EP 4
ドワーフ武器ギルドからの黒い圧力
タナントシティ冒険者ギルド『ラックギオン』のマスター執務室。
数日前まで、この部屋は拓哉の提案した「鉄パイプの公式納入」によって、長年の赤字から脱却する希望の光に包まれていた。
しかし現在、部屋の空気は重く、冷え切っていた。
「……ワカバ。お前さん、中央から左遷されてきた小娘だと思って大目に見てやっていたが……少しばかり調子に乗りすぎたようじゃな」
執務机の前にどっかりと腰を下ろし、葉巻の煙を傲慢に吐き出しているのは、筋骨隆々の小柄な男。
長く編み込まれた鋼色の髭を持つ、タナントシティの武具市場を牛耳る『ドワーフ武器ギルド』の総長、ガンツであった。
「ガ、ガンツ総長……。調子に乗っているなど、そのようなつもりは決して……!」
「黙れッ!!」
ガンツが拳で机を叩きつけると、ワカバはビクッと肩を震わせた。
「ワシらドワーフの職人が、汗水垂らして打った由緒正しき銅剣や鉄斧。それを差し置いて、どこの馬の骨とも知れん新興クランが持ち込んだ『鉄の筒』を、ギルドの公式推奨装備にするじゃと!? ふざけるのも大概にせえよ!」
ガンツの怒りはもっとも(?)であった。
拓哉とニャーニャが持ち込んだ『絶対不折の銀杖(鉄パイプ)』は、その圧倒的な安さと耐久性で、またたく間に新人冒険者たちのシェアを独占。結果、ドワーフ武器ギルドの初心者向け武器は全く売れなくなり、彼らの倉庫には在庫の山が築かれていたのだ。
「し、しかし……あの装備を導入してから、新人冒険者の死亡率は劇的に下がり、ギルドの財政も健全化に向かっているんです! ギルドマスターとして、安価で良質な装備を推奨するのは当然の義務で……っ!」
「御託を並べるな! いいか、小娘。剣とは職人の魂じゃ! あんな魔法金属かどうかも怪しい、ただの真っ直ぐな鉄の筒に、ワシらの誇りを潰されてたまるか!」
ガンツは立ち上がり、ワカバを見下ろして決定的な脅しを放った。
「条件は一つじゃ。今すぐ、あの『鉄の筒』の公式納入契約を破棄し、クラン『リサイクル』をこの街から追放しろ。さもなくば――ドワーフ武器ギルドは今後一切、冒険者ギルドへの防具と上級武器の卸売を全面停止する」
「――――ッ!?」
ワカバの顔から血の気が引いた。
鉄パイプは確かに「打撃武器」としては最強だが、冒険者には「鎧」や「盾」、そして硬い魔物を斬り裂くための「鋭利な刃物」も必要不可欠だ。
タナントシティの武具生産を独占しているドワーフたちに供給を絶たれれば、ギルドの機能は完全に麻痺してしまう。
「そ、そんな……! それは冒険者たちを見殺しにするのと同じですぅ! お願いします、それだけは……!」
「嫌なら条件を飲め。答えは明日の朝までに用意しておくことじゃな。……ガハハハハ!」
ガンツが勝利を確信して高笑いを上げた、その時だった。
「――なんだか、ずいぶんと陰湿なイジメが行われてるみたいだな」
ガチャリ、と執務室の扉が開き、長方形の巨大な布包みを背負った拓哉が、仲間たちを引き連れて入ってきた。
「た、拓哉さん……っ!」
「ワカバさん、泣きそうな顔してどうしたんだ。それに、そこの髭のオッサンは?」
拓哉が尋ねると、ガンツは不快そうに顔をしかめた。
「貴様が噂の、クラン『リサイクル』のマスターか。ワシはドワーフ武器ギルドの総長、ガンツじゃ。ちょうどいい、貴様らのような邪道な商売をする連中は、今日限りでこの街から……」
ジリリリリリリリリリリリリリッ!!!!
ガンツの言葉を遮るように、ギルド全体に耳をつんざくような緊急警報の魔導ベルが鳴り響いた。
「な、なんですか!? 緊急事態!?」
ワカバが慌てて立ち上がると、血相を変えた受付嬢が執務室に飛び込んできた。
「マ、マスター! 大変です! 街の地下水道で、サルバロスの遺物『死甲虫機』が大量発生しました! しかも、通常の個体ではありません。装甲が分厚く、巨大なハサミを持った『特務型』です!!」
「特務型……!? 地下水道の浄化施設が破壊されれば、街の機能が完全に停止してしまいます!」
パニックになるワカバの横で、ガンツがニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。
「ガハハ! 聞いたか小娘! サルバロスの特務型じゃと! あんな鉄の筒で叩いたところで、絶対に壊せん極厚の装甲じゃ!」
ガンツは自慢の髭を撫でつけ、勝ち誇ったように拓哉たちを指差した。
「特務型を倒すには、ワシらドワーフが鍛え上げた『秘伝の魔導剣』で、装甲の隙間を的確に斬り裂くしか方法はない! さぁ、どうするギルドマスター? 今すぐワシに泣きついて土下座すれば、特別に上級冒険者用の武具を出してやらんでもないぞ!」
「うぅっ……」
ワカバが悔しさに唇を噛み、絶望的な選択を迫られたその瞬間。
拓哉はフッと鼻で笑い、前に進み出た。
「ワカバさん。ドワーフのオッサンに土下座なんてする必要はないぜ」
「えっ……? で、でも拓哉さん、特務型の装甲は、鉄パイプの打撃じゃ……」
「ああ、打撃じゃ倒せないかもしれないな。だから今日は……『斬る(削る)ための武器』を持ってきたんだ」
拓哉は背中の布包みを下ろし、その中身――ルルアの魔改造によって生まれ変わった、赤と黒の禍々しい極悪兵器『魔導チェーンソー』のグリップを握りしめた。
「街の地下水道の緊急掃討依頼。俺たちクラン『リサイクル』が、一括で受注させてもらうぜ!」




