EP 4
両手に花と、朝霧の4の字固め
朝靄がうっすらと立ち込めるキャンプサイト。
小鳥のさえずりが微かに聞こえる中、拓哉は心地よい温かさの中でゆっくりと意識を取り戻しつつあった。
(ん……なんだか、やけにあったかいな……。それに、この両手の柔らかくて、ふさふさした感触は……?)
まだ半分眠っている頭でぼんやりと考えながら、無意識にその極上のモフモフ感を楽しんでいた拓哉だったが、完全に目が覚めると同時に、自分の置かれた状況に気づいて一気に血の気が引いた。
(は!? な、なんだこれ!?)
なんと、彼の両隣には、ラビーナとニャーニャが、まるで大きな抱き枕にでもするようにぴったりとくっついて、すやすやと寝息を立てていたのだ。
しかもご丁寧に、拓哉の右手にはラビーナの長い兎耳が、左手にはニャーニャの柔らかな猫耳が、それぞれふわりと握られてしまっている。昨夜の冷え込みのせいで、二人が無意識に暖(拓哉)を取ろうと身を寄せてきた結果らしい。
(な、なんでこんなことに!? コイツら、寝相悪すぎだろ……!)
拓哉は身動き一つ取れず、冷や汗を流す。
下手に動けば二人を起こしてしまうし、かといってこの状況は非常にまずい。特に、もしこの修羅場めいた光景をルルアに見られたら……。
そんな拓哉の最悪の予感は、見事に的中した。
ちょうどその時、ニャーニャの荷馬車に併設された小さなテントの入り口から、ルルアが心配そうに顔を覗かせたのだ。昨夜、拓哉が遅くまで見張りをしていたのを気遣って、様子を見に来てくれたのだろう。
しかし、彼女の目に飛び込んできたのは、両手に花(獣耳)状態で、幸せそうに眠っている(ように見える)拓哉の姿だった。
スッ……と、ルルアの顔から表情が消える。
その小さな身体はわなわなと震え始め、大きな瞳にはみるみる涙が溜まっていく。
「た、拓哉さん……」
「ル、ルルア!? いや、違うんだ! これは、その、なんというか、不可抗力で……!」
拓哉が必死で言い訳をしようとした、その瞬間。
「拓哉さんの、バカーーーーッ!!」
パァン!!と、朝の森に乾いた破裂音が響き渡り、拓哉の左頬に鋭い痛みが走った。
ルルアの渾身の平手打ち(ビンタ)だった。
「イデッ!? いや、だから、俺は何も……!」
「むにゃ……? 何だ、騒がしいな……」
「んニャ……? 朝から元気ですニャ……?」
ビンタの音と拓哉の悲鳴で、ようやくラビーナとニャーニャが目を覚ました。寝ぼけ眼で状況を把握しようとする二人に、涙目のルルアと、赤く腫れた頬を押さえる拓哉の姿が映る。
ラビーナは状況を即座に(ただし、盛大に勘違いして)理解したようだ。ニヤリと挑戦的な笑みを浮かべる。
「ほぅ、拓哉。寝ている私に夜這いをかけるとは、なかなか良い根性ではないか。その勇気や良し。だが……覚悟はできているのだろうな?」
「だから違うって言ってるだろ! なんでそうなるんだよ!?」
「あらあら、旦那様。寝ているか弱い乙女たちに手を出すなんて、紳士的ではありませんニャ。これはもう、きっちり『慰謝料(追加マージン)』を請求しませんとニャ!」
ニャーニャもここぞとばかりに便乗してくる。
次の瞬間、拓哉の身に更なる悲劇が襲いかかった。
「まずは、その不埒な行いを身体で反省してもらうぞ!」
ラビーナが騎士の素早い動きで拓哉の足を取り、なんとプロレス技の「4の字固め」をガッチリと極めてきた! 膝の関節にミシミシと激痛が走る!
「ぎゃああああッ! 痛い痛い痛い! ギブ! ギブ! ラビーナ、本気!? 騎士の技じゃないだろそれ!!」
「反省の色が見えませんニャ! この、浮気者め!」
ニャーニャは拓哉の顔に飛びかかり、その小さな爪で(ギリギリ手加減はしているようだが)連続引っ掻き攻撃を繰り出す!
「ヒィィィィ! だから無実だって! 俺は本当に何もしてないんだあああああ!!」
「ふわぁ……朝から賑やかですねぇ。拓哉さん、私お腹すきましたぅ」
「リリス! 助けて! お願いだからこいつらを止めてくれぇぇっ!」
寝起きのジャージ女神は、関節技を極められて悶絶する拓哉を完全にスルーし、空のコップをカンカンと叩きながらご飯の催促を始めた。
拓哉の悲痛な絶叫が、朝の静かなキャンプサイトに虚しく響き渡った……。
数十分後。
顔に幾筋かの赤い引っ掻き傷を作り、足を引きずりながら、拓哉は焚き火の前で朝食の準備をしていた。その表情は疲れ果て、完全に魂が抜けている。
「……ったく、朝からひどい目にあったぜ……。なんで俺がこんな理不尽な目に……」
ブツブツと文句を言いつつも、拓哉はステータス画面を開き、『リサイクルマスター』を発動した。
「朝から火を焚いて料理する気力もねぇ。これでいいや……」
彼がリサイクルしたのは、カラフルな輪っか型や砂糖がまぶされたフレーク状の乾燥食品――『朝食用シリアル(※賞味期限ギリギリの廃棄品)』数種類と、大きな紙パックに入った『牛乳(※消費期限本日中)』だった。消費ポイントは合計でわずか5G。
木の器にシリアルをザラザラと入れ、冷たい牛乳をたっぷりと注ぐ。
それだけの手軽な朝食だ。
「ほら、できたぞ……食え。俺の故郷の朝食『シリアル』だ」
やけくそ気味に差し出すと、先ほどまで彼をボコボコにしていたヒロインたちは、何事もなかったかのように円になって席に着いた。
「ん……? なんだこれは。カラフルな木の実のようだが……サクッ」
ラビーナがスプーンで一口食べ、ウサギ耳をピンと立てた。
「むぅ! 甘い! サクサクとした食感の後に、冷たい乳のコクが混ざり合って……これは美味いな! 手軽で腹持ちも良さそうだ!」
「美味しいニャー! 砂糖の甘味が疲れた脳に染み渡るニャ! この牛乳がミソですニャ。これもタナントシティで商品になるかニャ……?」
ニャーニャも完全に食欲に身を任せ、すでに算盤を頭の中で弾き始めている。
リリスに至っては「おかわりですぅ!」と三杯目に突入していた。
「……うぅ、おいしい、です……サクサクしてて……」
ルルアは、まだ少し涙目で俯きながらも、もぐもぐとシリアルを頬張っている。
「ルルア……。まだ怒ってるか? ほら、俺のこの顔を見てくれよ。この無実の証である引っ掻き傷と、引きずってる足をさぁ……」
拓哉が情けなく訴えると、ルルアはスプーンを口にくわえたまま、ぷいっと顔を背けた。
「むーっ……。拓哉さんが悪いんです。……でも、その……浮気は、絶対にだめですからね?」
上目遣いで釘を刺され、拓哉は力なく首を縦に振るしかなかった。
(……まぁ、安上がりのゴミ飯でこれだけ喜んでくれるなら、許してやるか)
朝食の後、少しぎこちない雰囲気は残りつつも、四人は協力して後片付けを済ませた。
胃袋を現代食で完全に掌握されているヒロインたちと、振り回されっぱなしの苦労人。一行は再び、タナントシティへの道を賑やかに歩き始めたのだった。




