EP 7
不良賢者の鼻血と、すき焼きの宴
「……あの兄ちゃんたち、何やってるの?」
「さあ? 大人の男の人って、たまにワケ分かんないことで泣くよね」
ミルクファームの庭で、孤児の子供たちがポカンと口を開けていた。
その視線の先では、借金という固い絆で結ばれた拓哉と不良賢者ウィスターが、熱い抱擁を交わしたまま男泣きしている。
「はいはい、むさ苦しいオッサン(?)たちの友情はそこまでですニャ! まずは馬車を庭に入れさせてほしいニャン」
ニャーニャの冷静なツッコミで、ようやく二人はハッと我に返り、咳払いをしながら離れた。
「……コホン。まぁそういうわけだ、拓哉。借金持ちのよしみだ、この孤児院は好きに使ってくれて構わねぇよ」
「助かるよ、ウィスターさん。……あ、そうだ。タダで泊めてもらうのも悪いし、子供たちにちょっとしたプレゼントを出すよ」
拓哉は庭の端に集まっている子供たちに向けて、ステータス画面を操作した。
【召喚:サッカーボール(※空気が少し抜けかけの中古品)】
【決済額:10G】
ポンッ!と拓哉の足元に、白と黒の幾何学模様が描かれた丸いボールが現れる。
「ほら、お前たち! これで遊んでみな! 蹴っても投げても丈夫なボールだぞ!」
拓哉が軽くボールを蹴ってやると、子供たちは見たこともない球体に一瞬で目を輝かせた。
「わーっ! なにこれ、よく跳ねる!」
「すっげー! 蹴っても痛くない!」
あっという間に、庭はボールを追いかける子供たちの歓声で満たされた。
それを見ていたニックとロースが、目を丸くする。
「すげぇ……あのボール、魔法の素材でできてるんスか?」
「いや、ただの合成皮革とゴム(地球のゴミ)だよ」
笑って答える拓哉を見て、ウィスターがポポロシガーの煙をくゆらせながら目を細めた。
「……何もない空間から、物資を召喚したな。しかも、魔力を一切消費せずに。なるほど、ただの借金持ちの兄ちゃんじゃねぇってわけだ」
その鋭い観察眼に、拓哉は(やっぱりこの人、ただの酔っ払いじゃないな)と内心で舌を巻く。
ふと、拓哉はもう一つのアイデアを思いついた。
孤児院とはいえ、子供たちがただ遊んでいるだけで、体系的な教育を受けている様子はない。異世界の平民には、読み書きや計算の機会すら乏しいのだろう。
「ウィスターさん。あんた『賢者』だって言ってたよな。これ、子供たちの勉強の役に立たないか?」
拓哉は再びリサイクルマスターを発動し、今度は少し分厚い紙の束を取り出した。
【召喚:小学生向け・算数ドリルと教科書セット(※書き込みありの廃棄処分品)】
【決済額:50G】
「なんだこりゃ? 本か? この世界の言語とは違う文字で書かれてるようだが……」
ウィスターは訝しげにドリルを受け取った。
拓哉の『リサイクルマスター』で出た本は、召喚者の意図に合わせてこの世界の言語(共通語)に自動翻訳される仕様になっている。
ウィスターは気怠げにページをパラパラとめくり始めた。
……が。
その数秒後、彼の表情が、まるで雷に打たれたかのように硬直した。
「なっ……! こ、これは……!!」
ウィスターの震える手が、ページをめくる速度を上げていく。
『リンゴが3つあります。2つ食べると、残りはいくつでしょう?』
『ピザを4等分しました。そのうちの1つは、分数でどう表すでしょう?』
「な、なんという……なんという合理的で、無駄のない教授法だ! 抽象的な『数字』の概念を、果物や食べ物という『視覚的イメージ』に変換して子供の脳に直接叩き込んでいるだと……!? しかも、この練習問題の段階的な構成! 基礎から応用への恐るべき最適化!! これを作ったのはどこの大賢者だ!?」
ウィスターの目は極限まで見開かれ、エルフの高潔な顔が学術的な興奮で真っ赤に染まっていく。
そして、極度の脳内物質の分泌により……タラーリ、と。
美しいエルフの鼻から、一筋の真っ赤な鼻血がこぼれ落ちた。
「せ、先生!? だ、大丈夫ですか!?」
「興奮しすぎて鼻血出てますニャ!?」
拓哉とニャーニャが慌てて声をかけるが、ウィスターは鼻血を拭うのも忘れ、ドリルを胸に抱きしめて打ち震えていた。
「素晴らしい……! 実に素晴らしいぜ、拓哉! この教材があれば、この孤児院のガキ共の学力は数ヶ月で魔法学校のエリートどもを凌駕する! ありがとう……恩に着るぜ、兄弟!」
「きょ、兄弟……?」
いきなり親友扱いされ、拓哉は苦笑するしかなかった。
その時、拓哉の脳内に、いつもの小気味よいシステム音が鳴り響いた。
『――ピンポーン♪ 善行を確認しました。』
『孤児院の子供たちの教育環境改善、および知育に多大な貢献をしました。ポイントが50,000G加算されます。』
(ご、5万G!? ペットボトルもんどりの時もそうだったけど、このシステム、マジで子供関連の善行に甘すぎないか!?)
