EP 5
街道の死闘と、若き冒険者との出会い
タナントシティまであと半日ほどの距離まで来た頃には、街道はいくらか整備され、時折、他の旅人や商人の馬車ともすれ違うようになっていた。
遠くには微かに巨大な城壁らしきものが見え隠れし、拓哉たちの胸にも目的地への期待感が膨らんでくる。
「お、見えてきたんじゃないか? あれがタナントシティかな」
防刃ベストの上に型落ちのタクティカルリュックを背負った拓哉が、遠くを指差しながら言う。
御者台のニャーニャが目を細めた。
「まだ距離がありますニャ。あれは街を囲む外壁の一部でしょうニャ。でも、もう目と鼻の先なのは確かですニャン」
「ふむ、街が近いということは、美味い飯屋も近いということか……」
朝にシリアルを平らげたばかりのラビーナの関心は、相変わらず食事が中心だった。ルルアも、街が近づくにつれて増える人の気配に、少し緊張した面持ちで周囲を見回している。
その時だった。
街道の少し先、道の脇にある森の入り口あたりから、若者たちの必死な叫び声と、金属が激しくぶつかる甲高い音が聞こえてきた。
「……! 何か争っている音だニャ!」
ニャーニャが素早く馬車を止め、一行は音のする方へ警戒しながら近づいていく。
森の入り口近くの開けた場所で、二人の青年が巨大な魔物と必死に戦っていた。
一人はがっしりとした体格に短い角と牛の尾を持つ『牛耳族』の青年。もう一人は、丸々とした体つきに豚のような鼻と耳を持つ『豚耳族』の青年だ。歳は拓哉と同じ20歳くらいだろうか。使い古された革鎧を着ており、牛耳の青年は鉄ハンマーを、豚耳の青年は鉄斧を構えている。
対する魔物は、巨大なカブトムシのような形状をした不気味な機械生命体――サルバロスの遺物である『死甲虫機』だった。
「クソッ! ニック、俺の斧が弾かれた! なんだよこの装甲の硬さは!」
「落ち着けロース! 俺がハンマーで足を止める! お前は後ろに回り込め!」
牛耳族のニックが、身の丈ほどある鉄ハンマーを全力で振り下ろす。
――ガキィィィンッ!!
しかし、死甲虫機の分厚い機械装甲は、その重い一撃をいとも簡単に跳ね返した。
「ウソだろ!? 俺のフルスイングがノーダメージかよ!?」
驚愕で動きが止まったニックへ向け、死甲虫機が巨大な角を突き出して突進の構えを取る。駆け出しの冒険者である二人の武器では、あの極厚の装甲を破ることは不可能だった。
「見過ごせんな。駆け出し冒険者が手に負える相手ではない。行くぞ!」
ラビーナが状況を即座に判断し、剣を抜いて駆け出した。
「ルルアは後方から支援魔法を! リリスは……まぁ適当に祈っててくれ! ニャーニャは馬車から援護!」
「了解ですニャ! 旦那様もお気をつけて!」
拓哉もリュックを下ろし、鉄骨フレイルを構えてラビーナに続く。
「疾ッ!」
ラビーナが戦場に疾風のように駆け込み、ニックに突進しようとしていた死甲虫機の側面に神速の剣撃を叩き込む。
火花が散り、死甲虫機が突進の軌道を逸らされて体勢を崩した。
「なっ……!?」
「すげえ速さ……!」
ニックとロースが呆然とする中、ニャーニャの放ったクロスボウの矢が死甲虫機の関節部分に突き刺さり、その動きをさらに鈍らせる。
「ルルア、二人を下がらせてくれ!」
「はいっ! 『プロテクト・バリア』!」
ルルアの展開した光の壁がニックとロースを包み込み、安全圏へと退避させる。
標的を見失い、怒り狂った死甲虫機は、今度は正面から向かってきた拓哉へと狙いを定めた。
「ギギギギギッ!!」
戦車のような装甲を誇る死甲虫機が、地面を削りながら拓哉へと突進してくる。
だが、拓哉は焦らなかった。
ラビーナとの特訓で身につけた間合いの把握。そして、手にした『地球の物理法則』への絶対の信頼。
(鉄のハンマーでも凹まない装甲なら……さらに重くて硬い質量で、中身ごとぶっ叩く!)
