀直入にたずねる。
「ねえ、ジョルジュ、あなたアドリアンのことなら何でも知ってるよね?」
「え? あ、ああ、まあな。兄上のことならまかせておけ」
「ならアドリアンが毎朝、どうして庭にある樹に花を捧げてるか、知ってる?」
「当たり前だろう。逆にお前はあれだけ溺愛されてそんなことも知らないのか」
それから、ジョルジュはためらうように眼を泳がせた。
「まあ、わざわざお前に話すような奴もいないか。……忘れろ。妙なことを気にするな」
「言って、ジョルジュ」
きっぱりと私は言った。
「あなた、私のことを認めてくれたよね。ここに残れって。だったらお願い。誰も私には話してくれない。だけど私、知りたいの!」
何かしたい。このまま甘やかされるだけなんてまっぴらだ。
「ねえ、ジョルジュ、他の人たちから見て、そんなに私って頼りない? 本当のことも教えてもらえないくらいに!」
そりゃ魔術も使えないし、何もできない。だけど探せばできることだってきっとあるはずだ。お嬢様育ちじゃないしこの国のこともよく知らないけど、でも根性だけはある。あきらめないしぶとさだって!
「アドリアンが大切なあなたなら、私の気持わかるでしょ?!」
せつせつと訴える。自分が知りたいからじゃない。アドリアンのために知りたいのだと。
そう、彼のために。
だからあきらめない。
長い時間が流れて、さすがの私もこれは無理かと、次の手段をこうじかけた時、ようやくジョルジュが折れてくれた。
「……わかった、教えてやる。秘密でもなんでもない、皆が知っていることだしな。あれは……亡くした家族に捧げる花だ。本当の墓はコスタス家の領地にあって、毎朝いくことはできないから」
驚きはなかった。
やはり、と思った。
「アドリアン兄上の両親は事故を装って殺されたんだ」
領地から都を目指していた夫妻の馬車は、山の難所で崖下に転落したという。
当時、付近は雨だった。閃いた稲妻に馬が驚いて暴走したといわれているが、真相は謎だ。
「夫人のお腹には、赤ん坊がいた。アドリアン兄上の弟か妹になるはずだった命が」
(マリーはいたんだ、本当に……)
私の心に冷たい氷が生まれる。急にここにはいたくないと思った。
祝福されて生まれるはずだった本物のマリー・ブランシュ、その気配がするところに。アドリアンが、マリーの香の残るこの邸で、のうのうと暮らす私を見て、どう感じているのだろうと思ったから。
「お前の出生届はな、記入されたまま書斎の引き出しに入れてあったそうだ。アドリアン兄上がそれを聖教会に提出したのは、夫妻の葬儀の後だった」
奇跡的に胎児は助かった、そう届けた。
「アドリアン兄上はハイエナのようにたかってきた親族の後見をことわり家督をついだ。皆、その毅然とした態度をほめそやしたさ。だが、兄上の頭脳は大人でも、心は子どもだということを皆、わかろうとしなかったんだ」
アドリアンはわずか七歳でこの家を守るために大人たちに対抗しなくてはならなくなった。まだアロイス王が即位していない、謀略と殺意に満ちたこの国で。
そしてアドリアンはじょじょに歪んでいったのだ。
他人が信じられなくなった彼にとって妹とは唯一信じられる家族で、幸せだった過去の象徴で。だから妹という存在に心を預けた。
脳裏に妹のために血を捧げるアドリアンの姿が浮かぶ。朝早くに、一人で花を手向けていたアドリアンの姿も。
生まれてくる赤子を楽しみにしていたアドリアン。なのに幼い身で家族をすべて失った。だから彼はまた大切なものを失うことを恐れるあまり、他人に心を開かない。そして自分の命に重きをおかない。平気で血を糧に魔獣を召還したりする。
それはどこか哀しい。もう彼には叱ってくれる人はいない。生きろと言ってくれる人も。
そんな彼が妹を召還しようとするまでに立ち直ったのは何故?
急にすべてが腑に落ちた。今までに見聞きしたことが、すっと一本の糸に収束していく。
(アドリアンは妹を餌に、敵をおびきよせる気だったんだ……)
復讐のために。
王が私闘を禁じた以上、表立って争いも起こせない。でもここでコスタス家の継承権をもつ妹がでてくれば? さらにその妹に王が興味をもってしまったら?
何もできずに母の胎内にいるまま原初の闇に帰らざるを得なかった本物のマリー・ブランシュ。彼女の名が囮となり、仇をいぶりだし、復讐を遂げることができるのだ。
『君のことは守るから』『君が望むなら還してあげる』
あれは巻きこんでしまった私への謝罪の言葉。
(じゃあ、どうして急に私に外に出ちゃ駄目なんて言いだしたの?)
〈マリー・ブランシュ〉を外へ出して襲わせたほうが話は早いのに。
餌と割り切るには、彼は優しすぎたから?
彼はあふれんばかりの愛情をこちらに向けてきた。でも見返りは求めなかった。それは自分に未来がないことを知っていたから、責任がもてなかったからだ。
それは彼の優しさかもしれないけれど、屈辱だ。一方的に愛を押しつけられただけだから。こちらの意志なんてどうでもいいと思っているから。
すっと心が冷えた。
でも、同時に怒りが込みあげる。
馬鹿じゃないの、と思う。アドリアンはずっと一緒にいたくせに、この〈リル〉という人間の本質をわかっていない。利用されたと知れば自分がへそを曲げて逃げだすと思っているの? それとも怖がって泣きわめくとでも?
冗談じゃない。
私はそんなやわな性格はしていない。
彼がどう思おうと、愛情を向けられたのは事実で、私がその想いに報いたいと思っているのも確かで。
私はアドリアンの傍にいると言った。
どうやってもマリー・ブランシュの身代わりにすぎない私。だけどそのかわり、偽物の私でも彼にできることがある。そう信じる。
今さらながらに私はこの邸の使用人たちが年輩ばかりということに気がついた。一番若いのがティルマンで、メイドですらアドリアンより年上だ。それは彼らの愛だ。彼らは幼い主を守るため、新しい使用人を邸にいれず、今までずっと団結してきたのだ。
家族を皆殺しにされたのに、アドリアンは心を失わなかった。きっとそれはティルマンやこの邸の使用人たちが彼に愛をむけていたから。身分差があるからアドリアンを叱りつけたりはできなかったけど、それでも必死に皆見守ってきたのだ。
だからこそアドリアンは復讐をやめることができなくなったのかもしれない、彼らの献身に応えるためにも。
自分もその一員になりたい。彼を救う大きな輪の一員に。
私は考えた。今、自分にできる最善は何? 魔術もこの国の知識も持っていない自分、そんな自分がもっているものは何?
長い思考のすえ、私は唇を開いた。ジョルジュに頼む。
「お願い、ジョルジュ、手を貸してくれない」
私はとまどうジョルジュに、自分が最善と信じた方法をきっぱりと告げた。
「私を王宮へ連れていってほしいの! アドリアンを救うために!」




