EP 3
泥棒猫の裏帳簿と、ミルクファームの奇跡
魔導チェーンソーの完成に沸いた日の夜。
ミルクファームの食堂では、今日も景気の良い音が響いていた。
「パチパチパチパチッ! チャリーン!! ニャフフフフ、今日の売上も絶好調ですニャ!」
テーブルの上には、鉄パイプ商法で稼ぎ出した銀貨と金貨が山のように積まれている。
その硬貨の山にウットリと頬擦りをするニャーニャの対面で、拓哉は死んだ魚のような目をして両手の指をマッサージしていた。
「……あぁ、指が攣りそうだ。今日だけで300本は鉄パイプを出したぞ。完全にライン工の過労死ライン越えてるって」
「旦那様、素晴らしい生産ペースですニャ! この調子でタナントシティの全冒険者に鉄パイプを行き渡らせるんですニャ!」
満面の笑みでハッパをかけるニャーニャに対し、拓哉は少しだけ真面目な顔になって身を乗り出した。
「なぁ、ニャーニャ。ちょっと前々から思ってたんだけどさ」
「なんですニャ?」
「お前のプロデュース力と販売の手腕は認める。認めるけど……いくらなんでも『手数料8割』は取りすぎじゃないか? 原価ゼロとはいえ、俺の指先の労働力と魔導チェーンソーの開発費を考えたら、せめて半々……」
「ニャッ! ダメですニャ!」
ニャーニャは金貨の山を両手でガッチリと抱え込み、シャーッ!と猫のように毛を逆立てた。
「契約は契約ですニャ! 最初に8割で合意した以上、ゴルド商会の名にかけて1Gたりともお返ししませんニャ! 資本主義は非情なんですニャ!」
「お、お前なぁ……いくらなんでも強欲すぎるだろ。そんなに金貨溜め込んで、一体何に使う気だよ」
拓哉が呆れてため息をついた、その時だった。
「――まぁ、そう猫を責めてやるなよ、拓哉」
食堂の入り口から、ポポロシガーの煙をくゆらせながら、院長のウィスターが歩いてきた。
彼はいつもの二日酔いの気怠げな顔ではなく、どこか優しい、年長者の眼差しをニャーニャに向けていた。
「ウィスターさん?」
「これを見てみろ。今日の昼間、こいつが冒険者ギルドに預けに行った『口座の写し(裏帳簿)』だ」
ウィスターは懐から、一冊の小さな革張りの手帳を取り出し、拓哉の前にポンと投げた。
拓哉は訝しげに手帳を開き、そこに書かれた数字と名義を見て、息を呑んだ。
【口座名義:ミルクファーム子供未来基金】
【預金額:金貨350枚(350万G)】
「……なんだこれ。この天文学的な額……まさか」
「ああ。ニャーニャが鉄パイプを売って得た『8割の手数料』の、ほぼ全額だ」
ウィスターが静かに語り出す。
「ルナミス帝国の福祉システムは、一見優しく見えるが中身は真っ黒だ。この孤児院で育ったガキ共は、15歳で成人した瞬間、国から『養育費の返還』を求められる。払えなければ、俺みたいに一生借金奴隷として国に飼い殺されるか、最悪、マグローザ漁船行きだ」
「…………ッ」
「ニックとロースが必死に冒険者やってるのも、下の弟妹たちの借金を少しでも減らすためさ。だが、それも今日で終わりだ」
ウィスターは、真っ赤になって俯いているニャーニャの頭を、ポンと撫でた。
「この猫はな、自分が稼いだ手数料を全部、ここのガキ共が成人した時の『借金返済』と『独立資金』のために貯金してやがったんだよ。自分の取り分なんて、今日の飯代くらいしか残さずにな」
その言葉に、食堂の空気が一変した。
ラビーナも、ルルアも、そして拓哉も、驚きで目を丸くしてニャーニャを見つめている。
「ニ、ニャーニャ……お前、自分のために溜め込んでたんじゃないのか?」
拓哉が問いかけると、ニャーニャは猫耳をペタンと寝かせ、尻尾をバタバタと振って顔をそむけた。
「……勘違いしないでほしいですニャ。別に、孤児たちが可哀想だからじゃないですニャ」
「ニャーニャ?」
「……ここの子供たちは、みんな素直で、旦那様の『すき焼き』をあんなに美味しそうに食べるんですニャ。そんな子たちが、大人になって借金に追われて、美味しいものも食べられずにマグローザ漁船に乗せられるなんて……『経済の損失』ですニャ!」
ニャーニャは涙ぐんだ目を隠すように、大声でまくしたてた。
「大人になった時に、しっかりお金を持って、私のお店の常連客(お得意様)になってもらわないと困るんですニャ! だからこれは、未来の優良顧客への『先行投資』なんですニャ!! 決して、同情なんかじゃ……うぅっ……」
強欲な商人を装っていた彼女の、あまりにも不器用で、優しすぎる本音。
「……ははっ」
拓哉は思わず吹き出し、そしてニャーニャの前に歩み寄ると、その小さな頭をガシガシと乱暴に、けれど愛情を込めて撫で回した。
「にゃっ!? だ、旦那様、髪が乱れますニャ!」
「先行投資ね。お前、マジで最高の『商人』だよ」
拓哉は優しく微笑んだ。
「手数料は、約束通り8割持ってけ。その代わり、これからも俺の稼ぎを、1Gも無駄にせず最高に『有効活用』してくれよな、ニャーニャ」
「拓哉さん……」
「むぅ、ニャーニャ。お前という奴は……!」
「うぇぇん、ニャーニャちゃん、いい子ですぅぅ!」
ラビーナが目を潤ませ、ルルアが感動してニャーニャに抱きつく。
一人蚊帳の外だったリリスでさえ、「私もパチンコの負け分を基金に……いや、それは無理ですねぇ」と一人で納得していた。
「も、もう! 暑苦しいですニャ! 涙で金貨が錆びたらどうするんですかニャ!」
照れ隠しに怒鳴るニャーニャを中心に、クラン『リサイクル』の絆は、より一層強く、確かなものになっていた。
だが、彼らがこうして温かい夜を過ごしている間にも。
タナントシティの暗部では、拓哉たちの『鉄パイプ商法』によって既得権益を破壊された者たちの「黒い悪意」が、静かに、しかし確実に動き始めていた。




