EP 6
地獄のマラソンと、袖の下(最中)に沈む教官
「よおし! 拓哉! まずは体力だ! スタミナだ!」
ポポロ村の広場に、バルガスの暑苦しい怒声が響き渡った。
腕まくりをした自警団の若頭は、鬼の形相で拓哉を指さしている。
「あの『鉄骨フレイル』は確かに強力だが、遠心力で振り回す分、並の武器より桁違いにスタミナを消費する! だからまずは徹底的に足腰を鍛えるぞ。ポポロ村の外周を10周走ってこい!」
「えぇっ!?」
拓哉は目をひん剥いた。
「ルルアに聞いたけど、ポポロ村って約500ヘクタールあるんでしょ!? 外周10周って、計算しなくてもフルマラソンより厳しい距離なんですけど!?」
「人間、気合いがあれば何とでもなる! 四の五の言わずに走れ!」
「昭和の体育教師かアンタは!」
反抗しようとした拓哉だったが、バルガスの手には、禍々しい蛍光イエローの物体が入ったレトルトパウチが握られていた。
「ちなみに、タイムが余りに遅かったり、途中でリタイアした場合は……ルナミス帝国軍から横流しされた、この**MRE型レーション(通称:ゲロオムレツ)**を昼飯に食わせるからな!」
「ゲエエエッ!? あの軍法会議もののハズレをすか!?」
野良犬すら土をかけて埋めるという、伝説の産業廃棄物糧食。
あのパッケージから漂う、ゴムと腐った野菜を混ぜたような異臭を想像しただけで、拓哉の顔面は蒼白になった。
「い、行きます! 走りますぅぅぅ!!」
拓哉は走った。
ひたすらに、土煙を上げて走りに走った。
「ゼエ、ゼエッ……ハァ、ハァ……!」
だが、現代日本のインドア派大学生(しかも72時間ワンオペ明け)の体力が、この野生に満ちた異世界の広大な村を走り切れるはずがない。
3周目を過ぎたあたりで、拓哉の足は完全に鉛のように重くなり、肺は悲鳴を上げていた。
(こ、このままでは……あかん。ゲロオムレツ確定だ……)
視界が歪む。
だが、拓哉はただ倒れるような男ではなかった。経済学部生としての打算と、現代社会を生き抜くための「裏技」をフル回転させる。
(体力で勝てないなら……『資本』で解決するしかねえ!)
拓哉は走りながらステータス画面を操作し、限界ギリギリの借金枠から『あるゴミ(見切り品)』を召喚した。
【召喚:小判型の最中(※賞味期限 本日まで・見切り品)】
【決済額:50G】
拓哉はフラフラとした足取りで、腕組みをして待つバルガスの元へ歩み寄った。
「きょ、教官……」
「ん? どうした拓哉。まだ3周目だぞ。まさかもう限界……」
バルガスが怒鳴ろうとしたその瞬間。
拓哉はスッと身を屈め、バルガスの死角に入るようにして、黄金色に輝く『小判型の最中』が詰まった箱を差し出した。
「これ……教官への、ほんのお供え物(袖の下)です」
「なっ……!?」
拓哉は周囲の目を盗み、バルガスの革鎧の懐へと、見切り品の最中を滑り込ませた。
ポポロ村ではなかなか手に入らない、小豆の甘い香りと、サクサクの皮。しかも縁起の良い小判型。
バルガスは一瞬目を丸くしたが、懐の最中の重みと甘い匂いを確認すると、先ほどまでの鬼教官の顔を一変させ、口角をニチャァと吊り上げた。
佐藤太郎がこの世界に持ち込んだ時代劇の知識が、バルガスの脳内で見事にリンクする。
「む……お主も、なかなかの『悪』よのう」
「いえいえ。御代官様(教官)ほどではございません」
拓哉も負けじと、揉み手をしながらゲスい笑みを浮かべた。
二人の間に、真っ黒な信頼関係が成立した瞬間だった。
「よおし!! 拓哉の気合いと『熱意』は十分に伝わった! これで本日の訓練は終了とする! 撤収!!」
バルガスは咳払いを一つすると、最中の箱を落とさないように懐を押さえながら、足早に詰め所へと帰っていった。
その一部始終を、少し離れた木陰から見ていた二人の少女がいた。
「……なんか、この世界で見ちゃいけない汚い大人の裏取引を見てしまった気がするんですぅ」
リリスがジト目で、ドン引きしながら呟く。
「うん……拓哉さん、すごく手慣れてたね……」
ルルアも、憧れのヒーロー像が音を立てて崩れ去るのを感じながら、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
かくして、拓哉の過酷なスタミナ特訓は、たった50Gの『期限切れ間近の最中』によって、異世界らしからぬ汚職まみれの結末を迎えたのであった。




