EP 6
商業都市タナントシティと、不良エルフの「ミルクファーム」
「うおおっ……! すげえ、マジで大都会じゃねえか!」
巨大な石造りの城門をくぐった瞬間、拓哉は思わず感嘆の声を上げた。
目の前に広がっていたのは、中世ファンタジーの街並みと、近代的なインフラが奇妙に融合した『魔導パンク』の超巨大都市、タナントシティだった。
大通りには魔法石を動力源とした『魔導車』や『ロックバイソン・エクスプレス(定期バス)』が行き交い、建物の壁には光る文字で【タロペイ(魔導QR決済)使えます】の看板が掲げられている。
佐藤太郎が遺した「100円ショップの概念」と現代知識が、100年の時を経てこの都市をマンルシア大陸屈指の経済特区へと発展させていたのだ。
「す、すごいですわ……人がゴミのようですぅ」
「ルルア、その言い回しは色々とマズいからやめろ」
目を回しているルルアにツッコミを入れつつ、拓哉は周囲を見渡す。
ラビーナは立ち並ぶ屋台から漂う肉の焼ける匂いにウサギ耳をピクピクと反応させ、リリスは「あの看板の『ルナミスパーラー』って何ですかぁ! パチンコって書いてありますぅ!」とダメな方向に興味を示していた。
「さて旦那様。まずは宿探しですニャ。……と言いたいところですがニャ」
御者台から飛び降りたニャーニャが、道端の宿屋の料金表を見て顔をしかめた。
「タナントシティの中心部は、地価も物価もバカ高いですニャ。私たち7人と馬車1台が泊まれる宿となると、一番安いドミトリー(相部屋)でも一泊で銀貨5枚(5,000G)は吹っ飛びますニャン」
「一泊5,000Gか……。ザックからの慰謝料送金があるとはいえ、クラン設立の資金や当面の生活費を考えると、毎日の出費としてはデカいな」
拓哉が腕を組んで悩んでいると、ニックとロースが顔を見合わせて進み出た。
「あの……兄貴たち。もし、今夜泊まるアテがないんだったら、俺たちが世話になってる場所に来ませんか?」
「そうだぜ! 『ミルクファーム』っていう孤児院なんスけど、庭が広いから馬車も停められるし、空き部屋もいくつかあるから、野宿よりは絶対マシッスよ!」
「孤児院……?」
拓哉がオウム返しに呟くと、ルルアがハッとした顔になった。彼女自身も修道院で育った身だ。
「ええ、ぜひ! 行ってみましょう、拓哉さん。私たちでお手伝いできることがあるかもしれませんし」
「ふむ、宿代が浮くなら異存はないニャ」
拓哉も頷き、一行はニックたちの案内で、賑やかな大通りから少し外れた静かな地区へと向かった。
「ここが、俺たちの育った『ミルクファーム』っス!」
ニックが指差した先には、少し年季が入っているが、庭の手入れが隅々まで行き届いた大きな木造の建物があった。
庭では、様々な種族の子供たちが鬼ごっこをして駆け回っている。
「ニック兄ちゃん、ローストン兄ちゃん、おかえりー!」
「お仕事どうだったー!?」
子供たちが二人に気づいてわっと群がってくる。
だが、拓哉の視線は、子供たちではなく、建物の入り口のベンチで**「仰向けになって寝ている男」**に釘付けになっていた。
年齢は30歳ほどだろうか。長く美しい金髪に、尖った耳。間違いなく、森の奥深くで霞を食って生きていると言われる、あの高潔なる『エルフ』だ。
……しかし。
「う、うぅぅ……頭が痛ぇ……。おいガキども、騒ぐな……二日酔いの脳みそに響くだろ……」
そのエルフの男は、胸元がはだけただらしないシャツを着ており、片手には装飾の宝石が全て引っこ抜かれた『ただの木の棒(両手杖)』を抱え、もう片方の手にはポポロ村特産の高級嗜好品『ポポロシガー』をふかしていた。
どこからどう見ても、昼間から酒を飲んで管を巻いている『ダメなオッサン』である。
「うわぁ……なんか、すごく『終わってるオーラ』が出てる人がいますぅ」
「リリス、声がでかい」
「ウィスター先生!!」
ドン引きする拓哉たちをよそに、ニックがズンズンとベンチに歩み寄り、エルフの男――ウィスターの胸倉を掴んで揺さぶった。
「また昼間から安酒飲んで寝てるんスか! しかもそのポポロシガー、また酒場にツケで買ったな!? 今月の孤児院の食費がギリギリだって言ってるのに!」
「うるせぇな、ニック……。これは世界樹の精霊からの『お告げ(ストレス発散)』だ。俺みたいな天才賢者が、こんなむさ苦しい孤児院のオッサンやってんだ。少しくらい飲む・打つ・買うの息抜きしたってバチは当たらねぇよ……」
ウィスターは面倒くさそうに頭を掻きむしり、ゆっくりと身を起こした。
そして、その後ろに立っている拓哉たち一行に気付き、気怠げな視線を向ける。
「……あ? ニック、ロース。その後ろの連中はなんだ? スラムの野良犬でも拾ってきたのか?」
「違いますよ! 俺たちが死甲虫機に殺されそうになったところを助けてくれた、命の恩人の拓哉さんたちです!」
「死甲虫機……? あんな辺境の森にサルバロスの遺物が湧いたのか」
ウィスターがポポロシガーの煙を細く吐き出した、その瞬間。
拓哉は背筋にゾクッと冷たいものが走るのを感じた。
(……なんだ、今の視線は?)
