EP 11
ドジっ子ギルドマスター・ワカバ(20歳)
ばさばさーっ!
宙を舞う大量の羊皮紙(書類)が、雪のようにギルドのホールの床に降り注ぐ。
「い、痛ぇ……」
床に顔面から激突してうめき声を上げているのは、亜麻色の髪をツインテールにした、大きな瞳の可愛らしい少女だった。歳は拓哉と同じ20歳くらいだろうか。
身につけているのは、高級な素材で仕立てられたギルドの制服だが、盛大にすっ転んだせいでリボンも胸元も少し乱れてしまっている。
「だ、大丈夫ですか?」
拓哉は思わず駆け寄り、床に散らばった書類を拾い集めながら手を差し伸べた。
「あわわわわ……! ご、ごめんなさいっ! またやっちゃった……!」
少女は真っ赤になって起き上がり、拓哉の手にすがりついて立ち上がろうとした……が、自分のローブの裾を踏んづけて、今度は拓哉の胸にポスッと頭突きをする形で倒れ込んだ。
「ふぎゃっ!」
「おっと。……って、本当に大丈夫か?」
「す、すみません、お見苦しいところを……! ありがとうございますぅぅ!」
慌てて身だしなみを整えながら、少女はへにゃりとした、どこか庇護欲をそそる笑顔を見せた。
「わ、私、ここのギルドマスターをやっております、ワカバと申します。えへへ……」
その自己紹介を聞き、拓哉たちは一斉に言葉を失った。
「「「このドジっ子が、ギルドマスター!?」」」
「えへへ……じゃないだろ! どんなギャグ漫画の登場人物だよ!」
思わず拓哉が的確なツッコミを入れると、案内役のニックがヒソヒソと耳打ちをしてきた。
「噂には聞いてたッスけど、マジだったんスね。ワカバ様は、ルナミス帝国の首都から派遣されてきた、魔導学と経済学を修めた『超絶エリート』らしいんスけど……」
「超絶エリート?」
「はい。でも、見ての通りの性格で、本部の重要な書類を暖炉にぶちまけたり、偉い人の顔にインクをぶっかけたりして……この辺境のタナントシティに『左遷』されてきたって噂ッス」
(なるほど、典型的な『能力はあるけど致命的にドジなポンコツ枠』か)
拓哉が納得していると、ワカバは涙目で拾い集めた書類を抱きしめた。
「うぅ……また転んじゃいました。ただでさえ、今月のギルドの決算報告が真っ赤っかで、本部から『来月も赤字ならギルドマスター解任』って言われてるのにぃ……」
ワカバが泣き言を漏らしたその時。
拓哉の視線が、彼女の抱えている書類の一番上にピントを合わせた。
「……ん? あんた、その一番上の書類……『タナントシティ・ギルド月間収支報告書』か?」
「ひゃあ!? み、見ないでくださいぃ! 恥ずかしい赤字の数字がびっしり……!」
「いや、ちょっと待ってくれ」
元・経済学部生(時給1000円のコンビニレジ打ち兼任)の血が騒いだ。
拓哉は書類を一枚抜き取り、そこに書かれた数字の羅列を、凄まじい速度で目で追っていく。
「おいおい……なんだこのガバガバな経費の計上は。ポーションの仕入れ値が、市場の相場より3割も高く設定されてるぞ。それに、この『新人冒険者支援金』の枠、魔物討伐の報酬じゃなくて、ただのバラマキ(無条件給付)になってるじゃないか。これじゃあモチベーションも上がらないし、赤字になるに決まってる」
「えっ……?」
ワカバがパチクリと大きな瞬きをした。
「だ、旦那様の言う通りですニャ。このポーションの仕入先……『ドワーフ武具ギルド』の抱き合わせ販売ですニャ。ゴルド商会を通せば、今の半額で卸せますニャン」
ニャーニャが横から顔を出し、算盤を弾きながら拓哉の指摘を裏付ける。
「あ、あなたたち……この数字の『無駄』が、一瞬で分かるんですか……!?」
「まぁ、俺は元の世界で……その、大学っていうところで経済学を学んでたからな。この程度の杜撰な帳簿なら、どこを削れば黒字化するかなんて一目瞭然だよ」
拓哉が当然のように答えると、ワカバの大きな瞳に、みるみると星屑のような輝きが宿り始めた。
そして、彼女は書類を放り投げ、拓哉の両手をガシィッ!と強く握りしめた。
「き、救世主様ですぅぅぅぅっ!!」
「うおっ!?」
「お願いです、私を……このギルドを助けてください! このままじゃ私、本国に呼び戻されて、地下迷宮の便所掃除係にされちゃいますぅぅ!」
ポロポロと涙を流しながらすがりついてくる、年頃の可愛らしいギルドマスター。
その様子を見ていたルルアが、わずかに頬を膨らませて杖をギュッと握り、ラビーナが「やれやれ、また面倒な娘をたぶらかしているな」と呆れ顔で息を吐いた。
「わ、分かった! 分かったから泣きつくな! ちょうど俺たちも、あんたに重要な『商談』と『頼み事』があって来たんだ」
「商談……ですか?」
「あぁ。俺たちのクラン設立と……ギルドの赤字を、一瞬でひっくり返す『魔法の杖(鉄パイプ)』の公式納入契約だ」
拓哉が不敵な笑みを浮かべてみせると、ワカバはゴクリと唾を飲み込んだ。
「と、とりあえず、立ち話もなんですし……奥の執務室へどうぞ!」
ズコーッ!
ワカバは案内しようと振り返った瞬間、またしても何もない平坦な床でつまずき、派手に転倒した。
「……まぁ、まずはあんたの歩き方からコンサルティングする必要がありそうだけどな」
苦笑いしながら、拓哉たちはタナントシティのギルド中枢――ワカバの執務室へと足を踏み入れるのだった。




