EP 12
クラン設立と、ワカバの涙
タナントシティ冒険者ギルドの最奥、ギルドマスター執務室。
「ど、どうぞ! 粗茶ですが……きゃあッ!」
ガチャンッ!
お盆に乗せたティーカップを運ぼうとしたワカバが、見事に絨毯のわずかな段差でつまずき、派手な音を立ててお茶をぶちまけた。
「……まぁ、お茶はいい。それよりワカバさん、この帳簿と『鉄パイプ』の話の続きだ」
拓哉は溜息をつきながら、持参した「鉄パイプ」をドサッと執務机の上に置いた。
顔を真っ赤にしながら立ち上がったワカバは、その無骨な鉄の棒を見て首を傾げる。
「これが、昨日からタナントシティの若手冒険者の間で『伝説の魔法杖』として話題沸騰中の……?」
「そうだ。ギルドが赤字に陥っている最大の原因は、『駆け出し冒険者の死亡・負傷による支援金の支払い』と、『クエスト失敗による違約金』だろ? そして、なぜ彼らが失敗するのか。それは『高価で壊れやすいドワーフ製の武器』を使わされているからだ」
拓哉の言葉に、ワカバはハッと息を呑んだ。
彼女はドジだが、帝国の魔導大学で経済を修めたエリートである。拓哉の指摘する「根本的な原因」が、パズルのピースがハマるように理解できたのだ。
「そこで、この『鉄パイプ』の出番ですニャ」
ニャーニャが算盤を弾きながら、自信満々に前に出た。
「私たちゴルド商会(と旦那様)は、この鉄パイプをギルドの『公式・初心者用推奨装備』として、一本800Gの卸売価格で定期納入しますニャ。ギルドはこれを新人に1,000Gで販売するか、レンタルに出せばいいんですニャ」
「なっ……800G!? そ、そんな安価でこの強度を持つ武器を大量に……!?」
「そうだ。これを持たせれば、新人冒険者の生存率とクエスト成功率は飛躍的に跳ね上がる。結果として、ギルドに入る『クエスト達成手数料』は爆増し、支援金の支払いは激減する」
拓哉は机の上に広げられた真っ赤な帳簿を指差し、力強く宣言した。
「つまり、俺たちの武器をギルドが買い上げるだけで、この赤字の帳簿は、来月には真っ黒(黒字)に塗り替わるってことさ」
「――――ッ!!」
ワカバの脳内で、凄まじい速度で計算式が組み上げられていく。
新人冒険者の生存率の向上(人的資本の確保)。クエスト回転率の劇的な改善(利益率の最大化)。そして、装備品のランニングコストの圧縮。
すべてが、完璧な「経済の好循環」を描いていた。
「す、素晴らしいです……! これなら……これなら、ギルドは救われます……!」
ワカバの大きな瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「拓哉さん……! あなたは、神様が私に遣わしてくれた救世主ですぅぅぅっ!!」
ガバッ!!
ワカバは机を乗り越え、拓哉の胸に勢いよく飛び込み、その服をギュッと握りしめて号泣し始めた。
「うわぁっ!? ちょっ、泣きすぎだって! 鼻水! 鼻水つくから!」
「うぇぇぇん! これで地下迷宮の便所掃除に行かずに済みますぅぅ! ありがとうございますぅぅ!」
感極まって拓哉にすがりつくギルドマスター。
その様子を後ろで見ていたルルアが、プクゥッと頬を限界まで膨らませて杖を構え、ラビーナが「また女を泣かせているのか、この男は」と呆れたように肩をすくめた。
「と、とりあえず契約成立ってことでいいな!? なら、次は俺たちの『クラン』の認可だ!」
「ひゃいっ! ずずっ……もちろんです! このワカバの権限で、特A級の優先処理で登録いたしますぅ!」
ワカバは涙と鼻水をハンカチで拭うと、ギルドの正式な登録用紙を拓哉の前に差し出した。
「ここに、クランの名称と、マスター(代表者)、そして初期メンバーのお名前をご記入ください」
拓哉は羽根ペンを受け取り、少しだけ考え込んだ。
自分の『リサイクルマスター』という力。地球のゴミを出して、この異世界を生き抜くという覚悟。
「……クラン名は、これだ」
拓哉がサラサラと書き込んだ文字を見て、ワカバが読み上げる。
「クラン『リサイクル』……? 聞き慣れない言葉ですが、どのような意味の古代語でしょうか?」
「『一度死んだもの(ゴミ)を、新たな命として甦らせる』……って意味さ」
「一度死んだものを、甦らせる……!」
ラビーナが目を輝かせ、深く頷いた。
「素晴らしい……。我々のように居場所を失った者たちを救い、新たな使命を与える。まさに不死鳥の如き、気高き名だ!」
「いや、ただの再利用って意味なんだけど……まぁカッコいいからそれでいいや」
拓哉が苦笑する中、メンバーの欄に次々と名前が書き込まれていく。
マスター:鈴木拓哉。
戦闘員:ラビーナ、ルルア、リリス。
会計係:ニャーニャ。
そして、第一号の現地メンバーとして、ニックとロース。
「はい! 確かに受理いたしました! これより、タナントシティ冒険者ギルドは、クラン『リサイクル』の設立を正式に承認いたします!」
ワカバが羊皮紙にギルドマスターの印章を力強く――勢い余って自分の手にもインクをつけながら――バンッ!と押し付けた。
「おめでとうございます、拓哉マスター!」
その瞬間、拓哉の脳内に、ファンファーレのようなシステム音が鳴り響いた。
『――ピンポーン♪ クラン(組織)の設立を確認しました。』
『リサイクルマスターの権限レベルが【Lv.2】に上昇しました。新たな召喚カテゴリーが解放されます。』
(レベルアップ……!? そうか、組織を持ったことで、出せる「ゴミ」の種類が増えるのか!)
新たな力の予感と、頼もしい仲間たちの笑顔。
そして、ギルドマスターという強力な後ろ盾。
異世界の資本主義と魔物が交差するタナントシティで、鈴木拓哉が率いるクラン『リサイクル』の快進撃が、今、正式に幕を開けたのだった。