死んだ魚のようだったウィスターの瞳が、一瞬だけ、極限まで研ぎ澄まされた刃のような鋭さを帯びたのだ。
拓哉のタクティカルベスト、腰の鉄骨フレイル、ニャーニャの算盤、そしてラビーナの剣の重心。それらすべてを、0.1秒の間に完璧に「鑑定」したかのような、圧倒的な賢者の眼力。
しかし、それは瞬きする間に消え去り、再びダメなオッサンの顔に戻っていた。
「ほう……命の恩人様か。そりゃあご丁寧にどうも。俺はこのミルクファームの院長をやらされてる、ウィスターだ」
「俺は鈴木拓哉。こっちは仲間のルルア、ラビーナ、ニャーニャ、リリスだ。数日泊めてもらえると助かるんだけど」
「別にいいぜ。庭も空き部屋も好きに使え。どうせ俺は、ルナミス帝国の内務官・オルウェルってクソ野郎に、借金のカタでこの孤児院の経営を『強制労働』として押し付けられてるだけの身だからな」
「借金のカタ?」
「あぁ。ルナミスパーラーのパチンコと競馬で大負けしてな。気づいたら天文学的な借金を背負わされて、マグローザ漁船に乗るか、ここでガキ共の面倒を見るかの二択を迫られたのさ。ハッ、俺の人生、完全に帝国の福祉システム(ブラック労働)の奴隷だよ」
自嘲気味に笑うウィスターの言葉を聞き。
拓哉の目の奥に、熱い感情が込み上げてきた。
(……この男、俺と同じだ……!!)
「ウィスターさん……!!」
「ん? なんだ兄ちゃん、急に距離詰めてきて」
拓哉はウィスターの前に歩み寄ると、その両手をガッシリと固く握りしめた。
「俺も……! このポンコツ女神に、出会って3分で『90万Gのクレカの借金』を押し付けられて、マグローザ漁船送りに怯える日々を過ごしてきたんです……! 借金の辛さ、痛いほど分かります……!!」
「な、なんだと……!? お前、そんな若さで90万Gも……!?」
ウィスターの目が、驚愕に見開かれた。
「兄ちゃん……お前も、理不尽な資本主義の被害者だったのか……!」
「はい! 毎日残高を気にして、100Gのジュースを出すのにも震える日々でした!」
「……よく生きてたな。俺はルナミスパーラーの『CR異世界転生トラックでドン!』で全財産溶かした時、本気で首を吊ろうと思ったぜ」
「「同志よおおおおっ!!!」」
借金という絶対的な共通言語。
異世界から来た元コンビニ店員と、森を追放された不良エルフ賢者は、涙を流しながら熱い抱擁を交わした。
「ちょっ、拓哉さん!? なんであんなダメな大人と謎の友情を育んでるんですか!?」
「類は友を呼ぶ、ということですわね……」
「類友の元凶はお前だろ、リリス」
呆れ果てるヒロインたちをよそに、拓哉とウィスターの「借金まみれ同盟」が今ここに爆誕した。
タナントシティでの生活は、波乱と爆笑の予感と共に幕を開けたのだった。