内心でツッコミを入れる拓哉をよそに、ウィスターはすっかり上機嫌になっていた。
「いやぁ、拓哉! お前みたいなインテリの同志に出会えるとは! さあさあ、遠慮はいらねぇ。このミルクファームを自分の家だと思って、好きなだけ長居してくれ!」
「住処ゲットですニャ! さすが旦那様、借金話と教育本で、不良エルフの懐に完全に入り込みましたニャ!」
ニャーニャがガッツポーズをする。
「ははは、ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えて……そうだ! 今日の夕飯は、俺が腕によりをかけて、みんなにご馳走しますよ! 豪勢に『すき焼きパーティー』なんてどうです!?」
「「「すき焼き!?」」」
聞き慣れない料理名に、ラビーナやルルア、そしてニックたちが首を傾げる。
だが、拓哉の言う「故郷の料理」がどれほど凶悪な美味さを持っているか、ヒロインたちは身をもって知っていた。
「や、やります! ぜひ食べたいですわ!」
「むぅ! ツナマヨ、シリアルと来て、次はすき焼きか……! 私の胃袋が、未知の戦場を求めて鳴動している!」
「ラビーナさん、よだれ、よだれ!」
その日の夕方。
ミルクファームの広間は、暴力的なまでの『甘辛い匂い』に支配されていた。
拓哉は先ほどの5万Gのボーナスを惜しみなく使い、『消費期限ギリギリの特売牛薄切り肉(メガ盛り)』『長ネギ』『焼き豆腐』『しらたき』『白菜』、そして『すき焼きのタレ(市販品)』を大量にリサイクルし、カセットコンロ用の鉄鍋で一気に煮込んだ。
「さぁ、出来たぞ! 卵は衛生的にちょっと怖いから、そのまま食べてくれ!」
グツグツと音を立てる茶色い鍋から、肉と野菜を器に盛り分ける。
一口食べた瞬間、全員の動きがピタリと止まった。
「……ッ!! んん〜〜〜ッ!!」
ルルアが両手で頬を押さえ、幸せそうに身悶えする。
「お、美味しい……! このお肉、信じられないくらい柔らかくて……甘辛いタレの味が、お野菜と豆腐に限界まで染み込んでますわ!」
「むぐっ! はふっ! う、美味い! なんだこの味の暴力は! ご飯が進む、進みすぎるぞ!!」
ラビーナは完全に騎士の威厳を投げ捨て、物凄い勢いで肉を白米(※米麦草ではなく地球のパックご飯)にバウンドさせて掻き込んでいる。
「美味いニャー! 甘くてしょっぱくて、もう手が止まらないニャ! これ、タナントシティの貴族に法外な値段で売れる味ですニャ!」
そして、孤児院の面々も感動の渦に飲み込まれていた。
「すげぇ……すげぇよ兄貴! 俺、こんな美味い肉食ったの、生まれて初めてだ!」
「ご飯おかわり! あと5杯いけるぜ!」
ニックとロースが涙ぐみながら鍋をつつき、子供たちも「おいしい!」「もっとちょーだい!」と大はしゃぎしている。
「おお……おお……! 素晴らしい……拓哉、お前は教育の天才であると同時に、食の賢者でもあったのか……!」
ウィスターに至っては、すき焼きの美味さとドリルを手に入れた感動で、再びポタポタと鼻血を流しながら白米を食べていた。
温かいすき焼きの湯気の向こうで、仲間たちと子供たちの最高の笑顔が弾ける。
タナントシティでの第一歩は、教育と胃袋を完全に掌握するという、最高の形で踏み出された。
(さてと。腹も膨れたし、明日からは本格的に『クラン設立』と『商売』を始めないとな)
拓哉は、自分の足元に転がっている『鉄骨フレイル』を見つめ、不敵な笑みを浮かべるのだった。