「うおおおおッ!!」
拓哉は突進を紙一重で横に跳んで避けながら、遠心力を極限まで乗せた『鉄骨フレイル』を、死甲虫機の側面装甲に向かってフルスイングした。
ドゴオオオオオンッ!!!
空気を叩き潰すような凄まじい轟音が森に響き渡った。
異世界の粗悪な鉄で作られたハンマーとは違う。現代地球の強固なコンクリートの塊と、それを支える強靭な鋼鉄のパイプ。
運動エネルギーを極限まで高められたその質量攻撃は、死甲虫機の分厚い外殻を紙くずのようにベコォッとへこませ、内部の機械回路ごと完全に粉砕した。
「ギ、ギギッ……ピーーー……」
断末魔の電子音を漏らし、死甲虫機は六本足を痙攣させて機能停止した。
「ふぅ……一発で決まって良かったぜ」
煙を上げるコンクリート塊を肩に担ぎ直し、拓哉は荒い息を吐いた。
あっという間の出来事だった。
さっきまで自分たちを圧倒していた魔物が、見たこともない奇妙な武器のたった一撃で鉄屑に変わった光景に、ニックとロースはただ呆然と立ち尽くしている。
「……す、すげぇ……あのクソ硬い甲虫が一撃……」
「た、助かった……のか?」
拓哉がフレイルを下ろし、二人に歩み寄る。
「大丈夫か、二人とも? 怪我はないか?」
声をかけられ、二人はハッとして慌てて頭を下げた。
「あ、ありがとうございます! 助けていただいて……! 俺、ニックって言います!」
「俺はロースだ! あんたたちがいなかったら、確実にミンチにされてたぜ……!」
「無事で何よりだよ。俺は鈴木拓哉。こっちは仲間のラビーナ、ルルア、ニャーニャ、あとリリスだ」
拓哉が気さくに笑うと、ニックとロースの視線は、拓哉の身につけている見慣れぬ装備――タクティカルベストや型落ちのリュック、そして何より、足元に転がる『鉄骨フレイル』に釘付けになった。
「それにしても、あんたのその装備、すげぇな! 軽そうなのに隙がないし、あの鉄塊が付いた杖……一体どこの名工が打ったんだ!?」
「あー、これは……まぁ、ちょっと特殊なルートで手に入れた『リサイクル品』ってやつでさ」
ロースの食い気味な質問に、拓哉は苦笑いで誤魔化す。
すると、ニャーニャが商売人の顔になってススッと前に出てきた。
「ささ、長話もなんですニャ。お二人ともタナントシティの冒険者ですニャ? 良かったら、街までご一緒しませんかニャ? 色々と街の情報を教えてほしいんですニャン」
「え、いいんスか!?」
「助かります! 俺たち、タナントシティにある『ミルクファーム』って孤児院の出身なんスけど、良かったらそこに案内しますよ! 院長の先生なら、街のことにめっちゃ詳しいんで!」
ニックの提案に、拓哉たちは顔を見合わせた。
見知らぬ大都会で、現地のガイドとツテが手に入るのは非常にありがたい。
「孤児院の院長先生か。ぜひ挨拶させてくれ」
「へへっ、任せてくだせぇ兄貴!」
ロースが人懐っこく笑い、拓哉をあっさりと「兄貴」呼ばわりする。
こうして拓哉たち一行は、思いがけず二人の若い獣人族の冒険者を加え、賑やかさを増して大都市タナントシティへの最後の道のりを進むことになったのだった。




