EP 3
焚き火の夜と、算盤を弾く泥棒猫
ポポロ村を後にして数日。
拓哉たち一行は、商業都市タナントシティへと続く街道を進んでいた。
日が落ち、街道から少し外れた開けた場所で、パチパチと音を立てて焚き火が燃えている。空には満月が淡い光を投げかけていた。
夕食を終え、片付けも済んだ頃。
拓哉はふと何かを思い出したように、空中にステータス画面を呼び出した。
『楽器(中古・ジャンク)』のカテゴリーから、手のひらサイズの小さな楽器を取り出す。消費ポイントはわずか1Gだ。
「まあ、夜も長いし、ちょっとした余興でもな」
そう言って拓哉が口にしたのは、銀色に光る中古のハーモニカだった。
軽く息を吹き込み、音を確かめると、ゆっくりと一つのメロディを奏で始める。それは、拓哉のいた地球では誰もが一度は耳にしたことがある、穏やかで美しい旋律――パッヘルベルのカノンだった。
素朴で、どこか郷愁を誘う音色が、静かな夜の闇に優しく響き渡る。
「……ほう。なかなか良い曲だな、拓哉」
焚き火の火を見つめていたラビーナが、珍しく素直な感想を漏らした。
隣では、ルルアもうっとりと目を細め、その音色に耳を澄ませている。
「ふぁ……なんだか眠くなってくる音ですニャ……旦那様、意外と芸達者だニャ……」
ニャーニャは大きなあくびを一つすると、荷馬車の寝床にゴロンと潜り込み、早々に丸くなってしまった。
「へへっ、まぁこれくらいは、昔ちょっと練習したからな」
拓哉は少し照れながら演奏を終える。
リリスも「神聖なる子守唄ですねぇ……むにゃ」と船を漕ぎ始め、ラビーナも静かに目を閉じて休息の体勢に入った。
「おいおい、自由だなぁ、まったく……」
拓哉は苦笑しながら、焚き火に薪をくべる。
ふと隣を見ると、ルルアがまだ起きて、じっと焚き火の炎を見つめていた。
「あれ? ルルアは寝ないのか?」
「あ……もう少しだけ、拓哉さんのハーモニカ、聴いていてもいいですか?」
「え? ああ、別に構わないけど」
拓哉は再びハーモニカを手に取り、今度はもっと静かな、子守唄のようなメロディを小さく奏で始めた。
しばらく、焚き火の爆ぜる音と、ハーモニカの音色だけが流れる時間が続いた。
やがて、ルルアがぽつりと尋ねた。
「あの、拓哉さんは……その、アナステシア世界にいらっしゃる前は、どんなことをされていたんですか?」
「え? 俺? そうだな……大学っていう、まあ、色んな人が集まって色んなことを学ぶ所に通ってたんだ。普通の学生だったよ。ルルアは?」
「私は……幼い頃に両親を流行り病で亡くして、街の修道院で育てられました。そこで、僧侶としての祈りや、簡単な治癒魔法の基礎を学んで……。その後、ご縁があってポポロ村でお世話になることになったんです」
ルルアは少し俯きながら、淡々と自身の過去を語った。
「そっか……大変だったんだな」
拓哉は言葉を選ぶ。72時間のワンオペバイトなど、彼女の過酷な経験に比べれば些細なものに思えた。
「俺も……まあ、前の世界からこっちに来る時、トラックに轢かれた、みたいな感じだからさ。もう元の世界の親とか兄弟とかに会うこともないだろうし……ある意味、ルルアと同じで、家族がいないようなもんだな」
「拓哉さん……」
ルルアが心配そうな、それでいてどこか共感するような眼差しを向ける。
「……そうですね。なんだか、私たち、似ているところがあるのかもしれませんね」
「……ああ、そうかもな」
少しだけ、二人の間に流れる空気が和らぐ。
静かで、エモーショナルな時間が二人を包み込んでいた。
「あの、拓哉さんは、タナントシティに着いたら、まず何をされるんですか?」
ルルアが、未来へ向けて明るい話題に変えるように尋ねた。
「そうだな……まずは、やっぱりお金を稼がないとな。ザックからの慰謝料があるとはいえ、旅を続けるにしても、クラン(組織)を作るにしても、先立つものがないと始まらないし」
拓哉はそう言うと、ふと思いついて、ステータス画面を操作した。
手元に現れたのは、ポポロ村の防衛戦でも活躍した『鉄パイプ』――先端にコンクリートの塊が付着した、あの凶悪な鈍器だ。焚き火の光を受けて、鈍く黒光りしている。
「例えば、これなんか……見た目はアレだけど、地球の鉄鋼は異世界の粗悪な銅剣なんかよりよっぽど頑丈だし、武器としてどこかで売れたりしないかな?」
拓哉が鉄パイプを眺めながら呟いた、その瞬間だった。
「――!!」
荷馬車で丸くなって寝ていたはずのニャーニャが、まるで極上のマタタビの匂い――否、『金の匂い』を嗅ぎつけたかのように、ガバッ!と恐ろしい勢いで上半身を起こした。
暗闇の中、彼女の猫のような黄金色の瞳が、爛々と獲物を狙うように輝いている。
「チャリーン! と、マネーの香りがしましたニャ!!」
「うおっ!? びっくりした!」
ニャーニャは荷馬車から飛び降りると、瞬時に拓哉の手から鉄パイプをひったくった。
「旦那様! その凶悪な鈍器、もしや売るおつもりですニャ!? 販売経路と価格交渉は、ぜひともこのニャーニャにお任せくださいニャ!……手数料は売上の8割で結構ですニャン!」
「起きてたのかよ!? っていうか手数料高すぎだろ! ヤクザのピンハネか!」
拓哉が間髪入れずにツッコミを入れる間にも、ニャーニャはどこからともなく素早く『ドンガン帝国製・特注算盤』を取り出し、鉄パイプの原価と想定売価の査定を恐ろしいスピードで始めている。
「パチパチパチパチッ! フム、原価は150G……これを駆け出し冒険者に『絶対に折れない魔法の打撃杖』として売り捌けば……ニャフフフフ! ボロ儲けの予感しかしないニャ!」
「勝手に魔法の杖にするな! ただの産業廃棄物だよ!」
しっとりとした焚き火の夜のエモい空気は、強欲な泥棒猫の算盤の音によって、ものの数秒で見事に粉砕された。
「むにゃむにゃ……拓哉……苦しくないぞ……もっと、もっとツナマヨを……唐揚げもだ……」
隣では、ラビーナが幸せそうな顔で寝言を言いながら、何故か自分の剣の柄をかじろうとしている。その内容は、やはりジャンクフードのことばかりだ。
「……なんて夢見てんだ、この兎騎士は。リリスはよだれ垂らしてるし」
拓哉は大きくため息をつくと、騒がしい(そして強欲な)仲間たちの寝顔と、未だに算盤を弾き続けるニャーニャを交互に見て、最後に遠くに広がる満月を見上げた。
(お金を稼いで、仲間を増やして、組織を創る、か……。前途多難すぎるぜ)
だが、不思議と嫌な気はしなかった。
拓哉は苦笑しながら、再びハーモニカを手に取り、今度は少しだけアップテンポで明るいメロディを、夜空へと響かせるのだった。




