EP 7
月兎族の女騎士と、女神の不正利用(横領)発覚
小判最中という名の「袖の下」が見事に機能し、バルガスの『鉄骨フレイル特訓』はすっかり形だけのものとなっていた。
村の広場の隅で、拓哉が適当にフレイルを素振りし、バルガスが木陰でそれを眺めて頷くという、完全に腐敗した部活動のような光景が展開されている。
「うむ、良いスイングだ拓哉! 今日はもう上がっていいぞ!」
「あざっす教官! いやぁ、厳しい特訓でしたね!」
そんな茶番を繰り広げていた時だった。
「たいへんだ! 人が、人が倒れてるぞ!!」
森の入り口の方から、血相を変えた村の男が駆け込んで来た。
「なに!?」
バルガスが顔つきを「悪代官」から「自警団の若頭」へと一瞬で切り替え、走り出す。拓哉と、木陰で休んでいたルルア、リリスも慌ててその後を追った。
村人が指さした草むらに横たわっていたのは、目を疑うほど美しい女性だった。
年齢は拓哉と同じ20歳くらいだろうか。色素の薄い銀色の髪に、ピンと立った長い兎の耳。上質な革鎧を身に纏い、手には美しい装飾の片手剣と小盾を握りしめている。
「月兎族か……! この辺りじゃ珍しい」
バルガスが驚きの声を上げる。だが、見惚れている場合ではなかった。
「これは酷い……重傷だ! 素人目でも分かる、急いで止血しないとヤバいぞ!」
女騎士の腹部や肩からは大量の血が流れ、銀色の髪は赤く染まっていた。息も絶え絶えで、今にも命の灯火が消えそうだ。
「すぐに私の家に運びます! 拓哉さん、手伝って!」
「分かった! バルガスさん、上着貸して! 丈夫な枝を二本通して……即席の担架を作る!」
拓哉はコンビニのバックヤードで培った(?)段ボール運びの要領と、テレビで見たサバイバル知識をフル稼働させ、脱いだ上着と木の枝で即席の担架を組み上げた。
無闇に抱き抱えて傷口を開かせないための、現代人らしい的確な判断だった。
「運びますよ! せーのっ!」
「オラァッ!!」
拓哉とバルガスの男二人がかりで担架を持ち上げ、ルルアの家へと全速力で駆け込んだ。
ルルアの家のベッドに女騎士を寝かせると、ルルアはすぐさま傷口の確認に入った。その表情が、険しいものに変わる。
「……この傷は、魔物の爪や牙で付けられたものじゃありません。鋭利な刃物……人間の武器による『斬り傷』です」
「人間同士(あるいは獣人と人間)の争いってことか……」
拓哉がゴクリと喉を鳴らす。
その横で、リリスが『エンジェルすまーとふぉん』の画面をスワイプしながら声を上げた。
「私のアプリを使えば完全回復できますけどぉ? 拓哉さんの残高、残り89万Gですよ。使っちゃいますか?」
「人命には代えられない! 頼む、リリス!」
「分かりました! お任せ下さい!」
リリスはスマホを掲げると、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「でも拓哉さんの借金が増えるのは可哀想なのでぇ……足りない分はアカウントを別にして、『ルチアナ先輩に請求がいく設定』にしちゃいます! 先輩へのささやかな復讐ですぅ!」
「お前、それ完全にクレカの不正利用じゃねえか……」
拓哉のツッコミを無視し、リリスは謎の呪文を唱え始めた。
「ポポイのポポイ! シャッキンダー!!」
「私も補佐します! 『パーフェクト・ヒール』!!」
リリスのスマホから溢れ出した黄金の光と、ルルアの杖から放たれた優しい緑色の光が混ざり合い、女騎士の体を包み込む。
致命傷だったはずの深い斬り傷が、まるでビデオの早戻しのように塞がり、血色が戻っていった。
「……う、ここは……?」
ゆっくりと、ルビーのような赤い瞳が開かれた。
「良かった! 目が覚めた!」
「ここはポポロ村です。貴女は近くの森で倒れていたんですよ」
ルルアが優しく声をかけると、女騎士は状況を察したのか、ベッドの上で居住まいを正し、静かに頭を下げた。
「そうか……命を救われたようだな。感謝する。私はラビーナ。レオンハート獣人王国・近衛騎士隊長だった者だ」
「近衛騎士隊長!? しかも『だった』って……」
拓哉がその肩書きの重さと不穏な響きに驚いていると、脳内にあの小気味よいシステム音が鳴り響いた。
『――ピンポーン♪ 人助けの善行を確認しました。』
『対象が希少種である【月兎族】のため、レアリティボーナスが適用され、30,000Gが加算されます。残り借金は860,000Gです。』
「SSR確定ガチャみたいなボーナスついた!?」
拓哉が歓喜の声を上げる一方で、リリスはスマホの画面を見つめて首を傾げていた。
「あれぇ? ルチアナ先輩のアカウントへの請求(横領)処理はどうなりましたかぁ?」
システム音声が、どこまでも冷徹な、事務的なトーンで答える。
『先ほどのご利用は、名義人の同意を得ていない【不正利用】と判定されました。つきましては、不足分の治療費は、実行犯であるリリスの給料から毎月天引きする形となりました。ご利用は計画的に。』
「……そんなあああああっ!?」
リリスの絶望の叫びが、ポポロ村の空に響き渡る。
「神聖なる女神の私が、ペナルティで給料天引き!? これじゃあ毎日三食もやし炒め生活確定じゃないですかあああ!! ルチアナ先輩のケチぃぃぃ!」
床に突っ伏して泣き喚くジャージ姿の女神と、困惑したようにウサギ耳をピクピクと動かす元・近衛騎士隊長のラビーナ。
拓哉の借金返済ライフは、新たなヒロイン(訳あり)の加入によって、さらなるカオスの渦へと巻き込まれていくのだった。




